縦箱正立輸送が普及すれば評価されるワインが変わる

縦箱正立輸送と平箱横臥輸送でワインの品質はどう変わるか。ブルゴーニュのヴァン・ド・ターブルをそれぞれの梱包で輸入して実験してから10年後、地下セラーにあった、実験の最後のセットを観察し、テイスティングした。結果は初回から3年後までの比較のときよりも大きな違いを生じていた。ワイン業界の方には、この実験について、追試を行ってもらいたいとお願いしている。

10年後に縦箱輸送と平箱輸送の違いは際立っていた

 2009年、自店を閉店するに際して在庫整理をしていたときのことだ。私は地下セラーからブルゴーニュのヴァン・ド・ターブル(Vins de Table)の赤・白を見つけ出した。“縦箱正立輸送ワインと平箱横臥輸送ワインの比較”のために輸入した、あのセットだった。あれから10年が経つ。

 これを観察して驚いた。

 平箱横臥輸送ワインの方は従来体験したごとくに、多めの澱が瓶側面に張り付き、予想通りの変色も示していた。白ワインはゴールドを通り越して褐変の域に入っていたし、赤ワインを光に透かすと予想通りに多量の澱があり、濁りはないものの輝きもなく、老熟したオレンジがかったレンガ色を呈していた。

 ヴァン・ド・ターブル・クラスのワインとしては当然の結果であり、むしろこの程度で済んだのは、輸送事環境および保存環境が良好だったことを思わせる程度のものだった。

 驚かされたのは縦箱正立輸送ワインの方だった。とくに、ほぼ透明に近い瓶に詰められていた白ワインの状態のよさは否応もなく目に飛び込んできた。美しいレモン・イエローの色調で、葉緑素も破壊し尽くされていないことを思わせ、輝きも失っていなかったのである。目を疑ってさらに慎重に観察したが、澱も濁りも全く確認できなっかた。

 次に、同じく縦箱正立輸送の赤ワインの色の濃いビンを光に透かして観察した。やはり澱も濁りも確認できなかった。前述の白ワインほどの輝きはないが、混じりけの少ない赤色を呈し、平箱横臥輸送のものに見られたレンガ色への変色は感じ取れなっかた。

 すぐに抜栓してテイスティングしたい衝動を抑えて、閉店時間以降に来店できそうな常連客数名に電話をかけた。

6000円超えの平箱横臥輸送のムルソーを凌駕するヴァン・ド・ターブル

 その日の午後10時近く頃、5人の常連客が駆けつけてくれた。閉店時間は午後11時だったのだが、その日は1時間早く閉店した。

 一人でテイスティングしなかったのには理由がある。最後の1セットでもあり、証人を残したいとの思いはもちろんのことだ。加えて、あの当時は数年来の体調不良があり、自身のテイスティング能力に自信が持てなかったこともある。

 この体調不良は「坐骨神経痛」と診断されていたのだが、実に不可解な自覚症状があった。数回に渡り腹の中に激痛が走り、気を失うことさえ体験していたのだ。さらに運動しても筋力は付かず、体幹筋が急速に衰えて行き、歩行困難となりつつあって杖が手放せなくなっていた。そして靴のサイズは1.5cmも増加してしまった。

 死期が近づくと筋力が弱り、足指の関節が弛んで靴が履けなくなると聞いていたのだが、まさにわが身にそれが起こっているではないか。だから、「もう俺も長くはないな」と思い込んでいたのだ。

 店を閉める決断をしたのは、採算面のことよりも、命のある内にすべての財産整理を終えておこうと思ったというのが真相だ。

 話を戻そう。まず縦箱正立輸送と平箱横臥輸送ワインの白を抜栓した。もちろん、例によって(第57回参照)瓶口を少量のワインで洗い流し、銘々のワイン・グラスに注ぎ分けた。

 注ぎ分けるときの香りの段階で、すでに決定的な勝敗の差が表れていた。平箱横臥輸送ワインの方は、5人の常連客は誰一人飲み干してはくれなかった。それに対して、縦箱正立輸送の方は香りも味もヴァン・ド・ターブル・クラスとは思えないほどに素晴らしかった。比較のために、同じ蔵の若い収穫年から4年目のムルソー(Meursault)を開けてみたが、“縦箱正立輸送10余年熟成”のヴァン・ド・ターブルには勝てなかった。

 10年前にわずか1150円で販売していたワインは、6000円超えのムルソーを凌駕するほどの香味を身に着けていたのだ。参加してくれた複数の常連客は、「1万円以内なら買いたい香味だね!」と言ってくれた。

 次に赤ワインのセットを抜栓しようとすると、常連客の方々から「もったいないから開けるな」と言われた。「ワイン輸入業界人に飲ませるべきだ」と言う。縦箱正立輸送ワインが優れた熟成をすることを体感した業界人を、一人でもつくるべきだと言うのだ。

 後日、甥と付き合いのある業界大手の某研究所勤務の若い方々に試飲いただいた。そして、縦箱正立輸送と平箱横臥輸送の結果を確認いただき、できれば複数サンプルで追試を行ってほしいとお願いした。だが、果たして進捗状況はどうなっているのかは不明である。もし彼らが実験を行っているとしても、結果が判明するのは2019年以降のことになる。

評価されるワインと蔵元が大きく変わる

 縦箱正立輸送と平箱横臥輸送の白・赤両方をテイスティングした者として、お伝えしておきたいことがある。あくまで私が行った実験のセットの結果でしかないが、縦箱正立輸送の場合は、赤よりも白の方が遥かに若々しさを保っていたということである。

 これは何を意味するだろうか? おそらくはドイツ・ワインの長寿命に、真相にたどり着くヒントがあるのだろう。白ワインのリンゴ酸含有量と、赤ワインのそれの乳酸への転換比率の問題ではないか。

 そして、もう一つお伝えすべきことがある。縦箱正立輸送が普及した場合は、評価されるワインや蔵元が大きく変わってくる可能性がある。

 日米の赤ワイン市場では、カベルネ・フラン(Cabernet Franc)やプティ・ヴェルド(Petit Verdot)の比率の高いボルドー・ワインが評価を上げ、ルイ・トラペ(Jean-Louis TRAPET)やアルマン・ルッソー(Armand Rousseau)、ドミニク・ギヨン(Dominique Guyon)といったブルゴーニュの蔵元が評価を上げ、クリストフ・ルーミエ(Christophe Roumier)よりローラン・ルーミエ(Laurent Roumier)が注目される時代が来るように思う。

About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。