赤が濃いワインへの憧れからは卒業を

ガルナッチャ・ペルーダもガルナッチャ・ティントレラも、スペインではフランス起源のものと考えられている。さらに、アリカント系は赤ワインの原料ブドウとして旧大陸に広く行き渡っている。作出者アンリ・ブーシェは、この様子を天国からどう見ているだろうか。

ガルナッチャでフランスから来たもの

“ペルーダ=フランスの毛むくじゃらの怪獣”――つまり、ガルナッチャ・ペルーダ(Garnacha Peluda)は、フランス産のグルナッシュ・ノワールの系統で、葉の表面に綿毛の生えたムニエ(Meunier)のタイプのものを指すらしく、通常のグルナッシュ・ノワールよりも果皮色素が濃いらしい。

 さらに、ガルナッチャ・ティントレラは、葉の裏面に剛毛が生えた果肉の赤いグルナッシュで、やはりフランスで作出された系統として位置付けしているようなのだ。

 ガルナッチャ自体はあまり安定したブドウ品種ではないらしく、この系統の変種は多い。一つの樹に異なった色合いの果房が成り別れることも稀ではないらしい。

 ガルナッチャあるいはグルナッシュを日本語・英語・フランス語・スペイン語の各ウィキペディアで検索すると、面白いことに解説内容が微妙に異なることに気付く。

 ウィキペディアゆえに真偽のほどは不明だが、スペイン語版の解説は最も詳細であり、その文中には「スペイン以外のオーストラリア、カリフォルニア、チリ、イタリア、ポルトガル、南アフリカで栽培されているグルナッシュはティントレラ(果肉の赤いタイプ)である」(Fuera de España, se encuentra garnacha tintorera en Australia, California, Chile, Italia, Portugal y Sudáfrica.)との記述がある。

拡散するアリカント系ブドウ

 他のアリカント系ブドウにも触れておこう。

 ドイツでは19世紀末期にFärbertraube(染色用ブドウ。おそらくアリカンテ・ブーシェ)とポルトギーザ(Portugieser)を交配して、デュンケルフェルダー(Dunkelfelder)が作出された。ただし、近年までほとんど栽培されていなかったが、1980年にガイゼンハイム研究所から再リリースされ、栽培面積がわずかに増加傾向にある。主には赤ワインの色素補強用ブレンド品種として使われているが、単独品種ワインの原料として再認識され、プレディカート規格の高級ワインの生産も始まっている。

 他のヴァラエタル・ワイン(原料品種を表示したワイン)にブレンドする場合は、15%以内の使用であればラベル表示義務は生じない。

 ウクライナのオデッサ科学研究所では、1950年にアリカンテ・ブーシェとカベルネ・ソーヴィニヨンを交配させて、アリベルネ(Alibernet)という品種を作出し、東欧圏で広く栽培されているらしい。

アンリ・ブーシェはほのめかす

 詰まるところ、アリカント系ブドウ品種は色素採取目的だけではなく、直接的ワイン原料ブドウとしてもかなり普及していると思った方がよい。赤ワインの色の濃さへの憧れはビギナーの方々に多く見られる傾向だが、その幻想からは早く卒業した方がよさそうである。

 余談だが、アリカンテの言葉には、アリカンターラ(Alicantara)「毒蛇」の意味もある(白水社「西和辞典」)。アリカンターラと呼ばれる毒蛇は、ヨーロッパ・クサリヘビ(Vipera berus)の一種で、恐らくさらに毒性の強いアスプ・クサリヘビ(Vipera Aspis)に属してイベリア半島全域に広く分布するヴィペラ・ラタスティ(Vipera latastei)を指していると思われる。

 アンリ・ブーシェが、自ら作出したタンテュリエ系グルナッシュに「アリカンテ・ブーシェ」と命名した動機は、安易な使い方をすればワイン業界の災いとなる場合があることを示唆したものだったのかも知れない。

About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。