ホタルの里を実現する農薬使用法

内田農産の水田の様子。株元に日光が差し込み、トンボが飛び交う
内田農産の水田の様子。株元に日光が差し込み、トンボが飛び交う
内田農産の水田の様子。株元に日光が差し込み、トンボが飛び交う
内田農産の水田の様子。株元に日光が差し込み、トンボが飛び交う

福井県鯖江市で水田約50haを経営する内田農産(内田秀一代表取締役)のセールスポイントは、圃場を舞うホタル。内田社長は地域の人々や関西、関東などの顧客に呼び掛け、毎年「ホタルを観る会」を催している。長年培った減農薬・無化学肥料(福井県特別栽培農産物認証)での栽培ノウハウの賜物だが、内田社長本人は「無農薬論者では全くない。農薬はせっかくの文明の利器。使わない手はない」(内田社長)と言う。

 例年6月中旬にゲンジボタルが乱舞を始め、同下旬にはヘイケボタルが水田から舞い上がり、付近の樹木をクリスマスツリーのようにきらめかせる。圃場を飛ぶのはホタルだけではない。昼間はイネの葉の間や上空をおびただしい数のトンボが飛び交う。そこここのイネの茎葉にはクモの巣が張る。さらに、その下の水面には、溺れかけた虫の体液を吸おうとアメンボが走り回る。水中にはカエルとメダカ。その全体を、時折ツバメがかすめて飛んで行く。

 のどかな光景とも映るが、これは「害虫たちにとっては地獄。これだけ虫を食う生き物がいれば、カメムシなど増えっこない」(内田社長)。益虫が増える環境を作り、それによって害虫を抑える――これが内田農産の営農の戦略だ。

 この戦略を実現するための農薬の種類と量を、経験を重ねて研究してきた。現在使用している農薬は4種類――ダコニール乳剤(商品名:ダコニール1000、殺菌剤。育苗時のカビ発生対策)、Dr.オリゼ(イモチ病予防として。10a当たり500g)、パダン(主にドロオイムシ発生の予防として。10a当たり50g)、キングダム一発剤(水田用除草剤)。

 特に変わった薬剤を使っているわけではないが、それぞれの使用量が標準的な使い方よりも際立って少ない。また、「地域の水稲作では、オリゼ、パダンにプリンス(殺虫剤)を加える組み合わせが一般的。しかし私の場合、プリンスは使わない」(内田社長)など、ポピュラーな農薬のいくつかを使わないのが特徴だ。

 また、薬の助けがなくてもイネが強く育つ環境作りにも気を配る。肥料は化学肥料は使わず、有機肥料を10a当たり30~50kg投入し、「長くゆっくり効かせる」。株間は通常より5cm以上広い22~23cm間隔の粗植で風通しをよくし、株元まで太陽光を当てる。「10a当たり8俵と減収はするが、これで薬を使わずに消毒できるメリットは大きい」(内田社長)。水田の中だけでなく、畦畔(けいはん)の除草も丁寧に行い、害虫の巣とならないように気を使う。

 それでもカメムシに吸われたモミは、自社の精米ラインで色彩選別機がはじく。殺虫剤にコストをかけて益虫を巻き添えにするよりは、精米ラインにコストをかけた方がよいと考える。

 内田農産のコメのほとんどは消費者への直販だが、価格はコシヒカリで10kg6500円。福井県産の2004年産コシヒカリの一般的な価格60kg1万5810円(全国米穀取引・価格形成センター、平成17年4月22日の最高落札価格)の約2.5倍だ。この価格を消費者に納得させる役割をホタルが担う。「栽培履歴や農薬の使用量を書類で示すことはできるが、それだけでそのコメが実際に安全かどうかは消費者には判断がつかない。

 しかし、用水路でカワニナを食べて育つゲンジボタルに加え、水田のタニシを食べて育つヘイケボタルがいれば、その水田の毒性が低いことを実感してもらうことができる」(内田社長)。書類と虫がいる風景――消費者の納得のためには、この両方が必要なのだという。

「ウチでもホタルが育つ水田をやりたい」と、内田農産には各地の稲作農家や自治体職員などから問い合わせがある。内田社長は、それに対してノウハウはすべてオープンにしているが、実現できる人は多くはない。「私のやり方の第一歩で、かつ必須の条件は、一斉防除からはずしてもらうこと。これを言った瞬間に、ほとんどの人はあきらめます」(内田社長)。

 現在の日本のほとんどの水田では、地域ごとに日取りを決めて一斉に薬剤を散布する一斉防除が当たり前だ。自分の圃場をこれからはずしてくれと言えば、近隣の他の農家から「病害虫が出る」と迷惑がられ、薬剤の売り上げに響く農協などからの風当たりも強くなる。農薬の種類と使用量を自分でコントロールできる立場に立てる農家は少ないのだ。

 内田農産にこれができるのは、借地を増やし、集落の7割の水田の耕作を一手に引きうけているからだ。そのためには、「配当と考えて」相場より高い小作料を支払い、なおかつ「他人の田ではなく、自分の田と考えて」、自社の費用で暗渠敷設などの圃場整備を行うなど、地域の人々の信頼と期待を勝ち取る必要がある。

 ホタルが舞う夢のような光景は、リアルな問題を解決して初めて見ることができるのだ。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 289 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →