ウナギも種苗をアメリカに握られるのか

 NHK「ブラタモリ」の放映があるたびに面白く見ています。タモリさんほどではありませんが、私も田舎から東京に来て、江戸・東京の地名・産業・生活と地形とのかかわりに魅せられた一人です。

 そんな視点で街を歩いていて面白く思ったことの一つが、うなぎ専門店の立地です。都区内では、たとえば甲州街道のような比較的標高のあるところから横道へそれて坂を下ると、その先で交差する道路には、真っ直ぐな道とどこかにカーブのある道とがあります。カーブのある道はたいていが付近でいちばん低い場所を走っていて、そこが谷筋だとわかります。そんな道をうろうろと歩いていると、うなぎ専門店に出くわすことが多いものです。

 おそらく、かつて焦土となった東京の瓦礫を処分するために埋め立てを行うまで、その道路は川で、うなぎ屋さんはその川縁にあったことでしょう。そんな想像を巡らせていると、ビルの谷間ににわかに木造の店舗と落語に出てくる人物たちが現れて、若旦那に幇間がまとわりついて「うなぎを食べましょうよ」とねだったりおだてたりしている光景が目に浮かぶようです。

「鮒忠」と言えば焼鳥が有名ですが、店名からわかるようにもともとは川魚が中心の料理屋さんでした。店の説明によれば冬場の不漁に対してよい商材を探した結果鶏料理を選んだということですが、戦後の瓦礫処理で東京から川が消えたことの影響も大きかったでしょう。あの時期に存続の危機に立たされた川魚料理店は多かったはずです。

 さて、日本のウナギ養殖の始祖は服部倉治郎という方で、明治期に東京・深川千田(現在は江東区)から着手し、静岡県、愛知、三重県などに開発地を求めていったということです。江戸が東京となって街の様子が変わり人口が増えるなかで、天然ウナギだけでは市場に対応できなくなることを見込んだのでしょう。これらは戦前までに一定の規模となりますが、太平洋戦争中にいったん衰微し、しかし戦後から高度成長期にかつて以上の規模の産業となります。その後、人件費や地価の安さに加えて、ビニールハウスなしでも育てられる気候上のメリットなどから、主産地は台湾や中国南部へ移りました。

 昨今の新聞やテレビなどの既存メディアはとかく「国産か輸入か」にこだわりがちですが、他の多くの農水産物と同じく、昔は手近の小規模生産で調達していたものの産地が、順次遠隔地の適地に移動しながら規模を拡大していったと見ることができます。むしろ、日本に世界史上にも類を見ないほどの巨帯都市が出現するなかで、今世紀に至るまで普通の価格でうなぎを食べることができたことは、我々の社会の奇跡の一つかもしれません。

 ただ、ウナギの養殖が他の多くの水産物の養殖と異なっている点は、それが肥育であって稚魚の確保まで技術が及んでいなかったことでしょう。ウナギの生態、とくに成鰻になる以前のことはわかっていないことが多く、それは仕方がなかったと言えますが、ここ数年のシラスウナギ不漁を考えると、官・民がもっと知恵と力を発揮していてよかったはずです。

 また、既存メディアはシラスウナギ不漁を伝える際、シラスウナギ自体の乱獲や密漁などには注目するようですが、これは不漁の原因として確かな裏付けが取れていることなのでしょうか。もちろん、識者の意見も紹介されていますが、ある一つの見方ということのように思われます。ウナギの生活史は、わかっている部分だけ見ても、河川、海洋、森林ないし草原等、地球上の非常に広い範囲かつ多様な環境に及ぶものです。その中で“犯人捜し”をする際に短絡すれば、真犯人を逃すことになりかねません。

 それでも、もし“獲りすぎ”を指摘するならば、シラスウナギの前に成鰻の漁獲についての量や規制のあり方まで考えるべきでしょう。なにしろ、今のところ養殖ウナギの個体確保はすべて天然ウナギの産卵に頼っているわけですから。その点、この春に水産庁が開いた会議で成鰻漁獲規制が検討されたことは評価できますが、成鰻を獲る漁業者からの反発等を考慮してなかなか話は進んでいないようです。

 これが国の施策として進まないまでも、このあたりが解明され、適正な保護のしくみができるないしは人工シラスウナギ供給体制ができるまでは、天然ウナギを食べること、求めることは謹むべきではないかと私は考えています。もっとも、私自身はそんな高価なものには手が出ないので、考えるまでもなく口にすることはありませんが。

 では私がどんなうなぎを食べているかと言えば、国産にこだわることはなく、中国産ないしは台湾産をむしろ積極的に選んでいます。価格が手頃ということもありますが、味もよく、しかも養殖池から我々の口に入るまでに、池揚前検査、加工場搬入時検査、製品検査、輸出時検査、輸入時検査と厳重な検査を経る上、トレーサビリティもしっかりしていることが多いからです。

 輸入ウナギ・同うなぎ製品(ほとんどが中国産・台湾産)通関量を見ると、2011ウナギ年度(9月~翌年8月)で活鰻は1万1845t、加工品は1万5749t(製品重量)となっています(日本鰻輸入組合)。これに対して、国内の養殖うなぎ生産量は2万2028t(農水省)です。とくに活鰻輸入量に注目すると、これを家庭で利用することはまずないわけで、相当の量の輸入ウナギがうなぎ専門店で利用されているとわかります。

 したがって、中国産・台湾産を支持しているうなぎの職人さんは多いはずですが、どうもお客から問われない限りは中国産・台湾産と言わないというケースが多いようです。消費者が正確な情報に接して的確な判断をし、そのことで市場を守るためにも、表示ルールという法令とは別に、中小零細飲食店でも産地についての説明は正確に行うべきでしょう。

 とは言え、一昨年に視察した中国・台山のウナギ養殖現場では、水を抜いた池が目立ちました。理由を問うと「シラスウナギが十分手に入らないので稼働できない池が出る」とのことで、経営者は困り顔でした。種苗がなければ話が始まらないのは農業と同じです。

 そして今、アメリカ政府はウナギをワシントン条約で国際取引を規制する対象種に加えることを検討しているということです。それが困った動きと見えるというのは、すでにアメリカ産シラスウナギが中国等諸外国でのウナギ養殖に使われているからです。種苗を握っている国が生殺与奪の権を握るのは、これまた農業でも同じことです。

 日本は、農産物と水産物ともに、種苗確保のための技術の進歩と制度の整備にはもっと力を入れるべきです。生産現場を他国に置いたほうがメリット大と見えるわが国であればこそ、これはなおのことです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →