災害対策と産業政策を両立する地下食料庫整備案(2)

多摩丘陵を食料貯蔵・供給基地にという案は、ゲイマー・ワインのゲイマー農場に通う中で着想を得たものだ。長年温めていたというのは、突飛だと取り合ってもらえないと考えたからだ。しかし、3・11以降さらによくよく地図を見ながら考えるにつけ、先人は多摩丘陵の有用性を生かすべく考えていたようにも思われるのだ。

ワイン探求の中で材料を得た案

 相模原のゲイマー農場(第5回参照)へ通う道すがら、ゲイマー氏手掘りの地下セラーと、高輪のT山岡&サンズ(現ヤマオカゾーン。第7回参照)敷地内の築山を利用した盛り土の地上セラーを交互に思い浮かべながら、多摩丘陵の切通しを通ったものだ。その道路両側の擁壁工事中の地層むき出しの崖面を見て、「ここなら横穴を掘れば安価にセラーが造れるなぁ」「手前の空き地に古コンテナを並べて掘り出した残土で盛り土して覆ってしまえば、もっと安上がりにできるなぁ」などと夢想していたのである。

 さらに、趣味の渓流釣りで山梨県の道志川に通っていたある日のこと、多摩ニュータウンから橋本、城山、津久井湖、国道413号(道志みち)という走行ルートで、津久井ダムサイトを走っていたときに、突然ひらめいた。地上の一般の定温倉庫の弱点“電源喪失”が思い浮かんだのだ。これで、多摩丘陵に地下セラーという夢想に関するすべての要素が一つにまとまったのだ。まさに天啓と感じた。

 しかし、多摩ニュータウン開発当初にあった職住接近という旗印は、「職」を千葉に奪われて頓挫してしまっていたのだった。

 だが、3・11を経験した我々は、もはや海抜の低い所に重要施設を置くことを考えてはならない。今こそ、改めて多摩丘陵の地質・地形上の価値を再認識すべき時である。

 提案の最大の目的は有事に首都圏を飢えさせないことであって、ワインのためだけに提案するのではない。とは言え、もちろん、これがワインを含めた酒類を高品質で提供することに役立つことは間違いない。酒類の広大な長期静置貯蔵スペースを創出するチャンスでもあるのだ。

 なお、この開発を行うに当たっては、盛り土に使う土の選択・管理には慎重を期したい。ここぞとばかりに他地域から建設残土等を持ち込もうとする業者も現れるだろうが、第一に食品貯蔵を目的とする開発であるから、土壌汚染があってはならない。同地域内で地下空間を拡大し、その残土を構造物の上に盛ることを原則とすべきだ。もちろん、地域内由来土壌であっても土壌汚染についての検査を怠らないことが肝要である。

河川の浸食を受けなかった盤石な丘陵

 多摩丘陵の地の利について、防災の視点からのメモを付け加えておきたい。

 多摩丘陵周辺には、南に相模川、北に多摩川があるだけでなく、ほかにも川がある。東京都町田市上小山田町に源流のある鶴見川、高尾山付近に源を発し、日野市で多摩川に合流する浅川、八王子市鑓水から大きく蛇行しながら流れ、稲城付近で多摩川に合流する大栗川など。これらは多摩丘陵に深谷を刻むことはなかった。それは、多摩丘陵の地盤としての堅固さを物語るものではないか。

 川と言えば、多摩丘陵南方の相模川には、巨大津波遡上ルートとして注目しておきたい。これは相模湾の“丼の底”に位置する平塚から多摩丘陵方面へ向けて、真北に一直線に進んで来る水路と見ることができる。

 もしも相模湾を最悪の超巨大津波が襲えば、西の丹沢山系と東の藤沢・鎌倉の丘陵地に挟まれた津波は相模川に集中してこれを遡ることになるだろう。この場合、厚木・座間辺りも越えて、相模原市・町田市にまで到達することもあるのではないか。

 相模川沿いには米軍座間キャンプと自衛隊座間分屯地があるが、ここは比較的標高が高い。その座間市は起伏に富む地域で、高い所は海抜90m近いが、低地は海抜25m程度である。相模湾から相模原市・町田市までは30㎞超の距離があるが、過去の津波の痕跡の調査や現代科学によるシミュレーションに力を振り向けて損はないはずだ。

日本海へも接続する網の目の交通網

 多摩丘陵の物流面での特徴はどうか。

 まず、中央道の稲城・国立・八王子、東名の川崎・青葉・町田、合計6つのインターチェンジに囲まれ、さらに複数の街道に接する良好な交通立地と言える。

 相模原・町田方面から湾岸エリアへのアクセスは心もとない感も否めないが、最悪規模でない被害であれば、東西南北網の目の道路網を生かし、また川崎から小田原までの中で使用可能な港湾設備を見い出せば、多摩丘陵までの接続路を確保できるかもしれない。適確な道路管制というソフトが伴えば、非常時の資材輸送を妨げる閉塞的交通渋滞は軽微で済むのではないか。

 また、圏央道は八王子インターチェンジの南に高尾山ジャンクションを建設し、そこから東へ拓殖大学八王子キャンパスをかすめて八王子バイパスへ接続する八王子南バイパスを整備する計画である。その接続点から八王子バイパスを南下すれば町田街道に、東進すれば日野バイパスを経て中央道国立府中インターチェンジへ接続することになる。これが完成すれば、東京湾はじめ太平洋側の港湾施設が最悪の事態に陥った場合でも、関越道を使って新潟・富山等日本海側の港湾施設から多摩丘陵地域への資材搬入は可能となる。

 もう一つ、電源についての不安は、城山ダムと相模ダムが、東京都ではなく神奈川県に立地する施設であることから、行政上の問題による不全が起こらないかということ。また、近いとは言えやはり距離はあるということだ。できれば、多摩丘陵内に火力発電所の一つもほしいところである。

 旧自民党政権時代のある時期まで、大震災など想像を絶する巨大災害に対応する計画なり構想は存在していたのだろう。列島全体の能力を統合する雄大なシステムである。

 しかし、田中角栄以降の派閥の領袖たちの、無知で平和ボケし、金権と強欲、政争に明け暮れる体質が、そのような良質の防災システムの連関性を無視して部分争奪戦を繰り広げることとなり、全体の機能完成を頓挫させたのだろう。今日の我々は、その前の先人たちの卓越した構想力の断片を、残存する計画から感じ取るのみである。

 破壊される可能性が高い立地に、どんなに立派な防災設備を構築しても無駄であることは、我々がつい昨年体験から痛切に思い知らされ、肝に銘じるべきと理解したことだ。

About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。