自社内の必要から自然に出来たカルビーのトレーサビリティ

農家の氏名、収穫日、圃場が記されたカルビーポテトのジャガイモ用コンテナ
農家の氏名、収穫日、圃場が記されたカルビーポテトのジャガイモ用コンテナ
農家の氏名、収穫日、圃場が記されたカルビーポテトのジャガイモ用コンテナ
農家の氏名、収穫日、圃場が記されたカルビーポテトのジャガイモ用コンテナ

カルビー(東京都北区、中田康雄社長)のポテトチップスのパッケージには、賞味期限のほかに製造年月日も記されている。この表示は最近始めたことではなく、ポテトチップスを売り出した1975年から実施している。

 表示を始めた当初は、流通サイドから相当に強い反発があったらしい。「お客が店頭で新しい日付のものを選んで、1日でも古いものがさばけなくなる」「古い日付のものを陳列できなくなる」「その問題を乗り越えて管理するのにはたいへんな手間を要する」などの声が上がった。セブン-イレブンがPOSを導入したのが1982年のことで、それ以前のスーパーマーケットは「チン・ガチャーン」の機械式のレジスターが主流。商品の出入りは、良くて手書きの帳票類で管理していた時代のこと。さもありなんというべきかもしれない。

 それでもカルビーが製造年月日表示にこだわったのは、1967年に創業家の人々が米国に渡り、スナック専門のあるディストリビューター(この人物は、数社のスナックの販売代理店で、日本の卸売業者に少し近い人だった)から教わった“スナック・フード・ビジネスの要諦”を重視したためだ。それはすなわち、「今日出来た製品を、明日店頭に並べること」に尽きるのだという。

 油菓は日持ちがしそうに見えて、実は油脂の酸化で刻々と品質を落としていく。それだけに、製造と販売の期間を短縮すれば、それが商品力となっていく。この考え方では、カルビーが流通に商品を押しつけるようなことは不可能であり、流通としても乱暴な大量仕入れは控えることとなる。結果、商品の回転は自ずと高まることとなり、流通の理解も得られていった。

 油菓の製造年月日表示義務化は、これより後のことだ。その後、期限表示に切り替えられた後も、カルビーは製造年月日表示にこだわった。こうしたモノの管理の精神は、カルビーの原料調達の態度にも、小さくない影響を与えた。

 ポテトチップスの原料となる生のジャガイモは、事実上輸入できない。シストセンチュウによる病害から国土を守るため、全量植物検疫を受けなければならず、工業的にはほとんど無理な話だからだ(2006年から、例外的に一部輸入が認められた)。そこで国内で生のジャガイモを調達することになったのだが、これが難しかった。

 当時から現在に至るまで、国産のジャガイモの大半は、でん粉原料(通称「デンゲン」)として生産されており、消費者や飲食店が料理に使う生食用がそれに続く生産高となっている。従って、菓子の加工原料用ジャガイモというものは、70年代当時、国内ではほとんど生産されていなかった。

 ここで問題となったのが、生ジャガイモの品質だ。ジャガイモを掘り取るときや、輸送、保存、積み替えなどの際、イモが機械や容器に当たって衝撃を受けたり、あるいはイモ同士でぶつかるなどすると、その場で見た目では分からなくても打撲という障害を起こしている。これは、すりつぶして粉を取るデンゲンはもちろん、1個ずつ手で皮を取って、蒸す、煮るなどして食べる生食用でも、程度がよほどひどくない限りはさほど問題になることはない。ところが、これを油揚げすると、打撲部分の色が悪くなり、商品としての価値を落とすだけでなく、「焦げていた」「カビではないか」といったクレームの元となる。

 他にも、掘ったイモを半日でも野積みすれば、イモ表面が緑化するという問題を生じる。栽培のやり方が悪ければ、イモの中心が黒くなる黒芯を生じる。これらの問題を最小限にするには、栽培から収穫、出荷までの管理に相当気を使う必要がある。それを農家に求めても、「デンゲンで買い取ってもらえるからいい」と、乗って来ない農家が大半だった。しかし、努力すれば、菓子加工用ジャガイモの方が、農家の手取りは増えるという。そこで、カルビーに共感した少数の農家、農協が、日本にかつてなかった菓子加工用ジャガイモの大規模生産という事業に乗り出した。

 カルビー式の場合、圃場から倉庫に着いた加工用ジャガイモは、二重の検査を受ける。最初に、トラックの荷台からサンプリングしたイモについて、傷や打撲の有無、比重(どれぐらい固形分を含むか)を測る。それだけでなく、その場でスライスして実際にポテトチップスを作り、揚げ色をカラーチャートと比べることさえする。倉庫に入った後も、サンプルを60℃の湯に漬けて10時間後の状態を見る「JIT検査」(JITはJust In Timeの意味)というものを行う。これによって、生の状態で見えなかった打撲を発見できるという。

 打撲が多いと判断された場合、倉庫にいる担当者からすぐに農家に電話連絡を入れ、その日の収穫作業では収穫機のスピードやコンベアの状態に異常がないかチェックして、打撲を減らすようアドバイスをする。

 カルビーと、原料ジャガイモの調達を担当する子会社カルビーポテト(北海道帯広市、佐久間竹美社長)、そして生産者たちは、これを行うために、コンテナでの集荷体系を構築してきた。コンテナには、どの農家が、いつ、どの圃場で収穫したものかが分かる伝票を付ける。そして、どのコンテナが、どの工場で、何日の何時何分に揚げられたかまでもが分かるという。そのいずれかの段階で、原料ジャガイモの品質改善で解決できる問題が生じれば、これもすぐに農家に連絡し、農家は次の生産で改善を試みる。

 こうした仕組みは、農家にとって厳しいようにも映るが、打撲などの障害が多ければ、カルビーは原料調達量に問題を生じるだけでなく、引き取り価格は下げざるを得ないので農家も困る。逆に、カルビーにメリットのある状態を維持できれば、結局は農家の収入を上げることになる。

 最近になって、消費サイドから食品のトレーサビリティが問題にされ出したが、この体系を作っていたカルビーにとっては、特別な対応を必要とはしなかった。

 本来のトレーサビリティというのは、消費者や流通や行政から揺さぶられて不承不承取り組むようなものではない。自社内の要求として、どうしようもなく、当然に生まれてくるのが本来の姿だろう。

 消費者にしても、農家や漁師の名前が分かったからといって、「ちょっと面白い」と思う以上のメリットはないはずだ。彼らが問題にしているのは、「このメーカーは、商品ができるまでのことをどの程度掌握しているのか」ということで、「トレーサビリティが確保されている」というのは、消費者のその不安の解消を担保することにほかならない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →