VIII 日本人の知らないジャパニーズ・カクテル/ミカド(12)

洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察

サヴォイ版「ミカド・カクテル」の再現の後、筆者はたまたま立ち寄った横浜中華街の店で、あっと驚く発見をした。サヴォイ版「ミカド・カクテル」の味と類似する酒を見つけたのだ。

横浜中華街でのささやかな贅沢

 それから5年ほどたった頃。親しくしていたウォッカの輸入代理店を通じてNHK・BSの番組制作会社から、日本のカクテルについてのレポートを依頼されたとき、筆者は神奈川県H市にある自動車工場で青い作業服を着て働いていた。

「未経験者でも高収入」の仕事の代表だった90年代の面影はなく、東京に残していたアパートの家賃を払ってしまうと、あとは100円ショップと工場・独身寮の往復を繰り返すことしかできない。東京の部屋から少しずつ持って来ていた資料では、レポートに書ける内容も限られてくる。折から給料日前。筆者は工場の同僚から借りた交通費といくばくかのコピー代を懐に、横浜開港資料館に向かった。

 資料調べとコピーが一段落したときには、もう夕方に近かった。歳末で賑わう横浜港を背に、冷たい蒲団が待つ独身寮に戻らねばならない。明日の夜勤前に、レポートを書く必要もある。そんな思いとは裏腹に、足は桜木町の駅を目指していた。繁華街に近付くにつれ、弾んだクリスマスソングが筆者の耳に遠慮なく入ってくる。

 懐には、あと2000円ばかりもあったろうか。帰る決心もつきかねたまま街を彷徨していて、日本の色彩感覚とはかけ離れた、赤と金色に彩られた派手な作りの門にさしかかった。気が付かないうちに中華街まで来ていたらしい。一人だけの歳末気分を味わうのも悪くない――そう思って中華街を周ったものの、表通りの店に入る勇気がない。人通りの少ない裏通りを探していくうちに、白壁に猫の額のような前庭のある中国料理店を見つけた。店名は覚えていない。外に書かれた素っ気ない値段表を何度も確認して、店のドアを開けた。

 店内は思ったより広い。通されたのは中庭の見える個室で、ご丁寧に回転テーブルまでついている。歳末の賑わいを見せる中華街。本格中国料理店に四十絡みの風采の上がらない男が独り。中華街の店にやってくる普通のお客の真似をして2~3皿の料理を頼みでもしたら皿洗いをする破目になりそうな懐具合。あんまりと言えばあんまりなシチュエーションにこみあげてくる苦笑を噛み殺しつつ、炒飯を頼んで開港資料館でコピーした資料を読み返していた。入口に近いせいか、ときおり客が行き来するものの、あたりは静寂に包まれている。

 ややあって運ばれてきた、まだ湯気を立てている炒飯という、給料日前のライン工にとっては禁断の浪費で人心地がついたところに、寒さが足元から忍び寄ってくる。禁断を破る快感は、人の判断力を麻痺させる。頭の中で何回か、財布の中の残額とH市まで戻る交通費の引き算を繰り返したあと、意を決して紹興酒の1合瓶を温めてもらうことにした。

 ささやかな贅沢。そんなフレーズと目の前の愛嬌のあるお銚子を模したガラス瓶で派遣工の心が少しだけ温まったとき、なにかが動いた。足元が、一回ブルッと震えた。

「ジャパニーズ・カクテル」は紹興酒を模したものだった

「この味は、どこかで飲んだ記憶がある」

 この時点で、筆者はまだオリジナルの「ジャパニーズ・カクテル」、つまり1862年のJ.トーマスのレシピの味を知らない。記憶の中でヒットしたのはキュラソーを使用した1920年のサヴォイ版「ミカド・カクテル」を再現したときの味だった。それが幸いだったかもしれないわけは後述する。

 あわてて、傍らに律儀に置かれた入れ物から、小ぶりの氷砂糖を一つつまんで、床から伝わってくる寒さで湯気が消えたグラスに入れてみた――間違いない。曖昧な味覚の記憶を必死に呼び戻して照らし合わせた結果、脳裏に浮かんだ仮説は確信に変わった。ジャパニーズ・カクテルに「日本」との味の接点が見つからなかった理由。それはミカド・カクテルの味が、中国の酒、紹興酒をモデルにしていたことにあったのだ。

 中華街での記憶は部分的に鮮明で、部分的に霞がかかっている。それでも、あのときたった一人で入った中華街のさびれた店で、長い長い嘆息と共に熱いものがこみ上げてきたことは、今でもはっきりと覚えている。

 この話はその後書く媒体が見つからず、NHK・BSの放送でも筆者の名前が出ることはなかったために、今回FoodWatchJapanに書くこの稿が初めての発表となる。ここからは読者にも心して読んでいただきたい。

 その後筆者は、以前地元のバーで知り合ったデザイン事務所の社長に声を掛けて貰ってどうにか東京に戻ることができ、以前とある晩餐会で偶然知り合った女性建築デザイナーの仲立ちがあってFoodWatchJapanに原稿を書くことになり、こうして読者に伝えるまでに至っている。その後、何年振りかで東京に戻った筆者を温かく迎えてくれた多くの方々に感謝しつつ、その後のリサーチの報告をしていこう。

About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。