「千年の一滴 だし しょうゆ」の和食

「祇園 川上」の懐石料理
和食の基本であるだしと醤油の味が引き立つ「祇園 川上」の懐石料理

明けましておめでとうございます。今年も皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。

 2015年の1本目は、今年日本で最初に封切られた映画(※1)で、日本人と自然の関係を、食を切り口に見つめたドキュメンタリー「千年の一滴 だし しょうゆ」をご紹介します。

※1 2015年1月2日(金)ポレポレ東中野にて封切。

国際共同制作で迫る“和食の秘密”

 本作は、和食がユネスコの無形文化遺産に登録された2013年12月に放送の日本、フランス、イギリス、アルゼンチンなどのスタッフが共同制作したNHKスペシャル「和食 千年の味のミステリー」をベースに再編集した国際版である。「だし」と「しょうゆ」の2部構成で、ヨーロッパでは独仏共同出資のテレビ局ARTEで6回にわたり再放送され、日本では2014年11月にNHKのBS1で放送されたものが、このたび劇場公開の運びとなった。

第1章「だし:大自然のエッセンス」

「祇園 川上」の懐石料理
和食の基本であるだしと醤油の味が引き立つ「祇園 川上」の懐石料理

 和食の味の基本、「だし」。これは仏教などの影響で獣肉食が一般的でなかった日本で、肉に代わる“うま味”を探し求めた人々が、悠久の時を経て自然界から見つけたものである。人間の五感の一つである味覚のうち、甘味、酸味、塩味、苦味と並ぶ基本味であるうま味が凝縮した「だし」は、植物性のうま味成分であるグルタミン酸を含む昆布をはじめ、動物性のうまみ成分のイノシン酸を含む鰹節、グアニル酸を含むシイタケなどから引かれる。映画はこれらの食材が生産される川上から、実際に「だし」を引く川下までをクローズアップしていく。

 昆布の産地である北海道羅臼町。流氷の影響で海底の“雑草”が除かれ良質な昆布が採れるが、そのままでは「オーシャン臭」と呼ばれる嫌な臭いが残るため、昆布漁師の三浦利勝さん一家は、いったん乾かした昆布をもう一度夜露に晒す「湿り」という先人から受け継いだ手法でオーシャン臭を除いている。

 全国一の鰹節生産量を誇る鹿児島県枕崎市。鰹節作り職人の今給黎秀作さんは、鰹節の表面にカビを付けては取り払うという作業を何度も繰り返して熟成させた最高級の鰹節「本枯節」を作っている。

 宮崎県椎葉村。90歳になる焼畑農家の椎葉クニ子さんは、クヌギなどの原木に鉈で傷を付け、シイタケの胞子が傷に付着するのを待つ「鉈目法」という原木栽培の最も古い知恵を受け継いでシイタケを育てている。

 そして京都の料亭「祇園 川上」。主人の加藤宏幸さんは、「だし」を引くための古い道具を守りながら、全国から集まる食材を懐石料理としてまとめ上げる。そのメインディッシュは「だし」そのものが味わえる「お椀」である。

 その他、禅寺の精進料理や、栄養化学の面から「だし」の効能を語る科学者など、「だし」をめぐる人々のさまざまな営みを追いながら、自然界から“うま味”のエッセンスを取り出してきた日本人の姿を描いている。

 生後6カ月の赤ちゃんがはじめて「だし」を口にして見せる笑顔は、「日本人」が誕生する洗礼の儀式のようにも映った。

第2章「しょうゆ:ミクロの世界との対話」

 和食の基本となる調味料、醤油、酒、みりん、味噌に不可欠な麹は、アスペルギルス・オリゼ(以下オリゼ)というカビ(麹菌)によって作られている。このオリゼは日本にしか存在しないというが、その謎については後述する。

 京都の醤油醸造「澤井醤油本店」。5代目当主の澤井久晃さんが暑過ぎず、寒過ぎない桜の咲く季節に、麦に混ぜたオリゼを、作物の種を蒔くように、一晩煮詰めた大豆を敷き詰めた「大豆の畑」の上に播いていく。

「枯れ木に花を咲かせましょう、きれいな花を咲かせましょう」

 3日後、大豆の畑に一面のオリゼの花が咲いた「麹」の状態になったところで桶に移し変える。するとオリゼは大豆や麦のデンプンを糖に変え、梅雨の時期には他の微生物がその糖を食べることで発酵が始まり、1年以上をかけて熟成した「実」になっていく。

 同じく京都の東山で江戸時代からオリゼを扱う麹種もやし(種麹屋)の「菱六」。主人の助野彰彦さんは、オリゼの大もとを一子相伝で守って来た。オリゼは米を敷き詰めた「むろ」で育てるのだが、胞子で染まった様が緑萌え出るように見えるのが「もやし」の語源になったという。京都を発祥の地とする種麹屋は、約800年前からある日本にしかない「世界最古のバイオビジネス」。現在ある種麹屋は10件ほどで、それらが全国にある醤油屋や味噌屋、造り酒屋にオリゼを供給しているという。

 千葉県神崎町の酒蔵「寺田本家」。杜氏の大野考俊さんは、弱アルカリ性でも繁殖できるオリゼの特徴を利用し、椿の灰をまぶした米の上に自家製のオリゼを播いて麹を作り、土地の菌たちと共生させながら独自の酒造りを行っている。

 そして京都の「祇園 川上」では、お造りの包丁の入れ方を紹介する。断面が繊維と垂直になるように包丁を入れて醤油が繊維の隙間にしか入らない「平造り」と、繊維に沿うように斜めに包丁を入れて刺身の表面にも醤油が付く「へぎ造り」に使い分けることで、鯛の楽しみ方のバリエーションを広げている。

 オリゼは一つの細胞に多数の核を持ち、外的から身を守るアフラトキシンという毒素を出さないなど、他のカビにはない特徴を持っている。これについて、麹菌を研究している東京大学農学部の北本勝ひこ教授は、「オリゼはもともと自然界にはなく、日本人が作った」という仮説を立てている。オリゼに似ているが核は一つで毒素を出すアスペルギルス・フラブス(以下フラブス)というカビを日本人は長い時間をかけて家畜化し、オリゼに変化させていったというのである。

 そう考えるようになったきっかけは、2001年に完了した遺伝子解析でフラブスとオリゼの遺伝子情報を比較したところ、両者のDNA配列はほとんど同じだったものの、オリゼには毒素を出す部分が欠落していたことだったという。外敵のいない「むろ」で育てられたフラブスの中で毒素を出さなくなっていったもの=良い味の酒ができたものを種麹屋が選別していった結果、毒素を出すDNAを捨てる品種が現れ、さらに突然変異によって細胞に多数の核を持った品種が出現し、それも良い味だったことで選別されるという、品種改良の積み重ねがオリゼを生んだというのが、北本教授の仮説だ。これは非常に興味深いことであり、また、オリゼが麹作りが産業化した日本にしか存在しないという説明も付く。

 ことの真偽は今後の研究結果を待つとして、フラブスがオリゼに変わっていく過程を特撮やアニメーション、ミクロ撮影を駆使して描いた映像には、ミステリーの謎解きのような面白さがあり、悠久の時を越えてオリゼが和食創世に果たした役割を浮かび上がらせていた。


【千年の一滴 だし しょうゆ】

公式サイト
http://www.asia-documentary.com/dashi_shoyu/
作品基本データ
製作国:日本・フランス
製作年:2014年
公開年月日:2015年1月2日
上映時間:100分(50分+50分)
制作・著作:プロダクション・エイシア、NHK、Point du Jour、ARTE France
スタッフ
監督:柴田昌平
プロデューサー:大兼久由美、牧野望、伊藤 純、リュック・マルタン・グセ 、カトリーヌ・アルバレス
撮影:春日井康夫
音楽:ダン・パリー
キャスト
伏木亨
北本勝ひこ
加藤宏幸
藤本ユリ
三浦利勝
今給黎秀作
坪川民主
椎葉クニ子
福知太郎
澤井久晃
大野考俊
助野彰彦
ナレーション「だし」:木村多江
ナレーション「しょうゆ」:奥貫薫

(参考文献:KINENOTE、「千年の一滴 だし しょうゆ」チラシ)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。