東京電力福島第一原子力発電所事故以降の農産物は安心と言えるのか

ここまで安全な農産物に関連する事柄をいろいろと書いてきたが、現在の日本では放射能の問題を避けて通ることはできない。放射能は、農薬の問題以上に不安をかき立てているだろう。これについて筆者の考えを述べたい。最初に結論を書いてしまうと、現在日本国内に流通している農産物は、この点でも非常に危険が少ないと考えている。

基準値引き上げは放射能汚染がひどいからか

 最初にお断りしておくが、筆者は農業現場とくに栽培が専門であって、放射能の問題については全く素人だ。以下に記すことは、生産側の立場から探して得た情報に基づいて、筆者なりに判断したことである。

 東日本大震災の際、地震および津波の被害にも心が痛んだが、各種の被害の全貌が明らかになり、復興を考える段階になってきたときに心配になったのは、実は農産物の国内有数の産地である関東地方と南東北の放射性物質による汚染だ。

 もしかすると、長期間にわたって農産物の生産ができなくなるのではないかと心配になり、かなりいろいろと調べてみた。需用者・消費者の方も心配だったと思うが、生産をしている農家の方々も自ら生産している農産物が安心して届けられるものなのかどうか、大きな関心を示していた。そういった方々と今後を考えるためにも、調べてみる必要があった。

 とくに、筆者が最も心配したのは、政府が農産物に含まれる暫定基準値を引き上げたときだ。いったい、どうして引き上げたのだろうか? 当初想像したのは、農産物の放射性物質による汚染があまりにひどいために、基準値を引き上げないと食べるものを確保できなくなるからだろうということだった。おそらく筆者と同じく、そのように考えた人は多かっただろう。

 以下では、放射性セシウムに絞って考えてみたいと思う。放射性ヨウ素に関しては、時間が立っているので検出されることもないと考えられるためだ。

暫定基準値をどうとらえるべきか調べた

 放射性セシウムの暫定基準値は、野菜で500bq/kg()だった(現在は新基準値:一般食品として100bq/kg)。これは他国の放射性セシウムの基準に比べてはるかに高かったため、「このような基準ではかえって農産物への不信を煽るのではないか?」「高くなった基準値で食べた人の健康が守れるのか?」「暫定基準値以下だとしても、出荷するのは問題なのではないか?」と考えた。

 事故直後、いく人もの農家の方と話をしたが、彼らの中には自分たちが生産した農産物を出荷することの是非すら考えている人も少なくなかった。

 調べていく中でよく目にしたのは、人はもともと日ごろ宇宙からの放射線を浴びているので心配ないとの説明だった。しかし、食品などの放射性物質による汚染が恐れられる理由は、体の中に取り込んだことによる内部被曝の方だ。これは外から浴びるものと違って長期間にわたる被曝となるし、宇宙から降り注ぐものは直接には皮膚に影響を与え得るだろうが、内部被曝であると内臓などにも影響を受けるだろうから、宇宙からの放射線云々の説明で納得がいくはずがないだろうと考えた。とくに食べ物を扱う仕事に携わる者としては心配せざるを得ない。

 野菜に許されるというセシウムの暫定基準値(2012年3月まで)の500bq/kg――いったいこれは、多いのか少ないのか?

 これについてはいろいろな情報があったが、しかし筆者は最終的にはこの基準は大して高くないと思うようになった。調べていくうちに知ったのは、人は常に内部被曝もしているということだった。

 その代表的なものが、植物にとっての3大必須要素の1つであるカリ(カリウム)で、これは常に一定の割合で放射性カリウムを含んでいるということだ。

 カリウムは、人間にとっても必須要素だが、カリウムには0.0117%の割合で放射性同位体であるカリウム40を含んでいる。

 このあたりから考えたことを、以前筆者のブログに書いた。次回、これを一部修正したものをご紹介する。

※Bq:ベクレル 放射性物質が放射線を出す能力を表わす単位。1個の放射性核種が1秒間に1回崩壊して放射線を放出するのが1Bq。

 放射線にまつわる報道でほかによく見かける単位にSv(シーベルト)があるが、これは放射線による人体への影響の度合いを表す単位。

 BqとSvの違いは、小銭入れに複数の硬貨がある様子にたとえるとわかりやすい。種類を問わず硬貨の枚数を表すのがBq、合計で何円になるかを表すのがSvと考えることができる。

アバター画像
About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】