値下げするとお客が減るのはなぜか?(9)ラーメン店が高い原価率で成立するのにはワケがある

前回お話しした価格を下げる3つの方法の最後、値下げIII類についてお話しします。

●コストによる値下げの分類
コストの比率を上げる 値下げI類
コストの金額を下げる 供給者(仕入先)へ値下げを要求 値下げII類
仕組みを変える(業態開発) 値下げIII類

 値下げIII類は、コストの金額を下げるという意味では値下げII類と同じです。ただし、値下げII類が取引先に「努力」「勉強」を強いて相手の利益を搾り取る形で行われるのに対して、値下げIII類は自店内部や調達のしくみを変えてコストの比率を上げずに価格を下げる取り組みということになります。これは、言い換えれば業態開発ということになります。

 これについては、実は当連載第8回「価格は他店との比較で決めるものではない」で、ファミリーレストランを例にとって説明しました。今回はそのおさらいと言いますか、ラーメン専門店を例にとって、値下げIII類というもののイメージをもう少し掘り下げてみようと思います。

ラーメンの高価格化は“インフレ”ではない

 最近人気のラーメン専門店というと、ラーメン1杯が安くて600円台、平均的には800円台というところが多いようです。ところが今から20年前などの昔は、ラーメンというものはもう少し安いものでした。専門店でも1杯の価格は200円台~300円台で、喫茶店のコーヒー1杯とおよそ同程度でした。専門店のラーメンというものの標準価格が倍ぐらいになったということです。

 これを単純にラーメンの「値上げ」「インフレ」ととらえるのは重工業などの取材を得意とする経済紙的な見方であって(当連載第2回「繁盛店は値下げしない」参照)、そのままそのように理解するとフードサービスという仕事では真実を見誤ることになります。

 価格帯というものは、そのときどきの世相・文化によって意味を持つものです。

 たとえば、かつての200円台~300円台という価格は、ポケットや小銭入れから硬貨をつまみ出して、あまり考えることなく支払ってしまう金額です。

 この価格帯は、週刊誌1冊やタバコ1箱の価格としてよく用いられたものです。牛乳の1パックのように、よく買っているものなら、いちいち値札を見ないで買い物カゴに入れること(ブラインドプライス)もよくあります。今でも、タバコを除けばだいたいそういうものでしょう。チェーンストアの教科書には、こういう価格をアフォーダブルプライスというと書かれています。

 これに対して、800~1000円という価格は、支払うのに際してもう少し考えるという人が増える金額です。支払うことに確かな意味を感じたい、しかし決して贅沢品の価格でもないといった金額で、チェーンストアの人との会話であれば「ロワープライスからミドルプライス付近だね」という話になります。

 客単価をこの価格レンジに持って来ている代表的なフードサービスが、ハンバーガーなどのファストフードやファミリーレストランなどです。

 このように価格帯を考えると、ラーメン専門店は、「ちょっとお腹が空いたからラーメンでも食べておくか」といったアフォーダブルプライス狙いの業態から、「何かおいしいものを食べたいな。ここはいい店かな?」と選んで来店してもらうロワープライスないしミドルプライスの業態にシフトしたということになります。すなわち、ファストフードやファミリーレストランの競合として台頭したと言い換えることもできます。

 アフォーダブルプライス時代のラーメン専門店は、カップルで利用するケースが全くないとは言いませんが、デートでのチョイスとしてはちょっと変わった部類だったでしょう。今でも牛丼チェーンはこの価格帯ですが、付き合いが始まったばかりのカップルを集客する店とは考えにくいものです。

 ところが、ここ十数年の間に、「ちょっとおいしいものを食べに行こう」というニーズを集め、行列が出来たり、カップルも散見したりという業態のラーメン専門店が増えました。そう高価な出費ではないながら、ファストフードやファミリーレストランが備えていたイベント性を身に付けたと見ることができるでしょう。

お客が負担を楽しむことで成立する低価格

 そのような、今日のラーメン専門店の食材原価率(フードコスト)は飲食店の標準とされる30%台前半というレベルを大きく超え、40%超という店も珍しくありません。通常のテーブルサービスの営業スタイルでこのような原価のかけ方をすれば、F/Lコストは限界の60%を簡単に超え、成り立たないということになります。

 たとえば、1杯800円のラーメンの原価率が40%であれば、原価は320円。これを原価率30%で提供しようとすれば、1杯1100円ほどいただきたいということになります。つまり、今日流行のラーメン専門店は、一般的には1100円ほどの価値があるものを800円という廉価で提供して支持を得ていると見ることができます。

 ただし、それはいわゆる値下げではありません。もう少し正確に言うと、値下げI類や値下げII類とは違うということです。ラーメン専門店は、それだけの原価をかける仕組みを持っているのです。これが値下げIII類というものです。

 まず、ラーメン専門店にはテーブルサービスの店というものが少なく、カウンター中心の店が多いものです。このような形式であることは、コストダウンについてまず2つのメリットがあります。1つは店舗面積が小さく、しかも“うなぎの寝床”と言われる間口の狭い物件を利用できますから、一般的に家賃を低く抑えられることになります。しかも、カウンター中心であれば、調理と配膳を兼務させたり、提供と下膳の作業が簡単になるなどでスタッフの人数を減らすことができ、人件費を圧縮できます。

 さらに、ラーメンというものはさまざまな調理工程による複数の料理を1皿(丼)に盛り込むものです。これで食器の数を減らすことができて初期投資額を抑えることにつながります。また、食器の洗浄や管理もシンプルになりますから、ランニングコストを抑えることにもなります。その上で、お客の滞留時間が短いのです。したがって、狭い店でも営業面積当たりの売上げを多くでき、生産性のよい業態となり得るわけです。

 また、実はこの業態を完成させるために、お客にも負担を求めている側面があります。行列が出来るというのは、言い換えれば「店舗に瞬発力がない」ということです。店舗に瞬発力を持たせるには広い店舗面積と多くの客席が必要ですが、アイドルタイムにはこれが純粋なコストになってしまいます。それを回避するために、お客に立って待つことを求め、了解されているということです。

 実は、価格を低く抑えるためにお客に負担を求めるというケースは他の分野でもよくあることです。たとえば、スーパーマーケットは、ピッキング(注文品を倉庫から選んで出すこと)や配送といった物流の仕事をお客に行わせることで低価格を維持しているという側面があります。こうしたことも、お客が了承してくれれば、さらに可能ならばそれ自体を消費行動として楽しんでもらえれば、業態として成功するわけです。ラーメン専門店ならば並んで待つことをイベントとして楽しんでくれるお客の数がそろえば、スーパーマーケットならば配送を休日のドライブとして、ピッキングをショッピングとして楽しめるお客の数がそろえば、成り立つということです。

お客に負担を強いるだけでは成り立たない

 もしも、ファミリーレストランや居酒屋などのテーブルサービスの店がラーメン専門店並みの食材原価率で営業すれば、会社は容易に危機に立つことでしょう。「原価をかけさえすればお客が来る」といった思い込みやそそのかしは、そのような危険をはらむものです。

 では、逆にラーメン専門店の提供スタイルで原価率が30%とかそれより低い商売をするとどうなるでしょうか。

 フレンチなどの専門料理店というものは、実は原価率が30%より低いということはそう珍しいものではありません。そう言うと何か安いものをだまされて食べさせられているように感じる人もいるかもしれませんが、そういうものではありません。たとえばフレンチで2万円支払って、その店の原価率が25%だとしたら、原価は5000円です。それだけの金額の食材が、長い修業をしてきた料理人の創意工夫と調理技術でさらにおいしいものに変えられ、丁寧で親切でよく気の利くサービスの専門家が提供してくれるわけですから、お金を大事にする人が多いお金持ちも納得して支払っているわけです。

 しかし、バブル崩壊直後に、ちょっと面白い店が首都圏などに現れるようになりました。むき出しのステンレスの厨房機器がまる見えのカウンターのスツールにお客を掛けさせて、数千円から1万円を超える価格でフレンチを提供するという店です。ラーメン専門店並みにお客に負担を求めながら、原価率は従来のフレンチ並みか少なくともラーメン専門店よりも低い業態というわけです。これらはほどなく消滅しましたから、これは成り立たないという前例があるということになります。

 今日では「俺のフレンチ」など、フレンチを立ち食いで提供して価格を下げるという業態が現れていて、お客を集めています。これはバブル崩壊後のカウンター式フレンチとは違って、お客に立って食べるという負担を強いながら、価格で還元しているということで成り立っているわけでしょう。価格を下げるには、そのための仕組みが必要であり、しかもその仕組みをお客に支持してもらえるということが必要だということの好例と言えます(ただし、それが従来のフレンチのレストランで食事をしたときの満足感と同等かと言えばそうではないでしょう。サービスと居住性を犠牲にする業態の役割は、早晩小売業に取って変わられるというのが筆者の見方ですが、そのことについては稿を改めます)。

ファミレスの呼び出しベルはお客に喜ばれた

 お客の負担をお客に理解してもらい楽しんでもらうこと、あるいは店から見ればお客の負担に見えるはずのものが、実はお客にもメリットであったということはあるものです。ラーメン専門店や「俺のフレンチ」以外に、その例をもう一つだけ挙げておきましょう。ファミリーレストランの呼び出しベルです。

「ガスト」が呼び出しベルを採用するより以前、業界内では「あの仕組みは、まともなレストランが使うものではない」と見られていました。サービス担当者の配置や動作が悪く、サービスが行き届かないことの証拠と見られていたからです。

 ところが、これを採用することで人員を減らし、それが価格を下げる仕組み作りに寄与したわけですが、お客もそれを受け容れたのです。しかも、ウェイター/ウェイトレスを探して呼び止める手間が省け、来てくれるか来てくれないかという心配も軽減されました。小さい子供なら、そのボタンを押すのが楽しみで、それが家族の会話にもなってということもあったのです。

 価格を下げる努力というのは、このように新しい仕組みを考えて提案する形が理想と言えるでしょう。自店で無理をしたり(値下げI類)、取引先に無理を強いたり(値下げII類)すれば、単純に価格を下げることはできても、そこには新しいものは生まれず、また自社も取引先もジリ貧となって、新しいことを考え出して実現する力も失っていくはずです。

 外食や小売業の仕事の長い人にとって、以上の話はわざわざひとから教わるまでもない話ではありますが、昨今そこで失敗している例をよく聞きますので、あえてご紹介しました。

 大切なことは、値下げI類、値下げII類はなるべく回避すること。もしその手を使うとしても、それらはあくまでも一時的なもの、キャンペーンであるべきということ。お客に喜んでもらったり、お客と店とで新しい価値を共有して互いにメリットを享受する値下げIII類と、I類・II類とは全く別な取り組みであるということを忘れないでいただければと思います。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →