SNS発スイーツ・ラブコメ

[279] 「パティシエさんとお嬢さん」から

今回紹介する「パティシエさんとお嬢さん」は、銀泥が2017年にTwitterで公開し、累計200万以上の「いいね」を獲得した漫画が原作。パティスリーの店員と女性客の“両片思い”を描いたこの漫画は、全2巻のコミックとして出版され、25万部以上(プリントブックと電子書籍含む)の販売を記録した。2022年の1月には全4話のTVドラマとなり、5月6日からTVドラマの後日譚が劇場用映画として公開されている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

“もどかし過ぎる恋”を引き立てるスイーツ

 ドラマと映画の舞台は、東京都国立市にあるという設定の「パティスリー・シュバル」。店長で異母兄でもある帯刀稜(村井良大)のもと、パティシエとして働く奥野丈士(崎山つばさ)は、あるお客のことが気になっていた。いつも決まって金曜日に来店する、髪にカチューシャを付けた若い女性・波留芙美子(岡本夏美)である。

 芙美子が金曜日に来店するのはある理由があってのことだったが、そんな彼女の方も丈士に惹かれていた。ただ、お互いに好意を持っていながら、店員とお客という立場から踏み込めず、名前も聞けないでいる二人。この“両片思い”の二人が、夏を越えて秋の後、ハロウィン、クリスマス、バレンタインデーというイベントを経て、ゆっくりと距離を縮めていくまでがドラマの流れである。

 いまどき珍しい(?)もどかし過ぎる恋愛劇を、ドラマ・映画共に監督を務めたベテランの古厩智之が絶妙のさじ加減で演出している。そしてドラマの展開に関連してくるのが、色とりどりのスイーツの数々。巨峰やイチジクを使った夏のケーキ、栗や安納芋を使った秋のケーキから、ハロウィンのクッキー、クリスマスのレープクーヘン、バレンタインデーのチョコレート等が、二人の恋の引き立て役を演じている。

聞けない名前と大失敗

ガトーオランジェパッション。丈士の“勝負ケーキ”の一つである。
ガトーオランジェパッション。丈士の“勝負ケーキ”の一つである。

 原作にほぼ忠実だったTVドラマに対し、後日譚の映画は原作を大胆に改変している。丈士と芙美子が出会って一年後の初夏、未だに芙美子の名前を聞けないでいる丈士は、店の桃フェアに乗じて芙美子の名前を聞き出す妙案を思い付く。しかし、想定外の事態が発生。このシークエンスで登場するスイーツもドラマに引き続きおいしそうなもので、桃のタルト、桃のショートケーキ、桃のゼリー、桃のシュークリーム等、スイーツ好きにはたまらない映像になっている。

 ここで丈士の計画の妨げとなったのが、芙美子の同僚の三笠亜紀(越智ゆらの)の登場。そしてここで、稜が奥手の丈士とは対照的な行動を見せるのだった。

 また、その後のある日、芙美子の様子が変わる。しかも、金曜日になっても現れない週が続く。久しぶりに来店した芙美子は、その事情を丈士に聞かせるのだが、そこで丈士は芙美子を思いやるあまり、取り返しのつかない失敗をしてしまうのだった。

 思い悩んだ丈士だが、稜、亜紀、アルバイトの功至(増田俊樹)らのサポートを得て、あることを実行する。

 以上、謎かけのようになってしまって申し訳ないが、詳しくは映画本編をご覧いただきたい。クライマックスのスイーツは、ショコラブロンテ、ローズヒップジュレ、ガトーオランジェパッション等、丈士の決意が感じられる気合が入った出来映えになっている。

コロナ禍に純愛ロマンスは成立するか

 パティスリー・シュバルの撮影は、国立市にある「レ・アントルメ国立」で行われた。緑の多い街並みの大学通り沿いに建つ瀟洒な古民家風のパティスリーで、過去にもTVドラマやバラエティの撮影に使われている。

 丈士役の崎山つばさと稜役の村井良大は、撮影前に東京製菓学校でレッスンを受けており、それがスイーツ作りのシーンにリアリティを与えている。

 また本作は、東京都のレインボーステッカー(感染防止徹底宣言ステッカー)が映り込んでいることから、コロナ禍以後に撮影されたことがわかる。しかし、店舗での対面販売(それが恋愛にまで発展)や、ハロウィンパレード等のシーンを、リアルにマスク着用で撮ったら作品自体が成立しないことは明白である。原作が描かれたコロナ禍以前の時代設定とみるのが妥当だろう。


【パティシエさんとお嬢さん】

公式サイト
https://www.tvk-yokohama.com/patissier_movie/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2022年
公開年月日:2022年5月6日
上映時間:96分
製作会社:「パティシエさんとお嬢さん」製作委員会(制作:ビデオプランニング)
配給:トリプルアップ
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:古厩智之
脚本:蒲田子桃、古厩智之
原作:銀泥
企画協力:田中亮祐
製作:藤本鈴子、三木和史、山賀亮、坂井正徳、工藤雄介、島崎良一、鈴木大志、藤井友美子、松岡雄浩、藤村直己、松下幸生、若井聡一郎、濱田美佳
プロデューサー:上原大也、三木和史、小林智浩
撮影:下垣外純
美術装飾:遠藤雄一郎
音楽:MOKU
主題歌:りゅうと
録音:中村雅光
音響効果:橋本正明
照明:打矢祐規
編集:大重裕二
衣装:片柳利依子、手塚勇
ヘアメイク:大江一代
アシスタントプロデューサー:越智紗幸
キャスト
奥野丈士:崎山つばさ
波留芙美子:岡本夏美
功至:増田俊樹
波留耕作:横田龍儀
三笠亜紀:越智ゆらの
芙美子の母:古村比呂
帯刀稜:村井良大

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。