飽食者の奢りを憂う/フィリピンの遺伝子組換え作物栽培(3)

フィリピンでの遺伝子組換え(GM)作物の栽培と研究の現状(3回連載)。今日のGM作物の扱われ方を考える。

GM作物は“悪者”か

プレスリー・コルプッツさん、ジョナリンさん夫妻
イザベラ州イラガン市のプレスリー・コルプッツさん、ジョナリンさん夫妻。自分のGMトウモロコシ畑で「今の生活は豊か」と率直に語る。
右が「ゴールデンライス」、左が在来種のコメ。
右が「ゴールデンライス」、左が在来種のコメ。

 GM作物について日本では否定的な意見が数多く聞かれる。その主張の多くは、「アグリビジネスの多国籍企業に国の農業が支配される」とか「安全性が確認されていない」「生態系を乱す」などとするものだ。

 まず、アグリビジネスの支配云々は本来、安全性とは無関係の議論だ。また、GM作物に反対のグループは安全性に問題があることを示す研究が数多くあると主張するが、GM作物が原因で健康被害が生じたとする信頼に足る研究はこれまで世界中で1件もない。

 カーン大学(フランス)のセラリーニ教授が2012年9月、ラットを使い、GM作物が死亡率の増加など健康へ悪影響をもたらすと発表した。世界中の反GMグループがこの論文を金科玉条のごとく扱ったが、その後実験の不備などが指摘され、翌2013年11月に論文撤回され、すでに反対の論拠が失われている。反GMグループはこの事実を知らないのか、あるいは知っていても不都合なのでとぼけているのか、いまだにGM反対の根拠の一つにセラリーニ論文を持ち出している。フェアではない。

 世界でGM作物が登場して20年近く経過したが、健康被害は現時点では確認されていないのだ。

 フィリピンのGDPに占める農林水産業の割合は12.8%で、日本の1.1%とは桁違いに高い。農業のウェイトが大きい国が、国家財政を圧迫する飼料用トウモロコシの輸入を何とか減らして自給体制を確立するためにGMトウモロコシの栽培を推し進めたことは、非難されることだろうか。GMの普及で農薬の使用量が減ったうえに収量が増加、労力の削減もでき、農家は豊かになった。その結果、この国の農業全体が活気を帯びてきた側面を忘れてはならないだろう。

 ゴールデンライスについては特許がIRRIにあり、そもそもアグリビジネスに農業が支配されるという議論の対象にならない。それにもかかわらず、先進国の反GMグループは、あいまいな“危険性”を理由にゴールデンライスの開発・栽培に反対する。貧しい国の子供たちを失明から守るために、主食のコメを通して確実な方法を実用化しようとしているのに、それに反対するのは、“飽食”にあぐらをかいた彼らの思い上がりではないか。また、「飢餓や栄養不足は世界的な食糧の配分の問題」などという主張は問題のすり替えであり、問題解決の先送りにしかならない。

 GM作物の栽培、研究の現場を視察してみて、そんな感想を持った。

 遺伝子組換え技術は農業に先立ち医薬品開発で発展してきた。ヒトインスリンがGM技術で量産可能になり、糖尿病患者がふつうに生活できるようになったのはその一例だ。最近はヒト型を改変して、効き目が速いうえ持続時間が長いタイプが製造されている。これらを反GMグループが「危険だ」と主張するのを聞いたことがない。GMインスリンを注射しながらGM食品を拒否する人々は、自分たちの主張の矛盾にいつ気付くのだろうか。

【遺伝子組換え】遺伝子操作の一つで、DNAの特定部位を切り出して他のDNAに結合させる技術。これにより従来なかった形質をもつ生物をつくることができる。GM技術を農作物に応用したのがGM作物で、農作物に他の生物の遺伝子を組み込み、本来の農作物にはない除草剤耐性、病害虫抵抗性などの形質を持たせた人工の作物をつくる。商業栽培は1996年米国で最初に始まった。

 日本国内のGM作物の安全確保対策は、生物多様性への影響についてはカルタヘナ法で規制したうえ、食品は「食品安全基本法」と「食品衛生法」、飼料は「食品安全基本法」と「飼料安全法」に基づいて審査される。

 厚生労働省によると、2014年2月現在、食品としての安全性が確認され、販売が認められているGM農作物は、じゃがいも、大豆、トウモロコシ、テンサイ、なたね、ワタ、アルファルファ、パパイヤの8作物288品種。

 これらを食品として使う場合には原則、表示が義務づけられている。

 日本国内でのGM作物の商業栽培は法的には認められているが、反対が強いため現時点では観賞用の花を除いて行われていない。

 国際アグリバイオ事業団(ISAAA)によると、世界の主要なGM作物は4品目であり、大豆(50%)、トウモロコシ(31%)、ワタ(14%)ナタネ(5%)の順。アジアでは主に中国、インド、パキスタン、ミャンマーがワタ、フィリピンがトウモロコシを栽培している。

《この稿おわり》

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ジャーナリスト ひびの・もりお 名古屋工業大学卒業、同大学院修士課程修了後、中日新聞社(東京新聞)入社。地方支局勤務の後、東京本社社会部、科学部、文化部などに所属。この間、第25次南極観測隊に参加。米国ワシントンDCのジョージタウン大学にフルブライト留学。1996年~2012年東京新聞・中日新聞論説委員(社会保障、科学技術担当)。2011年~東京医療保健大学教授。