セイ衝動三景とアジアの天使

[278]「Sexual Drive」から

食欲と性欲は、共に人間の根源的な欲望であり、さまざまな形で結び付いている。あまねく映画においても、この二つの欲望を関連付けるさまざまな表現が、さまざまな作品で用いられてきた。今回紹介する「Sexual Drive」は、「納豆」「麻婆豆腐」「背油大蒜増々」という三つの食を通して、登場人物の内なる性(生)衝動が暴かれていくオムニバス・ブラックコメディである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

セックスレスと脳梗塞と納豆

「納豆」より。真澄の大好物は、栗田との不倫のキーワードでもある。
「納豆」より。真澄の大好物は、栗田との不倫のキーワードでもある。

 第1話の「納豆」は、とある休日、デザイナーの江夏(池田良)の家を訪ねてきた見知らぬ男・栗田(芹澤興人)が、自分と江夏の妻で看護師の真澄(橋本マナミ)の不倫を告白する話である。栗田によると、脳梗塞で搬送された病院で真澄と出会い、患者と看護師の関係を越えて不倫に至ったとのこと。江夏は最初、不審者然とした栗田を上から目線で見ていた。しかし、栗田が真澄との性行為を納豆にたとえて生々しく語り、江夏と真澄が5年間セックスレスであることを指摘すると冷静さを失っていく……。

 終わりの方のシーンで、真澄が納豆ご飯を食べるシーンがある。意図的に糸を引くような食べ方で性を連想させる表現になっている。

 ちなみに、脳梗塞の治療に用いられるワルファリンは血液の凝固にかかわるビタミンKの働きを妨げる作用があるが、納豆は逆にそのビタミンKを多く含むため、ワルファリンを処方されている人は納豆を食べることが制限される。

サディスティックな麻婆豆腐

 第2話は「麻婆豆腐」。パニック障害で休職中のOL・茜(さとうほなみ)は、夫・上原(中村無何有)の心配をよそに、特売の出来合いの麻婆豆腐を買いに車でスーパーに向かう。ところが衝撃を感じ、車を止めると栗田が倒れている。車を降りた茜は、救急車と警察を呼ぼうとするが、栗田は両方とも断り、家まで車で送ってくれと言う。

 車中、栗田は茜に話しかける。実は栗田と茜は中学時代の同級生で、栗田が茜から性的なことを含む執拗で陰湿ないじめを受けていたと。それは茜には身に覚えのない、もしくは忘れていることであった。極度のマゾである栗田は、今度は茜の意志で自分を轢き殺してくれと頼むのだが……。

 茜が当初の予定を変更し、鬼のように真っ赤な唐辛子と花椒で味付けしたマグマのような本場四川風激辛麻婆豆腐を作るシーンは、茜のある変化を暗示している。

がっつり系ラーメンとのバトル

 第3話の「背油大蒜増々」は「ラーメン二郎」風のラーメン店が舞台。栗田からの脅迫電話を受けた広告マンの池山(尚玄)が、むさくるしい男たちでほぼ満席状態のカウンター席に座る。栗田の発信は池山の愛人・桃花(武田梨奈)の携帯電話からだった。池山は、妻子ある身で桃花との不倫関係を続けていたのだ。その桃花との関係を周囲にばらすと脅され、私語厳禁のラーメン店で、ワイヤレスイヤホン越しに栗田の話を聞くことになったのである。

 栗田の話は、一週間前、池山の一方的な都合で約束をすっぽかされた桃花についてだった。待ち合わせのバーを出て、ふらりとこのラーメン店に立ち寄った桃花は、トッピングが背油大蒜増々の極太ラーメンを頼む。そのパンチの効いた味に、桃花は性的な妄想を膨らませていく……。

 桃花役の武田梨奈は黒帯二段の空手家であり、そのスキルを活かしたアクションシーンを数々の作品で披露してきた。本作ではがっつり系ラーメンとのバトルを丼上で展開している印象だ。また、ラーメン店の客役は、「喜劇 愛妻物語」(2020)の足立紳監督や、「月とキャベツ」(1996、本連載第194回参照)の篠原哲雄監督らが扮し、本作の吉田浩太監督の顔の広さがうかがえる。

テンシん甘栗の栗田

 全3話、贈答用の箱に入った天津甘栗という、ありそうでなさそうなアイテムを持って登場する栗田。怪しい風貌から登場人物たちに不幸をもたらす存在かと思わせるが、実は栗田なりのやり方で、登場人物たちを、それぞれが抱える問題から解放する役割を果たしている。

 栗田役の芹澤興人は、本作の吉田浩太監督をはじめ、「街の上で」の今泉力哉監督や、「茜色に焼かれる」の石井裕也監督他、多くの監督にバイプレイヤーとして重用されている。本作での役柄は、石井監督の「アジアの天使」の、天使役の延長であるように思えた。


【Sexual Drive】

公式サイト
https://sexual-drive.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2022年4月29日
上映時間:70分
製作会社・配給:シャイカー
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本・編集:吉田浩太
プロデューサー:後藤剛
撮影:関将史
音楽:松本章
録音:島津未来介、五十嵐猛吏、小牧将人
メイク:赤井瑞希
撮影助手:佐藤遊
キャスト
江夏:池田良(納豆)
真澄:橋本マナミ(納豆)
茜:さとうほなみ(麻婆豆腐)
上原:中村無何有(麻婆豆腐)
池山:尚玄(背油大蒜増々)
桃花:武田梨奈(背油大蒜増々)
栗田:芹澤興人(納豆、麻婆豆腐、背油大蒜増々)

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。