一般の窒素肥料の与え方は間違っている

水田の追肥作業(記事とは直接関係ありません)
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ここまで作物の生理について説明してきた。ここまでのことを理解していただければ、植物が健康である状態を理解しやすくなる。植物にとって重要なことは、根の張りと、土壌中の窒素の量が多いか少ないかの2点であり、有機栽培であろうと慣行栽培であろうと、この2点さえ押さえれば作物の健康状態を崩す心配はかなり抑えることができる。

発芽期に窒素肥料を与えるのは誤り

 第20回で、どのような栽培方法を用いても、その栽培方法だけで出来た作物の善し悪しは決まらないという風に説明したが、そのこともこれで理解していただけるだろう。根の張りと土壌中の窒素バランスが良好であれば比較的よいものが出来やすいし、このバランスが崩れると、悪くなりやすいということこそが重要であり、「○○栽培」と名前の付いた栽培方法を採用しているかどうかは問題ではないからである。

 とは言え、有機栽培など化学肥料を使用しない栽培方法では、慣行栽培よりも優れている点が一つある。

 根が張れば、植物は必要な養分を自ら選んで吸収しやすくなる(選択吸収)。逆に根が張らなければ選択吸収などできず、土壌に含まれる養分を必要・不必要にかかわらず水分とともに否応もなく吸収してしまう。そこで根が張るようにしてやらなければならないが、そのために最も重要なことは、播種したときや苗を植えたときに土壌中に窒素養分が少なければ少ないほどよい、という事実である。

 昨今家庭菜園が盛んなので農家でなくとも多くの方が野菜や草花を育てている。そこでガイドブックや種子の袋などに書いてあって半ば常識化しているのが、「播種前に肥料を与える」というやり方だ。ところが、これは植物にとってみるととんでもない間違いなのだ。播種した際に土壌に養分、とくに窒素が多いと根は張るだろうか? 答えは、張りにくい、のである。

 種子が発芽してちょっと根を出してみたら、もうそこに養分がタップリと土壌に含まれていた――そこで植物はわざわざ長く根を張ろうとするだろうか? しないのである。多くの方が播種前に肥料を入れることに全く疑問を感じていないようだが、これは肥料たっぷりの土と、何も与えていない土を用意して、同じ種子を蒔いてみる実験をすればわかることだ。

 そこで、播種前に施した肥料が化学肥料だったとすると、それはどうなるか。化学肥料は即効性なので、播種前に施した肥料の成分は種子の周りにたっぷりと存在するということになる。ここで植物は根を張ることをサボる。さらにその後が問題だ。最初に与えた肥料の養分は、その後増えるだろうか、減るだろうか? 雨で流されたり作物に吸収されるために、それはもちろん徐々に減っていくのだ。ところがそのとき、植物は根を十分張っていないから、当然養分が足りなくなっていく。したがって、後からも肥料を足してやらないと成長が悪くなる、ということになる。

「三つ子の魂百まで」ではないが、最初から養分たっぷりで甘やかされて育つと、その後もずっとぜいたくをさせてやらなければならなくなってしまうわけだ。

 化学肥料を与えて栽培する場合は、播種の前に肥料を与えるのではなく、播種して、発芽し、根がしっかりとした時点で肥料を与える。このように手順を変えるだけで、植物ははるかに健康に育ちやすくなる。

窒素が遅く効くのが有機栽培の長所

 さて、そこで有機栽培など化学肥料を使用しない栽培方法の優れた点に話が戻る。化学肥料を使わない栽培方法では、播種の段階での土壌中の養分が低い可能性が高いのである。堆肥などの有機肥料の多くは後で効いてくる遅効性であるため、播種時点で施してあったとしても、すぐに植物にラクをさせることは少ないと言える。したがって作物は発芽からせっせと根を伸ばすことになるので、化学肥料を用いる慣行栽培に比べると若干よいものが出来やすい傾向があると言える。

「ウチは肥料がなくても育つ」と言って人を驚かせ、実際そのように栽培している生産者もいる。それというのも、実はこのあたりのしくみに秘密がある。土壌自体に最初から養分が多すぎず少なすぎず適度に含まれていれば、植物が根をよく張って、養分の選択吸収がしやすい体を作り、その結果無理に肥料を与えなくても育つ、ということになるわけで、不思議でも何でもない。

 ただし、有機栽培でも土づくりだと言って大量に堆肥などを入れたり、その堆肥などに大量の窒素分が含まれていたりすれば、当然この有利な点は全くなくなる。場合によっては化学肥料を使う栽培方法よりもさらに悪いものが出来るという結果にもなり兼ねない。

 いずれにせよ、このような肥料の効き方の違いとそれに伴う植物の根の張り方の違いというところが、有機栽培と慣行栽培のメカニズムの最大の差と言ってよい。ということは、その他の点での違いは、植物の側から見ると少ないということだ。

 ここまでの説明で、一点引っかかる部分があるという人がいるはずなので、その疑問にお答えしておく。「播種前に肥料を与えないほうがいいと言うが、ではなぜ家庭菜園の本では播種前に施肥をすることになっているのか? また、一般の農家も播種前に肥料を撒いて栽培している事実をどう説明するのか?」という疑問をお持ちだろう。

 播種・移植(苗を植えること)の前に肥料を撒いておくやり方が主流となっているのは、作業がラクだからだ。後から与えるというだけで作業が増えるわけだし、作物が育っている畑に肥料を撒くのは、播種前の土以外何もない畑に肥料を撒くのに比べると何倍も手間がかかる仕事だし、機械化も容易ではない。作物の育ち具合や天候を気にしながらタイミングを測るなど心配事も増える。それならば、いっそ先に全部入れてしまったほうがラクだ、というわけだ。

 しかし、播種前に肥料を入れてずっと持たせようとすると、作物による吸収や雨による流亡などで不足する分も与えておく必要がある。とくに降水の多い日本では、よほど大量に与えないと最後まで養分が持たないということになる。

 これはコスト上も環境保全上も問題がある。詳しくは回を改めて説明するが、これは日本農業における栽培上の最大の問題である。

About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】