ミシュランの覆面調査員とは違うが、気になる存在――ミステリーショッパー

肉中温度計。ある種のチェーンレストランでは、商品の温度にノウハウが凝縮され、人間の体温のように、商品の温度で異常が見付かる
肉中温度計。ある種のチェーンレストランでは、商品の温度にノウハウが凝縮され、人間の体温のように、商品の温度で異常が見付かる
肉中温度計。ある種のチェーンレストランでは、商品の温度にノウハウが凝縮され、人間の体温のように、商品の温度で異常が見付かる
肉中温度計。ある種のチェーンレストランでは、商品の温度にノウハウが凝縮され、人間の体温のように、商品の温度で異常が見付かる

19日の「ミシュランガイド」の発表から、周囲はその格付けに納得するかしないか、妥当と思えるか思えないかなどの話題でかまびすしいこと、一通りではない。なににせよ、食に関して世間の関心が高まるのは悪いことではない。私はと言えば、発表された店は行ったことのないところばかりで、我が身を省みて大いに笑ってしまった。もちろん殿上人の世界のことにはなんら意見する材料を持たないのだが、ニュースで触れられる「覆面調査員」という言葉に、くすぐったいような懐かしい響きを感じて、少しその話をしてみたい。

 いや、格調高い高級料理の世界とは、全く関係がない。外食産業の記者になる以前、あるファストフード・チェーンのミステリーショッパー(覆面調査員。略してミステリー)の仕事をしていたことがある。学生時代には実査を行う調査員、就職してからは実査もしながら調査員の管理もした。この仕事をする中でチェーンストアの世界に興味を持ったので、私の人生を狂わせた(?)経験の一つだ。

 調査では、店舗の敷地、外観に異常がないかチェックしながら店に近づき、普通のお客と同じように店に入る。カウンターで、どの店でも同じ商品を注文する。このとき、応対した従業員の名札を見て名前を覚え、服装や髪型、接客の仕方がマニュアルに定められた通りであるかなどをチェックする。また、カウンター周りに異常がないか、整理整頓、清掃が行き届いているかも見る。キャンペーン商品の案内がどのようであったかを報告しなければならないこともあった。

 これらを一度にやりながら、ポケットの中ではストップウォッチを握っている。発注から提供までの時間を計るのだ。さらに、ただでさえ頭がいっぱいなのに、商品が提供されたらどの座席に座るべきか、店内を見回したり、カウンターの中のモニタテレビを観たりして狙いを定めなければならない。チェックのために店内がよく見通せる位置で、しかも、これから取り出す秘密兵器が従業員や他のお客に見付からないような死角でもあるという矛盾した条件を満たす場所を見付けるのだ。

 会計を済ませて、狙った座席に着いたら、さっそく隠し持っていた肉中温度計をそっと取り出し、ポテトなどの温度を測る。先端が鋭くとがった五寸釘にメーターが付いたようなもので、他のお客に見られると何を言われるか分からない。従業員に見付かれば、ミステリーだと発覚してしまう。発覚するとどうなるか? 従業員が急に親切になり、店内にいる従業員全員が総出で窓拭き、床掃除をはじめて、すさまじいにぎやかさとなる。これではもう、調査にならない。

 そんなことをしながら、商品の状態をチェックする。肉やポテトの仕上がりの色が、カラーチャートで指定された状態の範囲内にあるか、ポテトが極端に短いものばかりになっていないか、など。ポテトに塩がかかっているかを目視はするが、どの商品についても、味は調査項目にはない。

 商品の温度を測り終えれば、ほっと一息。温度は、この調査の中では最も重視されている項目の一つなのだが、それだけに、基準に達しない例というのはあまりなかった。チェーンとして重点的に管理し、それが守れるような仕組みができているということだ。逆に、温度が基準外ということは、その背後に重大な問題(機器の問題か、人間の問題か)を抱えている可能性があるというわけだ。

 後は、従業員の行動、客席やトイレの清掃状況をチェックして採点すれば、調査完了となる。だが、店を出た後にもうひと仕事がある。これは、本部から指定されていることではないが、現場のミステリーにとっては重要な事柄だ――尾行がないか、確認するのだ。

 これは仲間同士で意見を交換し合ってまとめた、我々だけのノウハウなので、方法は詳しく書かない。とにかく、従業員なり関係者なりが、店を出た後のミステリーの行動を把握しようとしているかいないかをチェックする。もしそうであれば、うまく引きつけておいて、ちょっとしたギミック(何通りかある)をしかけて、まいてしまう。なぜかと言えば、次に行く店の見当を付けられ、その店に知らせが行ってしまうと、覆面調査にならないからだ。実際、店に着いた途端、「待ってました!」とばかりに、“最高の待遇”を受けたことが、何回かある。

 ミステリー同士では、尾行する店、尾行が多いエリアの情報は共有していた。次の調査では、そういう店をいちばん最後に巡回するか、逆にいちばん最初に巡回して、その後のコースを大きく変えるかなどの対策を講じた。

 もちろん、ミステリーを尾行する店が、そのことで減点されるようなことはない。ただし、経験上言えることだが、ミステリーを尾行する店があるエリアは、ほとんどの場合、評価の得点が低く出る。「常に基準通りの商品を提供する」というチェーンストアの基本から逸脱し、「ミステリーにだけは良い商品を出そう」と考えているのだから当然だ。

 内部監査の仕組みを導入するという場合、このような間違った行動を取る責任者が常に何割か現れるということは、計算に入れておかなければならない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 392 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →