中村兄弟とラーメンの世界映す

[263]「RAMEN FEVER」から

現在公開中の「RAMEN FEVER」をご紹介する。コロナ禍でフードサービス業界も映画業界も深刻な影響を受けるなか、久しぶりに公開されたフード・ドキュメンタリーである(撮影は2016年)。

 神奈川県大和市(後に海老名市に移転)の人気ラーメン店「中村屋」で“ゼロ年代ラーメンブーム”を牽引し、現在は米国を拠点に活動しているカリスマラーメン職人、中村栄利と、その兄で神奈川県厚木市の郊外にオープンしたラーメン店「ZUND-BAR」を皮切りに国内16店舗、海外10店舗を展開するAFURI株式会社の代表取締役、中村比呂人の兄弟の活動に焦点を当てながら、ラーメンの複雑かつ繊細な奥深さを検証する。日本の“国民食”と呼ばれているラーメンが、今、海外でも熱狂的に受け入れられている(フィーバーしている)状況を取材した内容になっている。

「ラーメンゴッド」から「世界のラーメン伝道師」へ

 中村栄利は1977年神奈川県厚木市出身。米国留学時、母・錦子の味を真似たスープをホストファミリーに振舞ったところ好評を博したことから料理に目覚めた。帰国後、オリジナルスープによるラーメン作りを独学で研究。父・功の後押しもあり1999年9月、22歳の若さで「中村屋」をオープンした。

 その頃、地域に注目した「ご当地ラーメン」や、作る人に注目した「ご当人ラーメン」等が話題となっていた。その“ゼロ年代ラーメンブーム”のなか、栄利が研究を重ねた“淡麗系”のスープと、頭上いっぱいから振り下ろす独特の湯切りスタイル「天空落とし」が評判となった「中村屋」は行列ができる人気店になる。各種メディアが取り上げ、雑誌「TOKYO1週間」の「ラーメン・オブ・ザ・イヤー」(後にTRY=東京ラーメン・オブ・ザ・イヤー)では賞レースの常連となった。

「ラーメンゴッド」と呼ばれるようになった栄利は海外に目を転じ、2009年5月、米国ロサンゼルスで海外店舗を初プロデュース。以降、ニューヨークにオープンした「NAKAMURA」でシェフを務めながら「世界のラーメン伝道師」として活動を続けている。

 本作では、「中村屋」や「NAKAMURA」の厨房に立った栄利の「天空落とし」を存分に堪能できる。

スペシャリストとゼネラリストの対立と和解

「AFURI」の看板メニューである「柚子塩らーめん」。日清食品からコラボ商品のカップ麺も発売されている。
「AFURI」の看板メニューである「柚子塩らーめん」。日清食品からコラボ商品のカップ麺も発売されている。

 一方、2歳上の兄・比呂人は、弟・栄利がラーメンのスペシャリストであるに対し、何でも器用にこなすゼネラリストのように映る。比呂人は大学在学中は司法書士を目指していたが、本当にやりたい仕事ではないとやめる。そして“ものづくり”を志してテレビ局に入社するも、1年半で退社。その後、飲食業に興味を抱いていたところ、「中村屋」の2号店を準備していた父に請われて「ZUND-BAR」のオープニングに携わることになる。

 しかし、ここで問題が発生する。比呂人が「ZUND-BAR」に携わることが栄利に伝わっていなかったことから誤解が生じ、二人の仲にひびが入ることに。結果、「中村屋」とは完全な別会社となり、比呂人は弟の援助なしに素人同然のまま「ZUND-BAR」を立ち上げなければならなかった。それでも有能なスタッフにも恵まれ、「ZUND-BAR」の経営を軌道に乗せることに成功した。比呂人はラーメンは作れなくとも経営者としての才覚はあったわけだ。そして2003年には「AFURI恵比寿」(東京都渋谷区)をオープンさせる。

 比呂人は「AFURI恵比寿」の経営が軌道に乗った時点でいったん身を引くが、その後紆余曲折を経て2008年に復帰する。そのきっかけになったのは、栄利との和解であったという。本編では、2016年に「AFURI」が米国オレゴン州のポートランドに初の海外店舗をオープンさせた現場に立ち会っていて、その厨房にはスペシャルアドバイザーとして入った栄利が「天空落とし」を披露する姿が確認できる。

 一度は袂を分かった兄弟が“日本のよきラーメン文化を海外に伝える”という共通の目的のために力を合わせる……。本作はドキュメンタリーであるが、ラーメンに人生を捧げることを運命付けられた中村兄弟のホームドラマとしての側面もある。

世界のラーメン事情

 本作の見どころの一つは、米国、イギリス、カナダ、フランス等、世界6カ国、21都市を巡って映し出した多種多様なラーメンの姿である。日本以外の多くの国ではインスタント食品として認識されていたラーメンだが、昨今は海外でも、日本の人気店の店頭で見られる光景と同じようにグルメたちがラーメン店に行列する様子が報告されている。

 作中に登場する識者の証言も興味深い。

「二郎は鮨の夢を見る」(本連載第42回参照)の監督であるデヴィッド・ゲルブは、伊丹十三監督の映画「タンポポ」(本連載第149回参照)で、ラーメンがアートのように扱われているのを見て、ラーメン好きになったという。そして、ラーメンはすしなどの他の伝統的な日本料理と比べて自由があるとも述べている。

 フードブロガーのリックモンド・ウォンは、ラーメンは麺、スープ、野菜・肉等のトッピングが一つのユニットに仕上がっていることを指摘した上で、変化を加えられる部分が多く組合わせが無限大だという。そして、世界でラーメンブームが起こっているのは、ラーメンは一杯にすべてが詰まったコンフォート・フード(幸せを与える食べ物)であり、コンフォート・フードはユニバーサルなものだからだと分析している。


【RAMEN FEVER】

公式サイト
https://mk-film.jimdosite.com/
作品基本データ
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2021年10月2日
上映時間:91分
製作・配給:MK Film
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督・脚本・プロデューサー・撮影・編集・日本語字幕:小林真里
エグゼクティブ・プロデューサー:小林正憲、小林道子
アソシエイト・プロデューサー:別所嘉之
編集協力:上原拓治
音楽:Slowdive、小林純生、Hideki “YODA” Suematsu
キャスト
中村栄利
中村比呂人
竹井和之
デヴィッド・ゲルブ
成澤由浩
山田宏巳
リックモンド・ウォン
熊沢武士
中村麻衣子
中村功
中村錦子
石月太一

(参考文献:KINENOTE、「RAMEN FEVER」パンフレット)

アバター画像
About rightwide 336 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。