ウスターソースと「ぬてら」

「リトル・フォレスト」折々の味覚(1)

いち子の母特製の「ウスターソース」
いち子の母特製の「ウスターソース」は市販のものとは異なる醤油ベースのたれである

まだ夏の暑さの名残はあるが、いよいよ食欲の秋の到来である。今回は夏と秋の味覚が両方楽しめる映画「リトル・フォレスト 夏・秋」(現在公開中)を見ていこう。

食べ物が主役

 本作は「月刊アフタヌーン」(講談社)に連載された五十嵐大介の漫画の映画化で、「重力ピエロ」(2009)の森淳一がメガホンをとり、「大人ドロップ」(2014。本連載第72回参照)の橋本愛が主演を務めている。撮影は岩手県奥州市の山村で1年をかけて行われ、今回公開されたのは季節ごとの四部作のうちの「夏・秋」編である。

 物語は、小森という東北の架空の小さな集落を舞台に、一度は都会に出たもののUターンしてきた地元の娘いち子(橋本)が、家を出た母・福子(桐島かれん)の残した田畑を守って農作業に勤しむ日々を一人称で描いたものだが、この映画の真の主役と呼べるのは、彼女が折々に穫れたものなどを使って作る食べ物である。フードディレクションを担当した野村友里は、フードクリエイティブチーム「eatrip」の主宰者で、その活動を記録したドキュメンタリー映画「eatrip」(2009)の監督も務めた人物だが、本作では原作で一話完結で描かれた料理の忠実な再現に徹している。

 以下は、「夏」「秋」編それぞれのメニューの紹介である。

夏のメニュー7品

1. ストーブ・パン

 6月の小森は山から流れ込む水蒸気で湿度が100%近くなり、屋内のカビの繁殖を抑えるため、暑いのにストーブを焚いて乾燥させなければばならないほどだ。いち子はその状況を逆手にとってパンを焼くことを思い付く。

 地粉、砂糖、塩、ドライイースト、ぬるま湯を手で混ぜて発酵させ、二度ほどガス抜きし、消える寸前の200℃くらいの薪ストーブに入れる。パン焼き窯と違って不安定だが、集中する分うまく焼き上がったりする。

2. 米サワー

 夏の田んぼの草取りは腰と肩に来る上に、暑さと湿気とアブがまとわりつく大変な作業である。そんな中すっきりサッパリしたいときにいち子が作るのがこれ。粥と米麹を混ぜて甘酒を作り、さらにイーストなどの発酵を促す菌を加えるとガスがパチパチと泡立ち、さわやかな飲み心地になる。

3. グミのジャム

 いち子は近所に生るグミの実を、未熟なものは渋く、完熟した実はただ甘いだけだと、今までは無視し続けてきた。しかし、たくさんの実が生って枯れていくだけのグミをジャムにしようと思い立ったのは、Uターンする前の思い出がきっかけだった。

 ザルで種を取って裏ごしした汁に重量の60%の砂糖を入れてみるが、アクを取ろうか砂糖を足そうか決められないうちに煮詰まってしまう。彼女は、煮上がった透明感のない濁ったピンク色のジャムを見てかつて母が言った「料理は心を映す鏡」という言葉を思い出す。さっそく食べてみたその味は……。

4. ウスターソースと「ぬてら」

いち子の母特製の「ウスターソース」
いち子の母特製の「ウスターソース」は市販のものとは異なる醤油ベースのたれである

 水、だし昆布、香辛料、野菜のみじん切りを半分になるまで煮た後、醤油と酢を加え1時間煮込んだのが母特製のウスターソース。

 いち子はこれが世間一般に売られているものの「もどき」であることを知らなかった。母に言うと「売ってるのとうちのとどっちがおいしい?」という返事。確かに醤油ベースのたれとして使う分はうちのでないと物足りない。「井の中の蛙」を「胃の中の蛙」と覚えさせたり、母のコトバはあてにならないが、体で感じたことなら信じられる。

 母がハシバミとココアバターを使って作ったペースト「ぬてら」と同じ名前を持つ製品(イタリアの「Nutella」。ヘーゼルナッツペーストを使ったスプレッド)を店先で見かけたとき、いち子は思わず母の知識に感心してしまった。

5. 岩魚の塩焼き

 養魚場の岩魚をキャンプ場の釣り堀に移すバイトで分校の後輩であるユウ太(三浦貴大)と再会したいち子。彼もまた都会からのUターン組であった。

「小森とあっちじゃ話されてるコトバが違うんだよ。方言とかいうことじゃなくて。(中略)何もしたことがないくせに何でも知ってるつもりで他人が作ったものを右から左に移してるだけの人間ほど威張ってる。薄っぺらな人間のカラッポな言葉を聞かされるのにウンザリした」

 バイトのごほうびにキャンプ場のシゲユキさん(温水洋一)が2人に岩魚を振舞う。エラから包丁を入れてはらわたを出し、串に刺して塩焼きにする。ぶつ切りにして水で炊いただけの味噌汁もうまい。

「他人に殺させといて殺し方に文句つけるような人生を送るのは嫌だなって俺は思ったよ」

 同じくUターンしてきたユウ太と自分だが、彼と自分と、小森へ来て得ようとしているものは違っているように気づき、そのことで自問するいち子であった。

6. ミズとろろ

 沢と森と田んぼに囲まれたいち子の家の周りにはミズ(ウワバミソウ)がたくさん生える。皮をむいて湯がいた茎をおひたしにしたり漬物に混ぜたりするが、根元の赤い部分を包丁で叩いて粘り気を出したのがミズとろろである。味噌か三杯酢で味を付け熱いご飯にかけて食べると夏バテで食欲がないときでもおかわりできる。ヤマイモのとろろよりもしょっちゅう食べるいち子のお気に入りである。

7. 自家製ホールトマト

 トマトは、捨てた種や摘んだ脇枝からも芽が出るほどの強さと、長雨が続くとすぐに枯れてしまう弱さを兼ね備えた作物である。完熟したトマトは収穫後、皮を湯むきして水煮にし、汁ごとびんに詰め、煮沸消毒して保存する。冬はカレーやスパゲッテイに、夏は冷やしてそのまま食べてもおいしい。

 小森のどの農家もビニールハウスで栽培しているが、いち子は露地栽培にこだわっている。その理由とは……。

秋のメニュー7品

1. くるみごはん

「くるみごはん」
小森の稲刈りのお弁当の定番「くるみごはん」

 稲刈りの季節、お弁当に欠かせないのがこれ。沢の道沿いに落ちているくるみを拾い集め、庭の隅に埋める。表皮が黒く腐ったら洗い流し、タオルにくるんで金槌で殻を割る。すり鉢でペースト状にし、洗った米10に対し2~3程度混ぜ、醤油1、酒少々で炊くと香りも高くコクが出る。

2. あけびのサブジ風

 同じ頃、アケビの実も紫色に染まり、ぱっくりと口を開けて食べ頃になる。半分に割ってスプーンですくって食べると上品な甘みが口の中に広がる。

 いち子は皮の苦味を生かすには何を足せばよいか、親友のキッコ(松岡茉優)と考える。一口大に切ってクミン、ニンニク、ネギ、カレー粉、トマト、醤油とフライパンで炒めサブジ風(本連載第53回参照)にして食べたり、定番の味噌で味付けしたひき肉を詰めて揚げたものを稲刈りのお弁当にしたりしてみる。

3. 岩魚の南蛮漬

 キャンプ場の釣り堀でシーズンオフを前に1000円で岩魚が釣り放題。試しに南蛮漬けを作ってみる。内臓を取って洗い、小麦粉をまぶて揚げたら、千切りにしたニンジンやタマネギと共に酢、砂糖、醤油、鷹の爪を煮立てて作ったたれに漬け込む。1~2時間後から食べられるが、次の日以降もおいしい。

4. 栗の渋皮煮

 木々が色付く頃、小森で栗の渋皮煮がちょっとしたブームになった。栗拾いでは長靴でイガを踏み割り、炭ばさみで栗を取り出す。硬くなるので早目に鬼皮をむき、重曹を入れた水に一晩漬け、そのまま火にかけて弱火で30分ずつ何度も煮てアクを抜いていく。真っ黒の煮汁が澄んだワイン色になったら栗の重さの60%砂糖で煮詰めていく。すぐ食べるなら汁気がなくなるまで、保存するなら汁ごとびん詰めにする。

 ワインやブランデーで香りをつけてもおいしいが、いち子は2~3カ月たって糖の染み込んだネットリした食感のものがお気に入りである。

5. 合鴨ステーキ

 小森では稲作に合鴨を利用している。6月、稲が合鴨の背よりも伸びたら田んぼに放すと、出始めた雑草を食べ、稲に付く虫も食べてくれる。合鴨が泳ぎ回ることで水が濁って日光が遮られ雑草が生えにくくなるマルチ(農業で使う被覆材)としての効果もある。おまけに糞は肥料になり、シーズンオフには合鴨自身が貴重なタンパク源になってくれる。とは言え、列をなして畦を歩く可愛い姿に、絞めたがらない人がいるのもわかるのだが……。

 よほど食い意地が張っていると思われているのか、いち子は合鴨の解体のときには必ず呼ばれる。その手順と料理の仔細な描写。

 初めて合鴨を絞めるとき、いち子が「他人に殺させといて殺し方に文句つけるような」娘ではないと感じさせる、あるちょっとした行動が印象深い。

6. 干し芋

 サツマイモは寒さに弱いので霜が降りる前に収穫し、すぐに干し芋にしてしまう。鍋に湯を沸かし、ザルに芋を乗せてふかす。冷めたら皮をむいて短冊に切り、わらで編んで軒先に吊るしておく。

 干した芋は甘味が増してちょっと炙ってもおいしいし、保存もきくので冬中楽しめる。

7. シチューとホウレンソウのソテー

 ズボラな母の畑はいつも雑草だらけだったが、その畑でとれたニンジンとホウレンソウで作ったシチューとソテーはうまかった。いち子は自分で作るようになるまで母のレシピをわかっているつもりだったが、いざ作ってみると手順は同じはずなのに歯応えが違っていた。

 ある日セロリの筋取りをしていて青菜も筋を取ってみたらと気付く。当りだった。ズボラで無神経なのは私の方で、母はちゃんとひと手間かけていたんだ。朝ごはん用にホウレンソウを摘んで帰ってくると、母から久しぶりの手紙が届いていた……。

「冬・春」編への期待

 ご覧いただいたように、その折々の食べ物が人間ドラマと密接に絡み合っている構成となっているが、母が家を出た理由や、いち子の都会での生活がどうであったかなど不明な点も多く、それらは来年のバレンタインデーに公開の「冬・春」編で魅力的な食べ物と共に明かされることだろう。楽しみに待ちたい。

いち子と残されたタマネギ畑/「リトル・フォレスト」折々の味覚(2)
https://www.foodwatch.jp/strategy/screenfoods/51751

【リトル・フォレスト 夏・秋】

公式サイト
http://littleforest-movie.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2014年
公開年月日:2014年8月30日
上映時間:111分
製作会社:「リトル・フォレスト」製作委員会(企画・制作プロダクション ROBOT)
配給:松竹メディア事業部
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:森淳一
原作:五十嵐大介
プロデューサー:守屋圭一郎、石田聡子
撮影:小野寺幸浩
美術:禅洲幸久
録音:田中博信
音楽:宮内優里
主題歌:FLOWER FLOWER「夏」「秋」
フードディレクション:野村友里
キャスト
いち子:橋本愛
ユウ太:三浦貴大
キッコ:松岡茉優
シゲユキ:温水洋一
福子:桐島かれん

(参考文献:KINENOTE、「リトル・フォレスト 夏・秋」パンフレット、「リトル・フォレスト」(1)(2)講談社、ワイドKCアフタヌーン)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。