農産物の単価アップを狙う愚

「こども食堂」という非営利の活動が全国に広がっています。貧困家庭の子供や、家庭の事情で家族一緒の食事が摂りにくい子供に温かい食事を提供し、栄養状態を保ち、誰かといっしょに食事をする楽しさも味わってもらう活動だと言います。

現在の日本の子供の6人に1人が貧困

こども食堂サミット2016で配布された資料。
こども食堂サミット2016で配布された資料。

 具体的には、公的な施設を借りたり有志の一般の住宅の一部を充てたりして場所を確保し、そこで子供や子供を連れた親を対象に、主食・主菜・副菜の揃った食事を1食300円などの少額で提供するのです。食材等は現物や費用の寄付を募り、調理はボランティアが集まって行います。

「こども食堂」の発祥は2012年頃であったと伝えられていますが、たとえば首都圏には今年初めの段階で三十数カ所があり、そのおよそ半数は2015年にスタートした拠点だということです。そして他の地域でも急速に増えており、中には域内の小学校と同数の拠点づくりを目指している地域もあります。

 この勢いですから、活動の連絡会であるこども食堂ネットワークが、情報共有のために今年1月に開催した「こども食堂サミット2016」には、定員の200人を超える参加があり、前回聴衆の一人だった人が今回は実践報告の発表者となった例もあったというのもうなずけることです。

「こども食堂サミット2016」で報告された話によれば、「生活保護を受けているまたは年収が生活保護費と変わらないという家庭で育つ子供が6人に1人いる」とのことです。それほど多いものかと感じられるかもしれませんが、相対的貧困率という数字が一つの参考になるでしょう。等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)の中央値の半分を貧困線と称し、これに満たない世帯員の割合を相対的貧困率とするのです。

 厚生労働省による「国民生活基礎調査」によれば、2012年の貧困線は122万円(名目値)で、相対的貧困率は16.1%となっています。また、とくに「子どもの貧困率」(17歳以下)のデータも示されており、これは16.3%となっています。およそ6人に1人というわけです。

 なぜ日本がこうなってしまったのか、また、どうすればこのような貧困率の高さを改善できるのかは、このコラムでは考えません。ただ、この現実を踏まえた食の提供が求められているということは銘記したいものです。

より多くの人により高頻度で買ってもらえる野菜は

 バブル崩壊以降、またITバブル崩壊以降、さらにリーマンショック以降、今日に至るどの段階でも、「景気が悪いと言うけれど、いいものなら高くても買う人はいる」と豪語するビジネスパーソンはどの業種にもいます。食ビジネスでも、1人当たり数万円から10万円以上の客単価のレストランの繁盛ぶりはメディアでも紹介されますし、ジュエリーや自動車のような価格の商品を持つ百貨店等もあります。もちろん、それらはそれらでニーズに応えればよいでしょう。

 農産物でも、フルーツを初めとして非常に高価な商品を生産している方はいらっしゃいます。それも役割のあるものですから、さらに磨きをかけられればよいでしょう。また、そこまで高価でなくとも、多くの農業生産者が、「より高く売りたい」と考えるのも自然なことでしょう。どの作物分野についても、少なくとも今より価格レベルが下がることは避けたいと、多くの生産者が考えているでしょう。

 ただ、「合成の誤謬」と言いますが、大多数の生産者が高値を志向した場合、市場はむしろ縮小するでしょう。あるいは、全く異なる勢力に市場は奪われるでしょう。

 たとえば、数年前に「スゴイ! もやしレシピ」という本が売れて話題になりましたが、現在でも書店や書店サイトには多くの「もやし本」が並びます。レシピサイト「クックパッド」に挙がっている「もやしレシピ」は6万点近くに上ります。さらに、もやし専用の合わせ調味料を、食品メーカー各社がリリースしています。そして現実に、スーパー等の小売店からも「もやしがよく売れる」という声が聞かれているわけです。

 もやしは1袋20円とかの低価格です。他の野菜とは価格の桁が違います。そこで、多くの消費者が他の野菜よりも、もやしをせっせと買うわけです。これは、農業が食品工業にお株を奪われているということではありませんか。

 目を外食に転じると、ファミリーレストランというものは、1970年代に急成長した外食の業態の一つです。これは、価格政策的に見れば、客単価1000円未満、「家族4人で食事をして5千円札でお釣りがくる」ことを特徴とする業態でした。

 一方、同じように自動車で来店する形をとる、それ以前にあったドライブインの客単価はその2〜3倍でした。では、ファミリーレストランは「ドライブインの低価格バージョン」かというと、外食業界ではそのような見方はしていません。「客単価1000円未満で洋食を提供すれば、ファミリーが土日に押し寄せる」というマーケットを発見し、ドライブインとは全く無関係にそれに応え、さらに複数社が競いながらそのマーケットを育てたのが、ファミリーレストランというものです。

 日本人の野菜摂取量の少なさを、農林水産省も厚生労働省も問題にしていますが、これの効果的な対策をいまいちど考えてみたいところです。高価な野菜(諸外国に比べれば今の日本のほとんどの野菜が「高価な」ものでしょう)は、かつてのドライブインのように買い得る人と買う頻度が限られています。しかし、ある価格の野菜は、ファミリーレストランのように、より多くの人に、より高頻度で買ってもらい得るでしょう。

 そのような野菜があれば、「こども食堂」の運営の助けになるでしょうし、むしろこども食堂がなくてもしっかり食べていける家庭が増えるに違いありません。

「そんなものを作るのは無理だ」と考える人が多ければ多いほど、これに取り組む甲斐があるというものです。誰にもできないことをやった人が全部を取るのは、ビジネス界の掟の一つです。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

アバター画像
About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →