石灰過多の圃場では何が起こるのか

マルチを施した大型圃場
マルチを施した大型圃場
マルチを施した大型圃場
マルチを施した大型圃場

先ごろ東京都内で農業をしている人たち向けのセミナーをさせていただきました。「東京の農業」と言ってもピンと来ないかもしれませんが、都内の野菜生産量は9万tほどあり、都民の消費量の5%程度をまかなっているというのですから、無視できない存在です。そして、実際の圃場を訪ねて土壌調査をしてみるとわかるのですが、実は都市の農地の土壌健全性はたいへんよいものです。逆に、有名な野菜産地は、意外と歪みがあるものです。

都会の畑より地方の大産地に歪みがある

 都市では何を作付けてもすぐに売れしまいます。ですから、都市の圃場ではいろいろな作物が作付けられ、土壌の栄養のバランスが偏りにくいものです。

 ところが、地方の農業地帯ではそんなに買ってくれる人はいません。そこで、地方の農業地帯では決まった種類の野菜を集中的に生産し、それをまとめて都市に送るというモデルになるわけです。そうなると、同じ種類の野菜を作り続けることになり、土壌はその負担を背負うことになります。

 たぶん皆さんは「大都会の畑は何か問題があるのだろう」と思っているのではないでしょうか。ところが実際には、地方の有名な大規模野菜産地の土壌のほうに、問題は生じているものだということを、この機会に記憶に留めてほしいと思います。

pH=1の違いは水素イオン濃度10倍の違い

 さて前回の後半で、全マル(全面マルチ=圃場全面をビニール・マルチで覆うこと)を行う地方の大型産地の圃場の例を取り上げました。その地域の圃場は石灰過剰となり、塩基飽和度が100%を超えているということでした。

 では、石灰が過剰になるとどうして困ったことになるのでしょうか。

 作物には、作物ごとに適正な土壌pHというものがあります。ホウレンソウではpHが6.5~7.0ぐらいとか、ジャガイモは5.0~6.0ぐらいでもよいとかいうことです。レタスでは6.0~6.5程度です。

 そこで、夏の高原野菜産地として有名な長野県川上村の土壌pHを調べてみたところ、pH=7.2でした。レタスの適正値との差は0.7程度ですが、これはたいへんなことです。

 pHですが、数値が1.0違うと水素イオン濃度の差も1.0違うということではありません。10倍の違いとなります。ちなみに、2.0違うと100倍、3.0違うと1000倍の差となるのです。ですから、適正な土壌pHと0.7の差があるというのは、塩基飽和度を考える上では大きな差ということができます。

 また、pHそのものの違いも大きな問題ですが、実はもっと大きな問題があります。それは土壌pHが上がると、野菜に必要なモリブデンなどの微量要素が吸収されなくなるという困った現象があるのです。これはたいへん重要なことで、日本の土の欠点である微量要素不足が野菜の食味や栄養価にもろに影響してしまうのです。

アルカリ土壌で起こる微量要素の不溶化

 米国やヨーロッパの野菜は硬く、うまみは弱く、おおざっぱな感じがするものです。それに対して、日本の野菜の方が軟らかく、ジューシーなうまさがあります。そんな印象から考えると、微量要素などというものも日本の方が多く含まれているのではと思ってしまうかもしれません。しかし土壌学的には、日本の土壌は微量要素の多くが溶けて流れ去った状態です。

 ただし、モリブデン以外の微量要素は酸性の土壌条件で溶けるので、少ないと言っても作物は何とか吸収できていることが多いのです。

 そんな綱渡り状態の微量要素なのですが、このきわどい場面に土壌pHが上昇するということになるとたいへんです。一気にアルカリ側に傾いた土壌pHでは溶けなくなる微量要素は、不溶化と言って作物が吸収利用できない形になってしまうのです。

 また困ったことに、この現象は作物の地上部だけではなく、地下部の根の部分に症状を見せます。土壌中の栄養を吸い取る根の先端はデリケートな組織で、ここが水や栄養を吸収するのですが、この柔らかな組織がダメージを受けるのです。すると、各種微量要素が円滑に吸われなくなり、結果、地上部で微量要素の欠乏症を呈してしまうのです。それによってまたデリケートな根の先端が健全さを失い、さらなる障害を起こします。

 この悪循環が、野菜のうまさや健全な栄養価を損なってしまうのです。

 さらに、この影響は土壌中の微生物にも及び、微生物の種類が偏った生態系を作り出してしまいます。それが土壌病害の発生原因になります。こうした病害には、アブラナ科のネコブ病や土壌センチュウなど、数え上げればきりがないほどあります。

なぜ障害が起こるような営農をしたか

 そもそも、全マル以外にも、大規模産地で障害が起こる原因はあります。同じ圃場で同じものを作り続ければ、土壌中の栄養も生物相も偏りやすいのです。そこが、都市の農業との大きな違いです。

 とは言え、同じ畑に同じ作物を作り続けるといういわゆる連作は、都市の市場へ出荷する野菜に求める規格、時期、量についていつも合格点を取るため、あらゆることを犠牲にして産地がやってきたことなのです。ところが、土壌の面からすると、一番気をつけてほしかったことが疎かになっていたのです。

 さて少し話が戻ります。

 なぜ、こうした大産地では適正な土壌pHを越えて石灰や苦土を施用してしまうことになったのかという問題です。

 これは、自分たちの土壌を調べること、土のメカニズムを知ろうとすること、そうしたことへの興味や機運が薄れていったことが挙げられます。

 なぜそんなことになったのか?

 それは、農家のマインドが、「取る」という感覚になっていったことがあるはずです。つまり、土を「作る」とか、作物を「育てる」とかいう感覚ではなく、「ある一定面積から、いくら取ることができるか」という気持ちに変わっていったということです。これは、近代農業の歴史そのものです。

 国内の他産業が年ごとに成長していく中で、農業界も「農産物が売れる」「機械や資材が安くなる」など、経済成長の恩恵をたくさん受けました。

 作業も重労働から解放されて楽になりました。住宅も近代化しました。立派な自家用車も持つことができました。

 そうした中、それまでは自家製だった味噌や副菜などもスーパーへ行って買うことになりました。それらを買うお金は、かつてそうしたもののために使っていた土地と労働を換金性の高い作物生産に振り向けることで得たお金です。つまりこれは、農家の仕事が土を作り作物を育てる「農業」から、収益性重視の「作物生産業」へとシフトし、別の道を歩み始めたということです。

 仕事の狙いの変化、マインドの変化は、土への興味を薄くし、農業指導者の変化にもつながりました。

 そして畑だけが、その負荷を背負うことになってしまったのです。

関祐二
About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。