「バチカンで逢いましょう」のカイザーシュマーレン

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カイザーシュマーレン
中はしっとり外はカリッと仕上げたら、粉糖をかけてカイザーシュマーレンの出来上がり

今回は間近に迫った母の日にちなみ、ドイツの肝っ玉母さんの“おふくろの味”が登場する映画「バチカンで逢いましょう」(2012)をご紹介する(4月26日より全国順次公開中)。

 1980年代後半のミニシアターブームの先駆けとなった「バグダッド・カフェ」(1987)で、ロサンゼルスとラスベガスを結ぶルート66沿いの砂漠にたたずむカフェに現れるドイツ人旅行者を演じたマリアンネ・ゼーゲブレヒトが主演。彼女は今回も旅行者役だが、今回訪れるのは邦題の通りローマ法王のいるバチカンとローマである。

バイエルンからカナダ/カナダからローマへ

 オマ(ドイツ語で「お婆ちゃん」の意味)ことマルガレーテ(ゼーゲブレヒト)は、40年前にドイツ南東部のバイエルン州からカナダの広大な原野に夫のロイズルと移住し、大自然の中で幸せに暮していたが、夫の死をきっかけに都会に住む長女マリー(アネット・フィラー)の家に身を寄せる。しかし、娘は母に老人ホーム入りを勧め、一緒に行くことを約束していたローマ旅行もうやむやにしてしまう。敬虔なクリスチャンであるマルガレーテは、ドイツ出身の法王ベネディクト(トーマス・カイラウ)にどうしても懺悔したい秘密があり、置き手紙を残してイタリアへと旅立つ。

 ローマに住む孫娘のマルティナ(ミリアム・シュタイン)のアパートに転がり込んだマルガレーテは、バチカンに向かい法王との集団謁見に臨むが、盲人を装ったイタリア人の老詐欺師ロレンツォ(ジャンカルロ・ジャンニーニ)に吹きかけた護身用のスプレーが誤って法王にかかってしまい、法王襲撃犯として逮捕されてしまう。尋問を受ける彼女だったが、ロレンツォが警察に事情を話し釈放される。

シュニッツェルとカイザーシュマーレン

カイザーシュマーレン
中はしっとり外はカリッと仕上げたら、粉糖をかけてカイザーシュマーレンの出来上がり

 マルガレーテは、ロレンツォの甥でドイツ人の母親とバイエルン料理店「リセロッタ」を経営するディノ(ジョヴァンニ・エスポジト)と知り合うが、彼の作る料理はあまりにもまずく、見かねた彼女は自ら厨房で料理を作り始める。ディノに料理の腕を認められたマルガレーテはその店のシェフとして働くことになり、彼女の作る料理が評判となってつぶれかけた店は一気に繁盛する。その人気料理がシュニッツェル(ウィーン風カツレツ)とカイザーシュマーレンである。

 シュニッツェルは、薄く叩いた肉に小麦粉をまぶし、溶き卵にくぐらせてパン粉をまぶしバターかラードで揚げ焼きしたもので、子牛のヒレ肉を使うのが一般的だが、劇中に登場するのは豚肉を使った“とんかつ”である。

 カイザーシュマーレンは、ドイツやオーストリアで食されるパンケーキ系の庶民的デザートで、レシピは以下のようなものである。

  1. 卵を卵黄と卵白に分け、卵白はメレンゲにする。
  2. 小麦粉と砂糖、牛乳、卵黄を混ぜ、最後にメレンゲを加える。
  3. 2で出来た生地をバターで焼き、焼き上がったらそれを一口サイズに崩す。
  4. 好みでレーズンやアーモンドなどを入れ、バニラシュガーを回しかけながらカラメリゼ(カラメル状になるまで火で炙る)し、「中はしっとり、外はカリッと」というイメージで仕上げる。
  5. 皿に盛って粉糖をかけて出来上がり。好みでジャムやコンポートなどを添える。

 オーストリア皇帝ヨーゼフI世(1830~1916)が愛したといわれるこのデザートの名前の由来には「宮廷料理人が誤って焦がしてしまった生地に砂糖をたっぷりかけて出したものを皇帝が気に入った」「皇后エリザベートのために低カロリーのデザートを命じられた料理人が作ったものを皇帝が気に入った」など諸説あり、一口サイズに崩す理由は「皇帝が自分で切る必要がないように配慮した」という説が有力とされる。

母娘三代のカイザーシュマーレン

 映画のクライマックスは、店の評判を聞きつけたバチカンから法王をはじめ100人分のカイザーシュマーレンを依頼されたマルガレーテが、法王襲撃事件の報道に驚いて駆け付けたマリーとマルティナと母娘三代で厨房に立つシーンで、さまざまな葛藤を抱えた3人が喧嘩しながらも力を合わせて母から娘、娘からその娘へと受け継がれた“おふくろの味”を手際よく作り上げていく過程を、短くスピーディーなカット割りで描いている。

 映画に登場するローマ法王は、ドイツ出身で719年ぶりに自由意志で退位し名誉法王となった先代の第265代ローマ法王ベネディクト16世(在位2005~2013)がモデルとなっている。

 また、サブストーリーとして描かれるマルガレーテとロレンツォの老いらくの恋のシーンでは、ロレンツォの愛車ベスパを使って「ローマの休日」(1953、本連載第58回参照)のオードリー・ヘプバーンとグレゴリー・ペックのシーンを再現しているのも映画好きには楽しめるところである。

東京のカイザーシュマーレン

 映画の公開を記念して5月25日(日)まで、東京の9店舗でカイザーシュマーレンを提供する「TOKYOカイザーシュマーレンフェスタ」が開催されている。東京近郊にお住まいで、これまで日本ではなじみの薄かったこのデザートを食べてみたい方は足を運んでみてはいかがだろうか。

TOKYOカイザーシュマーレンフェスタ
http://www.cinematravellers.com/fes/

【バチカンで逢いましょう】

公式サイト
http://cinematravellers.com/vatican/
作品基本データ
原題:Omamamia
製作国:ドイツ
製作年:2012年
公開年月日:2014年4月26日
上映時間:105分
製作会社:Sperl Productions, Arden Film, Seven Pictures
配給:エデン(提供:パイオニア映画シネマデスク+エデン)
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:トミー・ヴィガント
脚本:ジェーン・エインスコー、ガブリエラ・スペーリ
原案:クラウディア・カサグランデ
製作:アンドロ・スタインボーン、ガブリエラ・スペーリ
撮影:ホリー・フィンク
美術:パトリック・スティヴ・ミュラー
音楽:マルティン・トドシャローヴ
編集:シモン・ブラージ
キャスト
マルガレーテ:マリアンネ・ゼーゲブレヒト
ロレンツォ:ジャンカルロ・ジャンニーニ
マリー:アネット・フィラー
マルティナ:ミリアム・シュタイン
シルヴィオ:ラズ・デガン
ディノ:ジョヴァンニ・エスポジト
ジョー:ポール・バレット
法王ベネディクト:トーマス・カイラウ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。