「リザとキツネと恋する死者たち」の蟹バーガー

[117]外国映画の中の“勘違い”日本食文化(3)

外国映画で描かれる日本の食にスポットを当て、その勘違いぶりを指摘するシリーズの3回目。今回は現在公開中のハンガリー映画に登場する異質の日本文化と食を取り上げる。

「リザとキツネと恋する死者たち」(2014)は、1970年代の東西冷戦時代、ハンガリーの首都に似た架空の都市チュダペストを舞台にした連続殺人事件を描いたスリラー。CMディレクター出身で日本オタクのウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督が、短編映画祭で栃木県の那須を訪れた際に知った「九尾の狐伝説」に準えて描いた長編デビュー作である。

【九尾の狐伝説とは】中国・天竺を経て日本にやってきた九本の尾を持つ狐の妖怪が、絶世の美女・玉藻前に化けて帝を誘惑するが、陰陽師によって見破られ、討伐隊によって退治され、那須の殺生石となるお話。

トミーとトニー

トニー谷(左)とトミー谷。メガネをかけていること以外の印象はだいぶ異なる
トニー谷(左)とトミー谷。メガネをかけていること以外の印象はだいぶ異なる

 主人公のリザ(モーニカ・ヴァルシャイ)は、元日本大使未亡人のマルタ田中の専属看護師として12年間も住み込みで働いている独身女性である。その間マルタ(なぜか日の丸扇子を愛用)から日本語を習い日本文化に精通したリザは、古いラジカセから流れる昭和の歌謡曲に乗って現れる、リザにしか見えない幽霊の日本人歌手トミー谷(デヴィッド・サクライ)との戯れで孤独を紛らわしていた。

 このトミー谷、ネーミングは1950年代の日本で一世を風靡したピン芸人・トニー谷に由来するのだが、似ているのはトレードマークのメガネ(トニーが愛用したフレームはキツネつながりのフォックス型だが、トミーはブローライン型)位で、もう一つのトレードマークであるそろばんは持っていない。むしろそのファツションは1960年代後半の日本で爆発的ブームとなったザ・タイガースやザ・スパイダース等のグループサウンズ(GS)のメンバーがステージ衣装として着用していたビートルズを起源とする襟なしのモッズスーツに酷似している(イラスト参照)。

 また「トニングリッシュ」と称された片言の英語をまくしたてるトニーのトークに対し、日本人とデンマーク人のハーフであるサクライが演じるトミーは無口で、ラスト近くまでセリフを発することはない。代わりに彼が片言の日本語で歌うGS調の昭和歌謡曲とミュージカル調の踊りが観客をワンダーランドへと誘っていく。本作では主題歌、挿入歌、エンディングテーマを含め計5曲を楽しめるが(うち3曲は公式サイトに動画あり)、驚くべきことに作詞・作曲ともすべてがオリジナルであり、カーロイ監督の並々ならぬ日本文化へのこだわりが感じられる。

「メック」と「マック」

 リザのもう一つの楽しみは日本の三文小説を読みふけり、恋愛を夢想すること。なかでも庵造みどりという作家の書いた小説の一節は彼女の心をとらえ、三千回も読み返すことで脳裏に焼き付けていた。

蟹(クラブ)バーガーは冷めていた。

大島が彼女の横顔をみつめる。

それが彼女の30歳の誕生日の何よりの贈り物だった。

幸せの香りがメックバーガーに立ちこめた。

リザの「ハレ」の場でありラストの重要なシーンの舞台ともなるメックバーガーのロゴマーク
リザの「ハレ」の場でありラストの重要なシーンの舞台ともなるメックバーガーのロゴマーク

 リザの30歳の誕生日、彼女は夢を実現すべくマルタに2時間だけの外出を願い出て、チュダペスト市街の「メックバーガー」に向かう。そしてその留守中にマルタがビスケット缶を取ろうとしてベッドから転落死するという事件が起こる……。

 世界的なハンバーガーチェーンである「メックバーガー」は明らかに「マクドナルド」がモデルだが、チュダペスト店では蟹バーガーの取り扱いはなく、普通のハンバーガーとポテト、シェイクといったメニューでリザをがっかりさせる。恐らく蟹バーガーは日本の「マクドナルド」が2014年の冬に期間限定で販売した「かにコロッケバーガー」や「ロッテリア」の定番メニューである「えびバーガー」といった日本のローカルメニューを想定していて、社会主義国家だったハンガリーの市民が当時資本主義の西側諸国に対して抱いていた憧れを時代を越えて反映していると思われる。

 そしてリザの“ハレ”の場であるメックバーガーは、ラストの重要なシーンの舞台にもなるのである。

スーパー味オンチの死、そして……

 マルタの死後も彼女のアパートに住み続けられることになったリザだったが、彼女の貯金が出てこなかったことで親族たちの怒りを買い、電話をはじめ家財道具をすべて奪われてしまう。親族たちはリザが貯金目当てでマルタを殺したのではないかと警察幹部(ガーボル・レヴィツキ)に訴え、警察幹部は地方から転勤してきたばかりのゾルタン刑事(サボルチ・ベデ=ファゼカシュ)を居候を装った捜査員としてリザのもとへ送り込む。

 そんな中、リザは同じアパートの住人である男やもめのカーロイの妻が遺したレシピをゴミ箱から見つける。そこには彼女の夫の好物の作り方が記されていた。カーロイに同情したリザはそのレシピを再現して彼にご馳走するのだが、そのメニューはミントグリーンが鮮やかなメロンスープのディル添えに始まり、キノコのジャム煮、豚肉入りプディング等、料理の名前を聞いただけで彼の味覚を疑いたくなるものばかり。メインディッシュは鯉のメープルシロップ煮だが、鯉の骨を喉に詰まらせたカーロイは呼吸困難に陥る。電話がなく救急車が呼べない状況で看護師のリザが救命措置としてとった気道切開も空しくカーロイは窒息死。そしてこの措置が仇となって警察のリザに対する疑惑はますます深まっていく。

 その後もやたらと戸棚に入りたがる閉所フェチの童貞男をはじめ、リザに近付くひと癖もふた癖もある男たちが次々と変死を遂げていき、彼女は図書館で見つけた奈良の博物館の展示目録にある浮世絵に描かれている九尾の狐の妖怪が自分に取り憑いているのではないかと思い悩むことになる。

ジャポネスクとヨーロピアンの融合

 本作では、メインである日本文化の描写以外にもヨーロッパ各国の映画や音楽の影響がうかがえるのが興味深いところである。

 たとえば真犯人が仕掛けたボイラー事故や感電事故に遭っても死なないタフネスぶりを発揮するゾルタン(傷口に張られたガーゼの真ん中に血が滲んで日の丸みたいに見えるところがご愛嬌)。彼はイスケルマと呼ばれるフィンランドの歌謡曲の愛好家という設定で、この昭和歌謡曲にも通じるメロディーラインを持つ音楽は、「過去のない男」(2002年、本連載第22回参照)のアキ・カウリスマキ監督も好んで自作の中で使用している。

 次に、誰かが死ぬたびに(ゾルタンは唯一の例外)、わざわざ大きく漢字で「死者」という字幕が出るあたりは、1966年製作のマカロニウェスタン、「続・夕陽のガンマン」(クリント・イーストウッド主演、セルジオ・レオーネ監督)を想起させる。

 また、同じアパートの住人であるインゲの恋人で、リザも思いを寄せるヘンリケの登場シーンでは、「男と女」(1966)のフランシス・レイ調の音楽がかかるなど、枚挙に暇がない。

 これらの東西文化が冷戦時代のハンガリーを舞台にないまぜとなって醸し出すえも言われぬ奇妙かつポップな感覚が、この作品の最大の魅力である。


【リザとキツネと恋する死者たち】

公式サイト
http://www.liza-koi.com/
作品基本データ
原題:LIZA, A RÓKATÜNDÉR
製作国:ハンガリー
製作年:2014年
公開年月日:2015年12月19日
上映時間:98分
製作会社:FilmTeam, Focus – Fox Studio, Origo Film Group
配給:33 BLOCKS
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督:ウッイ・メーサロシュ・カーロイ
脚本:ウッイ・メーサロシュ・カーロイ、パーリント・ヘゲドージュ
プロデューサー:イシュトヴァーン・マヨル
撮影:ペーテル・サトマーリ
音楽:アンブルシュ・デヴィシュハージ
キャスト
リザ:モーニカ・ヴァルシャイ
トニー谷:デヴィッド・サクライ
居候刑事ゾルタン:サボルチ・ベデ=ファゼカシュ
ゾルタンの上司:ガーボル・レヴィツキ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。