野菜バイヤーのケータイ地獄

外食チェーンのマーチャンダイザー(商品開発者で原材料選定の責任者)や、野菜の卸売・カット野菜メーカーのバイヤーに同行することがしばしばあります。移動中にその人本人に話を聞きたいという場合もありますし、そのマーチャンダイザーなりバイヤーなりが訪ねる農業生産者にも話を聞きたい、見学もしたいということもあります。もちろん、後者の場合は相手先の了承も得てうかがいます。

鳴り止まないバイヤーたちの携帯電話

 そういうときは、だいたい早朝に待ち合わせて車で移動して、夕方帰って来て、食事をしながら続きを話してと、丸一日密着のような形になるのですが、そのように1日十数時間同行していても、なかなかまとまった話を聞くことというのができないものです。

 というのは、彼らの携帯電話が鳴り止まないのです。だいたいは、同業者から、何か野菜の調達で不足があるので融通できないか、持っている人を知らないか、という問い合わせを受けることから始まり、じゃあ心当たりを当たってみようとあちらこちらへ電話して探してもらい、それらの返事を待って、あるという人がいればそれをつないであげて、という風になります。

 しかも、そういう問い合わせの“新規案件”が、1時間に数本ぐらいのペースで舞い込むのです。これでは、携帯電話のハンズフリーを使っていても、本当に運転に集中できるかどうか。

 だいたいは午前中から昼間が甚だしいわけですが、ときにはレストランなどで昼食や夕食を摂っている間にもありますし、ひどいときには真夜中にかかってくることもあるとか。食事もおちおちできない、深く眠ることもできない。

質と量を確保すれば圧倒的なシェア取れるはずだが

見通しがよく平坦な土地の道ならよいが、やはり通話しながらの運転には危険がある(写真はイメージです)。
見通しがよく平坦な土地の道ならよいが、やはり通話しながらの運転には危険がある(写真はイメージです)。

 バイヤーやマーチャンダイザーの安眠とゆったりした食事と交通安全を確保するためには、大きくは2つの問題を解決する必要があります。

 1つは、需用者側で計画性を持ってもらうことです。あるときは、真夏のある日に突然今週鍋フェアをやると思い付いた居酒屋から白菜の大量注文が入って、バイヤーたちが右往左往していました。それを彼らは見つけてつないだのだからすごいのですが、そのそもそもの発注元は「言えば手に入ると思っている」「偉そうだ」と言われていて、バイヤーたちの間ですこぶる評判が悪い。食事と睡眠を妨害されるわけですから、愚痴が出るのももっともです。計画性を持てば、買値も抑えられるでしょうに、こうした買い方では仕入値は上がり、それを消費者が負担するということになるのでしょう。

 いま1つは、生産者側で量と質の安定をもっと目指すことです。これを言うと、気象・天候の影響を受けるから仕方がないとか、日本の環境では難しいとかという話で、たいていの農家は話に乗ろうとしません。環境条件を克服して安定生産を目指すことが、古来農業の姿だったと思うのですが。そして、世界には環境・気象条件をねじ伏せようとするさまざまな技術が現にあるのですが。

 また、量と質を安定させれば、小売チェーンや外食チェーンの需要を一網打尽にするチャンスが生まれるわけですが、リスクをとってその挑戦をするよりも、淡々と市場出荷を続けるほうが賢明と考える向きも多いでしょう。

流通が最新のICTで武装すると

 野菜流通の入口と出口の両方にこうした不釣り合いがあるために、野菜の卸売・カット野菜メーカーのバイヤーたちには、命を削るように働く人が現れるわけですが、一方、彼らが得ている利益は、本当は農家が手にできたり、小売業の先にいる消費者が手にできたりするはずのものだったと考えられないでしょうか。

 そして、今、2つの問題を解決するという形で説明しましたが、第3の解決の道はあるのです。今日のICT(情報通信技術)の進歩は、膨大な数の売り手と膨大な数の買い手から最適な組み合わせを見つけてつなげるという複雑な仕事を瞬時に大量に行うことを可能にしています。その仕組みはすでに株、為替、インターネット広告の取引などに使われているわけですが、今野菜のバイヤーたちが携帯電話と人間同士の付き合いを駆使して行っている情報のやりとりも、この技術を応用して自動化される日は遠からず来るでしょう。これが第3の解決の道です。

 しかし、その場合、今まで以上の利益をつかむのは、当然その仕組みを提供する流通業ないしはICT企業です。

 そして、生産者にとってもこの新しい仕組みは便利なものとなるでしょうけれども、それは「淡々と市場出荷を続ける」方式を拡大し強化し固定するものとなるでしょう。すると、それに合わせていればいいということで、生産現場、小売・外食の販売現場ともに、抜本的な改善によって飛躍的に高い利益を確保するチャンスを永久に失うことになりはしないか。そこは心配なところです。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

About 齋藤訓之 396 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →