素材・技術・お客が生み出す味

338 「至福のレストラン/三つ星トロワグロ」から

本連載第334回で取り上げた「至福のレストラン/三つ星トロワグロ」が、さる8月23日に全国公開された。前回のイントロダクションとファーストインプレッションに続き、今回はより内容に踏み込んで紹介したい。

持続可能なレストラン

 2000年代は「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」(2011、本連載第42回参照)のエル・ブリ、2010年代は「ノーマ 世界を変える料理」(本連載第126回参照)のノーマといったレストランが、「世界のベストレストラン50」で複数回一位になるなどして一世を風靡した。しかしエル・ブリは2011年に閉店し、ノーマも2024年末をもって閉店する予定だという。

 これらの店と比べ、トロワグロの目指す方向性は明らかに異なる。限られた一時期に強い印象を残した前二者に比べ、トロワグロは持続可能なシステムを構築し、長くお客に愛される老舗へ向かっている。すでに三代にわたってミシュラン三つ星を56年間維持し続けた偉業。持続可能なシステムと口で言うのはたやすいが、その実現には並々ならぬ努力があることが本作を観ればわかるだろう。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

レストランを支える生産者たち

野菜を素材に花びらをかたどった、トロワグロの芸術的なひと皿。
野菜を素材に花びらをかたどった、トロワグロの芸術的なひと皿。

 映画は、移転前のトロワグロ発祥の地ロアンヌのマルシェで、四代目シェフのセザールと、セザールの弟で「ラ・コリーヌ・デュ・コロンビエ」のシェフ(2022年撮影時点)のレオが、新鮮な野菜を買っているシーンから始まる。レストランにとって、地元の新鮮で安心・安全な食材を安定的に仕入れるのは至上命題。支えているのは、各食材の生産者たちである。

 現在のトロワグロがあるウーシェの畜産農家「シェーズ農場」では、トラクタも肥料も使わずに自然な牧草だけで肉牛を育てている。

 トロワグロが契約している野菜農園では、無化学肥料、無化学農薬でピーマン、ニンジン、キャベツ、トマト、インゲン豆などを栽培している。また、トロワグロは自家菜園も所有しており、シソなど数多くの作物を栽培。近くの森でつまものに使う木の花を料理人たちが採集するシーンもある。

 ヤギ牧場では、野生動物のサイクルに則って育ったヤギの乳からフレッシュチーズを作っている。一方、チーズ熟成工場では、科学に則った温度、熟成期間などの管理によって、低温で長期熟成された味わい深いチーズを作っている。

 ワイナリー「ドメーヌ・セロル」では、ブドウ畑に他の作物(チャービルやミント、そら豆など)を混植するアグロフォレストリーの手法を導入。本来多様な植物が共存していた自然な環境に近づけることで土壌が豊かになる効果があったという。一方、トロワグロは、それを所望するいつ訪れるかも知れないお客のために、DRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ)などの最高級のワイナリーとも取引し、ワインセラーに貯蔵している。

 撮影は、セザールや三代目シェフのミッシェルが生産者を訪れるという形で進められる。

 欲を言えば、魚やザリガニ、貝といった魚介類の仕入れ先、果樹農家、パン工房などへの取材もあれば、より網羅的になったと思われる。

プロセスに迫るカメラ

 厨房でのシーンは、本作のハイライトである。下ごしらえのシーンでは、骨付きリブロース、脳みそ、鮭、生きたままのザリガニ、アスパラガス、ハーブ類といった食材を、料理人たちが丹念に処理していく姿が映し出される。その中には日本人らしき料理人の姿も見える。「オテル・ドゥ・ミクニ」(2022年閉店)の三國清三シェフも二代目シェフ(ジャンとピエールのトロワグロ兄弟)の時代にトロワグロで修業している。

 印象的なのは、セザールやミッシェルが若手の料理人を指導するくだり。セザールは「日本人がイカを調理するように」というたとえでウナギの骨の切り方を教える。ミッシェルは、脳みその血抜きができてないと若手を叱責した後、厨房に備え付けてある「Nouveau Larousse Gastronomique」(和書名「新ラルース料理百科事典」)とオーギュスト・エスコフィエの著書「Le guide culinaire」(和書名「エスコフィエフランス料理」)を調べさせ、「この2冊に大抵の答えは載っている」とさとす。次の世代に伝統の料理技術を継承していこうという、シェフの熱意が表れているシーンである。

 調理のシーンでは、15人ほどの料理人が厨房内を忙しく動き回り、着々と芸術的な料理が仕上がっていく過程が映し出される。同じコース料理でも、嗜好やアレルギーによって細かいメニュー変更があり、セザールの指揮のもと、料理人たちは正確・丁寧に作業をこなしていく。

 大きな窓から外光が差し込んで明るいトロワグロの厨房。広々とした空間に碁盤の目のように調理台がレイアウトされ、料理人が動きやすくなっている。天井は高く、換気は自然と上方に流れていく。料理人にとっては、理想的な環境である。

 ミッシェルが各セクションを細かく確認して回る。味見をし、塩の振り方を見当ではなくちゃんと量るように言ったり、中心を意識して盛り付けるように指導したりする。フライパンの中で肉が肉汁に浸かった状態でソテーしている料理人を見かけると、それではカリッとした食感にはならない。キャラメリゼしなければだめだと、自らフライパンを振って手本を見せたりもする。

 脳みそのようなグロテスクな外見の食材も美しい料理に生まれ変わっていくプロセスを、カメラは料理人の邪魔にならないように追いかけ回しながら捉えていく。

 トロワグロの厨房は、お客の見学を受け入れている。これから食べる料理が出来ていく様子を見ることで、お客は安心し、料理人もお客の顔が見れることでモチベーションが上がるとミッシェルは言う。

客席を巡るシェフ

 パトリック・ブシャンの設計によるトロワグロのホールは、総ガラス張りで木の幹のような柱の下にテーブルがあり、自然豊かなウーシェの外観に溶け込むようなデザインになっている。晴れた日には屋外にもテーブルを出す。

 準備中の時間に椅子、シルバーウェア、グラスの位置をミリ単位で何度も調整するホールスタッフたち。料理、ワイン、チーズの知識にたけ、お客のどんな質問にも対応できる強者ぞろいである。

 トロワグロが三つ星レストランとしてユニークなのは、ミッシェルやセザールが頻繁にテーブルに出向いてお客とコミュニケーションをとるところ。他愛のない会話を糸口にお客の好みを知り、それを料理に反映させていく。これが代々受け継がれてきたトロワグロのスタイルである。映像が映し出すお客の明るい顔は、料理だけでなく“おもてなし”のサービスにも満足しているからだと感じた。

 レオがシェフを務めている「ラ・コリーヌ・デュ・コロンビエ」では、ロシアの侵攻で苦しんでいるウクライナの人々を支援するために、ウクライナをイメージした特別メニューによる「ウクライナの夕べ」を開催し、収益を赤十字に寄付するなどの社会貢献活動をしている。またロアンヌでキッチンカーを出店し、サンドイッチやパンナコッタを移動販売するなど、新しい試みにも意欲的に取り組んでいる。

日本の素材や技の名前が飛び交う

 ミッシェルは1970年代、18歳の時に初めて来日し、和食の魅力にとりつかれたとお客に語る。今でこそ和食の影響を受けた料理人は多いが、ミッシェルはそのさきがけと言える。ミッシェルは日本で修業して帰国した時に日本の食材を数多く持ち帰り、アレンジして自分の料理に取り入れた。前述のシソをはじめ「しょうゆ」「みそ」「活け締め」「折り紙」などの日本語がトロワグロで数多く飛び交うのは、ミッシェルの日本での体験があってのことだろう。

 他のお客と英語で会話するシーンで、メレンゲを使ったデザートの名前を考えていたところ、来店した日本人女性客が身に着けていたあるものを見て、日本のあるブランドの名前を当てたエピソードも楽しめた。

そして、未来へ

 仕事の合間に、ミッシェル、セザールとその妻がテーブルを囲み、セザールの娘の赤ん坊に食事を与えるシーンがある。リュミエール兄弟の「赤ん坊の食事」(1895、本連載第200回参照)のようなカメラアングルでとらえられた赤ん坊が、未来のトロワグロを支える存在になるかも知れないと夢想したのは、筆者だけではあるまい。


本連載第334回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0334
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本連載第42回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0042
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本連載第126回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0126
世界のベストレストラン50
https://www.theworlds50best.com/
ドメーヌ・セロル
https://www.domaine-serol.com/
ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ
https://www.romanee-conti.fr/
ラルース料理百科事典
https://www.tsuji.ac.jp/books/cat631/-4.html?aid=snpatrpbtn01kss
エスコフィエフランス料理
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本連載第200回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0200

【至福のレストラン/三つ星トロワグロ】

公式サイト
https://www.shifuku-troisgros.com/
作品基本データ
原題:MENUS-PLAISIRS LES TROISGROS
製作国:アメリカ
製作年:2023年
公開年月日:2024年8月23日
上映時間:240分
製作会社:3 Star LLC=Zipporah Films, PBS, GBH
配給:セテラ・インターナショナル
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・製作・編集:フレデリック・ワイズマン
共同製作:カレン・コニーチェク、オリヴァー・ギール
撮影:ジェイムズ・ビショップ
録音:ジャン・ポール・ミュゲル
キャスト
ミッシェル・トロワグロ:
セザール・トロワグロ:
レオ・トロワグロ:
マリー=ピエール・トロワグロ:
トロワグロで働くスタッフ:

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。