「月とキャベツ」の宇宙の秘密

[194]平成のごはん映画を振り返る(1)

予定された改元まで4カ月。今回から数回に分け、平成の食のシーンを映画を通して振り返ってみたいと思う。まずは1996年(平成8年)製作の「月とキャベツ」から。

宇宙のひみつはちみつなはちみつ

 本作は、鶴間香の第2回さっぽろ映像セミナー入選シナリオ「眠れない夜の終わり」を原案に、篠原哲雄監督と「演劇集団キャラメルボックス」の真柴あずきが共同で脚本を執筆。バブル期に映画事業を積極的に展開してミニシアターブームを作ったセゾングループが製作したラブファンタジー映画である。本作が映画初出演となるシンガーソングライターの山崎まさよしと当時19歳の新人女優、真田麻垂美が主演を務め、山崎は音楽と主題歌も担当している。

 舞台はロケが行われた群馬県中之条町。人気バンド「ブレインズ」のボーカルだった花火(山崎)は、1年前のバンド解散後、中之条町の廃校に移り住んでキャベツを栽培する毎日を送っていた。梅酒造りが趣味のカメラマン、理人(鶴見辰吾)や音楽プロデューサーの木村(ダンカン)は久しぶりに上京した花火に復帰を勧めるが、今の花火には創作意欲が湧かなかった。

 車での帰途、河川敷の空地で仮眠をとっていた花火は、一人で踊る不思議な雰囲気を持つ少女、ヒバナ(真田)と出会う。翌日のコンテンポラリーダンスのコンクールの練習に夢中で財布もバッグもバスに置き忘れたというヒバナに花火はバス代を渡して去るが、その夜、中之条町の廃校にヒバナが借りた金を返しに現れる。花火は追い返そうとするが、ヒバナはそのまま居ついてしまう。

 動力散布機を背負った追肥作業が描かれるなど畑仕事に勤しんでいるように見える花火だが、廃校の教室にはピアノが置かれ、黒板にはメモやスケッチがびっしりと貼り付けられている。その1枚にはこうある。

「宇宙のひみつはちみつなはちみつ」

 アイデアはあるのだが、それをまとめて曲にできないもどかしさのようなものが部屋の様子に表れている。

キャベツステーキと「おいしい生活」

花火が自家製のキャベツをまるまる一玉使って作ったキャベツステーキ。
花火が自家製のキャベツをまるまる一玉使って作ったキャベツステーキ。

 本作の最大の“飯テロ”メニューは花火が収穫したキャベツを一玉まるまるステーキにして、ヒバナと一緒にナイフとフォークでざくざく切り分け、マヨネーズ、塩、ドレッシング等思い思いの調味料で食べるキャベツステーキだろう。半端ないクリスピー感が何とも言えずおいしそうで「肉だけがステーキじゃないんだよ」という花火のセリフも納得である。

 このシーンを見ていて思い出したのは糸井重里が1982年(昭和57年)に当時セゾングループだった西武百貨店のために考案したキャッチコピー「おいしい生活」。イメージキャラクターにウディ・アレンを起用したこの広告シリーズは、本作で示されたスローライフ等も含めて、バブルのその先に人々が理想とするライフスタイルの意味を見事に言い当てていた。そして「おいしい生活」やスローフードが語源のスローライフ共に、味覚や“食べること”が生活全体の価値表現に使われているのは興味深いことである。

 話が脱線したが、物語はこの後、ヒバナのコンテンポラリーダンスにインスピレーションを得た花火が復活の新曲を二人で作り上げていく過程で、農作物にも大いに関係のある自然現象にまつわる、ヒバナの秘密が明らかになるミステリーの様相を呈していく。ネタバレになるので詳細は割愛するが、本作のタイトルと二人の主人公の名前にヒントがあることは申し添えておく。

「月とキャベツ」のその後

 本作の主題歌であり、劇中の花火とヒバナが二人で作っていく曲「One more time, One more chance」は、2007年(平成19年)、新海誠監督のアニメーション映画「秒速5センチメートル」でも主題歌として使われた。幼い頃に出会い、離ればなれになりながらも最愛の人を思い続ける「君の名は。」(2016)の原型のようなすれ違いのラブストーリーに切ない歌詞とメロディが相まって曲に新たな命を吹き込んでいる。

 また、ヒバナを演じた真田麻垂美は2001年(平成13年)から女優業を休業していたが、韓流ブームを巻き起こしたTVドラマ「冬のソナタ」(2002)のユン・ソクホ監督が北海道を舞台に描いた「心に吹く風」(2017)のヒロイン役で復帰。現在公開中の「君から目が離せない~Eyes on you~」では、20年前に映画「惑星とレタス」の主演女優としてデビューし現在は下北沢のヨガスタジオで講師をしているシングルマザーという、本人のキャリアとダブるような役を演じている。

 同作では、彼女に憧れを抱いた主人公の小劇団の青年が「惑星とレタス」のロケ地巡りとして「月とキャベツ」の舞台になった中之条町の廃校を訪れたり、篠原哲雄監督をはじめ撮影の上野彰吾、録音の田中靖志、音楽の山崎将義(まさよし)といった「月とキャベツ」のスタッフが参加したり、山崎まさよしが主題歌の「Eyes on you」を歌ったりと、「月とキャベツ」の同窓会といった感の作品になっている。


【月とキャベツ】

「月とキャベツ」(1996)

作品基本データ
ジャンル:ラブロマンス
製作国:日本
製作年:1996年
公開年月日:1996年12月21日
上映時間:99分
製作会社:西友/エースピクチャーズ作品(特別協力:ケイエスエス)
配給:エース ピクチャーズ/シネセゾン
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:篠原哲雄
脚本:篠原哲雄、真柴あずき
原案:鶴間香
企画:原正人、黒井和男
プロデューサー:吉田佳代、松岡周作
撮影:上野彰吾
美術:都築雄二
音楽:山崎まさよし
録音:田中靖志
照明:矢部一男
編集:冨田功
助監督:阿部雄一
スクリプター:西岡容子
キャスト
花火:山崎まさよし
ヒバナ:真田麻垂美
理人:鶴見辰吾
森崎:中村久美
木村:ダンカン

(参考文献:KINENOTE)

アバター画像
About rightwide 349 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。