映画の中のウナギ「うなぎ」「ブリキの太鼓」

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オスカル(右)が家族と訪れた海岸。母の運命を変える光景に遭遇する
オスカル(右)が家族と訪れた海岸。母の運命を変える光景に遭遇する

山下(役所広司)は経営する理髪店の店先の利根川で釣糸を垂れる(絵・筆者)
山下(役所広司)は経営する理髪店の店先の利根川で釣糸を垂れる(絵・筆者)

今年の土用の丑は7月27日。しかしそれを前にして昨冬からの今シーズンも、3年連続となるシラス不漁が伝えられている。これによって価格が高騰し、庶民には手の届かない存在となってしまうのが心配な今年のウナギ。そこで今回は、指をくわえながら、“食えないウナギ”が登場する2本の映画を取り上げたい。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

今村昌平の人間に対する眼差しの変化

「うなぎ」(1997)は今村昌平監督が「黒い雨」(1989)以来8年の沈黙を破って発表した作品で、「楢山節考」(1983)に続いて日本人では唯一となる2度目のカンヌ国際映画祭パルム・ドール(最高賞)受賞を果たしている(本連載第20回・表2 参照。今年のミヒャエル・ハネケの「アムール」の受賞により2度受賞は合計6組となった)。

 吉村昭の原作「闇にひらめく」(新潮文庫「海馬」所収)を、今村が息子の天願大介らと共同で脚色した作品で、タイトルとなったウナギは食卓に上ることはなく、主人公のペットとして登場する。

 サラリーマンの山下拓郎(役所広司)は、妻・恵美子(寺田千穂)の浮気を告発する差出人不明の手紙を受け取る。妻の不倫現場を目の当たりにした彼は逆上して彼女を刺殺し、自首して刑務所に収監される。

 労役中に近くの川でウナギを見つけた彼は、刑務官の計らいで所内の池でそれを飼うことを許され、服役8年目にウナギと共に仮出所する。妻の裏切りによって人間不信に陥った彼にとって、ウナギは唯一の話し相手だった。服役中に理髪師の免許を取得した彼は、保護司で僧侶の中島(常田富士男)の世話により、千葉の佐原で理髪店を開業する。

 そんなある日、彼はウナギの餌を採りに行った河原で、睡眠薬を飲んで自殺を図った女を発見して救助する。女は服部桂子(清水美砂)といって、東京で消費者金融の副社長をしていたが、社長で愛人の堂島(田口トモロヲ)や精神を患った母フミエ(市原悦子)との関係に疲れていて、一命を取り留めた後も山下の理髪店に居候を決め込んでしまう……。

 この作品で驚かされたのは、それまで「にっぽん昆虫記」(1963)や「赤い殺意」(1964)、「神々の深き欲望」(1968)、「復讐するは我にあり」(1979)といった「重喜劇」と呼ばれる作品群で、人間を徹底して突き放して描いてきた今村の、人間に対する視点の変化である。

 山下を取り巻く人々は、かつての刑務所仲間で執拗に彼に付きまとう高崎(柄本明)や桂子を追ってくる堂島の一味を除けば、中島と妻の美佐子(倍賞美津子)、船大工の高田(佐藤允)、ヤンキー青年の祐司(哀川翔)など善良な人ばかりで、山下の心も彼らとの交流によって次第に開かれてゆく。

 とくに、親密になることを避ける山下に、桂子が橋の上から弁当を何度も渡そうとして受け取ってもらえない場面は印象に残る。そして映画は、赤道の海で誰の子かわからずに生まれたウナギのような桂子の子供を、山下が父として育てる決意をして終わるのである。

グロテスクな性と歴史

オスカル(右)が家族と訪れた海岸。母の運命を変える光景に遭遇する
オスカル(右)が家族と訪れた海岸。母の運命を変える光景に遭遇する

「ブリキの太鼓」(1979)は、ノーベル文学賞を受賞した現代ドイツの代表的作家ギュンター・グラスの1959年発表の原作を、フォルカー・シュレンドルフが映像化したニュー・ジャーマン・シネマの記念碑的作品である。この作品も、「うなぎ」と同様カンヌ際映画祭のパルム・ドールを受賞している。

 1899年、かつてドイツとポーランドの狭間で独立国家を形成していたダンツィヒ(現ポーランドのグダニスク)を舞台に、物語は始まる。郊外のカシュバイの農婦アンナ(ティーナ・エンゲル)と、逃亡犯コリャイチェク(ローラント・トイプナー)の娘であるアグネス(アンゲラ・ヴィンクラー)は、ドイツ人の料理人アルフレート・マツェラート(マリオ・アドルフ)と結婚するが、彼女は従兄のポーランド人の郵便局員ヤン(ダニエル・オルブリフスキ)とも付き合っており、それをアルフレートも認めていた。

 やがて「3人」の間にオスカル(ダーヴィット・ベネント)という男の子が生まれるが、おもちゃのブリキの太鼓をもらった3歳の誕生日に親たちの実態を知った彼は、決して大人になんかなるものかと決意し、階段から落ちたはずみに成長を止めてしまう。しかし彼は、それと引き換えに太鼓を叩きながら叫ぶとガラスを割ることができる超能力を手に入れる。

 そんなある日、4人で連れ立って出かけたバルト海の海岸で、漁師が腐った馬の頭を引き上げていた。第一次大戦の海戦の名残であるその頭から、太ったウナギが次々とはい出てくる様子を目にしたアグネスは激しく嘔吐する。おそらく、自分と男2人の不適切な関係をこのグロテスクな光景と重ね合わせたのであろう。この瞬間、彼女の中で何かが壊れてしまい、アルフレートが買って帰ったウナギを手始めに、イワシの缶詰やニシンを生のまま猛然と食べ始める。まるで、この世から魚という存在を消してしまいたいかのように。そしてついに彼女は自らの死という選択をするのである。

 映画はこの後もオスカルの波乱の人生と、第一次世界大戦と戦後の混乱を経て、独裁者ヒトラーとナチズムの台頭、ユダヤ人狩り、第二次世界大戦の末に崩壊へと至る20世紀前半のドイツのグロテスクな歴史を対比させて描き、強烈な印象を残している。

作品基本データ

【うなぎ】

「うなぎ」(1997)

製作国:日本
製作年:1997年
公開年月日:1997年5月24日
製作会社:ケイエスエス、衛星劇場、グルーヴコーポレーション
配給:松竹、松竹富士
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
上映時間:117分

◆スタッフ
監督:今村昌平
原作:吉村昭「闇にひらめく」
脚本:冨川元文、天願大介、今村昌平
企画:須崎一夫、成澤章、中川好久
製作:奥山和由
プロデューサー:飯野久
撮影:小松原茂
美術:稲垣尚夫
装飾:相田敏春、山田好男
音楽:池辺晋一郎
製作:信国一朗
録音:紅谷愃一
音響効果:斎藤昌利、北田雅也
照明:岩木保夫
編集:岡安肇
衣裳:松田一雄
ラインプロデューサー:松田康史
助監督:井上文雄
スクリプター:中田秀子
スチール:笹田和俊
特殊メイク:松井祐一

◆キャスト
山下拓郎:役所広司
服部桂子:清水美砂
高崎保:柄本明
堂島英次:田口トモロヲ
中島次郎:常田富士男
中島美佐子:倍賞美津子
服部フミエ:市原悦子
高田重吉:佐藤允
野沢祐司:哀川翔
斎藤昌樹:小林健三
郷誠太郎:河原さぶ
医師:深水三章
産婦人科医:小沢昭一
山下恵美子:寺田千穂
刑事:上田耕一
刑事:光石研
監察官 :小西博之

【ブリキの太鼓】

「ブリキの太鼓」(1979)

製作国:西ドイツ、フランス
製作年:1979年
公開年月日:1981年4月18日
製作会社:フランツ・ザイツ・フィルム、ビオスコープ・フィルム、アルテミス・フィルム、アルゴス・フィルム
配給:フランス映画社
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
上映時間:142分(ディレクターズ・カット:162分)

◆スタッフ
監督:フォルカー・シュレンドルフ
原作:ギュンター・グラス
脚色:ジャン・クロード・カリエール、フォルカー・シュレンドルフ、フランツ・ザイツ
製作:フランツ・ザイツ、アナトール・ドーマン
撮影:イゴール・ルター
美術:ニコス・ペラキス
音楽:モーリス・ジャール
編集:シュザンヌ・バロン
衣装(デザイン):ダグマー・ニーファイント

◆キャスト
オスカル・マツェラート:ダーヴィット・ベネント
アルフレート・マツェラート:マリオ・アドルフ
アグネス・マツェラート:アンゲラ・ヴィンクラー
ヤン・ブロンスキ:ダニエル・オルブリフスキ
マリア・マツェラート:カタリーナ・タールバッハ
ジギスムント・マルクス:シャルル・アズナヴール
アンナ・コリャイチェク(若年期):ティーナ・エンゲル
アンナ・コリャイチェク(老年期):ベルタ・ドレーフス
ヨーゼフ・コリャイチェク:ローラント・トイプナー

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。