サブプライムでもへこたれない米国農業から学ぶもの

今年の1月、マイナス35℃の米国ノースダコタ州の知り合いで、父親と共同経営する26歳の生産者、Bobのところに行く機会があった。私が「どうだ 景気は?」と聞くと、彼は「いいね?」の挨拶で会話が始まった。彼は地域農家では珍しい民主党支持者だ。世界中の皆が「あの大統領は……」と言うくらい人気がないのは米国国内でも基本的に同じなのだが、トウモロコシ、ダイズの生産者である彼にとって政治思想に相反するはずの共和党ブッシュ政権、正しくは農業政策には賛美を送らざるを得ない。

 昨今の穀物価格や原油価格の上昇は昨年夏のサブプライムローン破たんをきっかけとする……という解釈は、非農家である専門家と呼ばれる人たちの飯のタネにはなるのだろうが、米国生産者には、はっきり言ってどうでもよい話のようだ。

 なぜか? 単純な話である。所得が上がったからハッピーなのだ。 Bobはこのように説明する。「トウモロコシ、ダイズがこの2年間で2倍の価格になったからといって、2倍の利益には、間違ってもならない。昨年の全所得が100だとすると、所得補償の割合が40%(作る作物で増減する)、残りの60%が作物を売って得た所得。それが今年2倍になった。つまり、全所得が160になる。ただし肥料、燃料は2倍、農機具は毎年10%、借地料金は30%それぞれ上がっているため、全所得は120となり、収入アップは20%だ」。

 彼は私の農場にある同じジョンデイア・コンバイン(写真)を持つ関係で、2年前と4年前にムギ刈りオペレーターとして私が渡航費を出して来てもらったことがある。毎日ビール3本とススキノに1回行くという条件で、OKしてくれた。最初、4年前にやって来たとき、Bobがこう話していたのを思い出す。1400ha経営していても、このように海外に出ることは夢のようだ」

 その後、彼は経営面積を1700haに増やし、この穀物バブルでホクホク顔。よく考えていただきたい、1700haを、Bobの家族と従業員の合計5人で経営している現実が、米国にはある。1700haと言えば私の15倍。日本の平均の1500倍の経営面積になる。いくら機械化されているとは言えこの面積は広大である。

 自問自答してみた。「自分ならできるか?」と。農業は米国でも日本でも、その労働の対価としてほかの産業分野と比較して最低の部類になるのは間違いないが、米国の場合は穀物を単なる国内消費食料と見なさず、戦略的輸出品として位置付けていることは多くの方たちに周知されていることだと思う。

 これだけ景気の良い米国農業であっても、毎年少しずつではあるが、さらなる規模拡大、つまり経営面積の拡大が続いている。20マイルしか離れていない近くのジョン・ディア・トラクタの販売店では、生産者が農機具を選ぶ基準は「一番デカイ機種」であり、ほかと比較する迷いはないそうだ。

 日本のように中古の良いものを集め、節約してもやっていける環境ではない。機械選びの基準は、高性能よりも故障がなく投資に見合う物であること、その結果日本のクボ○やイセ○のような機械は、道路工事か都市や家庭の芝刈り機用の非農業用が主流となっている。正直、20年間使う物を買う時に、ケチィ~話はしたくない、それだけの投資が出来ない者は将来を語れない農家であって、継続反復を目的とした農業を語ってほしくない。

 Bobの農場は近くの200人の町から5マイル、一番近い隣の農家は2マイル離れている。そのような環境で日本のどこかの限界集落のような貧困生活を行うのは簡単ではあるが、米国政府はその様な劣悪な環境を許さなかった。農家や農家の息子と言えば正直、オデキの悪いのが当たり前と思われているが、Bobの住む地域ではおよそ50%が大学卒で、その半数が遺伝子組換え技術を学んだ州立大学農学部出身者である。

 現在の米国農業は、以前より間違いなく豊かになった。それを数値で表すと20%の収益アップだ。もちろんすべての米国農民が恩恵を受けているわけではない。今生き残っている農家と将来規模拡大に適応でき、生き残れる農家のみだ。良いかどうかの議論は別にして、このたった20%の収益アップと、マトモで優秀な生産者を将来確保するためには、米国政府は穀物価格を2倍しなければならなかった。Bobは言う。「農家ができなければ都市に吸収されれば良いのだ」。

 少なくても私が知っている米国農民の心は、日本の多くの卑屈な農民よりも清く見える。そりゃ~そうでしょう。今の日本の農村社会では親の平均所得は200万円以下、自分の子供たちは都市の子供たちよりも間違いなく学力は落ち、もちろん塾に通わせる余裕はない、地上波テレビはだめだが、衛星放送が見ることができ、NHKのBS受信料は免除となる農家をやっていて、息子には嫁さんがなかなか来ないし、嫁さんとの外食は回転寿司が年に1回が良いところ、ラスベガスなんて夢物語。それでも、そのような生活を夢見て、それを実現させようとする輩が多いのは事実だ。

 よくある話に、ヨーロッパの農家は米国の農家よりも豊かということがある。ベンツを作っている隣町で、家中の電気を消して60ワット白熱電灯1つで、チーズ5種類とパン3種類の夕食から豊かさを学べと言われても困る。少なくとも戦後我々が学んだ教育や道徳の規準は米国であって、ヨーロッパではないはずだ!

 なぜ日本で、豊かな生産者を育てようと言う環境にならないのか? 私はこのように考える。日本の都市も決して豊かではないし、その貧しい都市が将来間違いなく今以上に豊かになる保証はない。それなのに農村だけをより豊かにする訳にはいかない、バランスが必要だ、なんてことを誰かが考えているかもしれない。

 日本も米国でも、町との距離といった物理的な距離を縮めることは不可能でも、農業生産者の所得を上げることは可能である。日本のテレビ、新聞、雑誌などのメディアと呼ばれる方たちの分析は的確で鋭いものがあるが、あくまでもそれは栽培していない方たちの話であり、実現性には乏しいと思う。ましてや、近い将来消えてなくなる有機栽培農業の話でもない。やはり、目線を利益を上げている生産者や規模拡大に挑戦している生産者に当てることが、国民の納税に対して背信行為にはならないと考える。残念ながら、生産者も含めて豊かな生産者育成には、誰も興味がないのが現実のようだ。

 Bobは2年前、彼女を連れて再び私の農場のムギ収穫作業を手伝った。以前の条件に加えて、今度は我が家のキングサイズベッドを壊さないことも条件にした。そしてBobは、彼女と翌年1月に結婚。子供は3人位ほしいと言っていた。ちなみに彼女は弁護士さん。原料の一部に米国産ダイズ使ってできたビール系飲料をたくさん飲ませて、口数の少ない彼女に本音を言わせた。「もちろん彼よりも稼ぐわよ」。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 宮井能雅 22 Articles
西南農場有限会社 代表取締役 みやい・よしまさ 1958年北海道長沼町生まれ。大学を1カ月で中退後、新規就農に近い形で農業を始め、現在、麦作、大豆作で110ha近くを経営。遺伝子組換え大豆の栽培・販売を明らかにしたことで、反対派の批判の対象になっている。FoodScience(日経BP社)では「北海道よもやま話」を連載。