トロワグロのありのままに迫る

334 「至福のレストラン/三つ星トロワグロ」から

8月に公開される「至福のレストラン 三つ星トロワグロ」(原題「Menus-Plaisirs – Les Troisgros」)をご紹介する。

 本作は、本連載第315回で「ポトフ 美食家と料理人」(旧原題「The Pot-au-Feu」。2023、本連載第324・325回参照)と共に第36回東京国際映画祭(2023年10月23日〜11月1日)の注目作品として紹介した。筆者はスケジュールの都合で映画祭には参加できず未見であったのだが、このたび配給会社のご厚意により、試写会で見ることができた。

 見どころ満載の作品ではあるが、公開前なので今回はイントロダクションとファーストインプレッションにとどめ、より掘り下げた内容は公開後に改めて述べたい。

ドキュメンタリーの巨匠が見たレストラン

 監督のフレデリック・ワイズマンは、しばしば「最も偉大なドキュメンタリー作家」と紹介される。今年94歳になるが、ちなみにワイズマンと同世代の映画監督には、クリント・イーストウッド(94歳)、山田洋次(92歳)などがおり、現役としては最古参の監督である。

「パリ・オペラ座のすべて」(2009)ではバレエ、「コメディ・フランセーズ 演じられた愛」(2017)では演劇というようにフランスの“芸術”を描いたワイズマンが、今回題材に選んだ“芸術”は「料理」。

 55年間にわたってミシュラン三つ星を維持し続ける「トロワグロ」と、そこで働くシェフ、料理人、パティシエ、ソムリエ、ホールスタッフといった“トロワグロ・ファミリー”の他、野菜農家、畜産農家、ワイナリー、チーズ工房といったサプライヤーにもカメラを向け、レストランで繰り広げられるもてなしと料理による“芸術”を余すところなく解き明かした、上映時間240分、究極のグルメ・ドキュメンタリーである。

美食の歴史を紡ぐ一族

トロワグロ家系図

 トロワグロは、家族経営で四世代にわたって最高水準のクオリティを守ってきたという点で、フランス料理の世界でも稀有な存在である。

 1930年、フランス中央部のロアンヌに移住してきた夫婦、ジャン・バチスト・トロワグロとマリー・バドーが、「ホテル・デ・プラタヌ」の経営を引き継ぐ形で創業。彼らの二人の息子、ジャンとピエールは、“料理の神様”フェルナン・ポワンのもとで修業を積み、1950年代初頭にレストランの厨房に立った。彼らトロワグロ兄弟は、ポール・ボキューズやアラン・シャペルと並び、ヌーベル・キュイジーヌの旗手として名をせ、とくに鮭料理「サーモン オゼイユ」は有名である。レストラン「トロワグロ」は1956年にミシュラン一つ星、1965年に二つ星、そして1968年に最高峰の三つ星を獲得し、今日に至るまで維持し続けている。

 ピエールの息子、ミッシェルも料理の道を志し、日本など世界各国で修業した後、ジャンが亡くなった1983年にロアンヌに帰還。1996年にはピエールの後を継いでオーナーシェフとなった。妻のマリー・ピエールは、ホテルとレストラン全体を取りまとめる役目だ。

 ミッシェルは先代の味を守りながら新たなメニューにも意欲的に取り組んで三つ星を維持。その実力が評価され、2003年にはミシュランと並ぶ影響力を持つレストランガイド「Gault & Millau」(ゴー・ミヨ、ゴ・エ・ミヨ)で“シェフ・オブ・ザ・イヤー”に選出され、2004年にはレジオン・ドヌール勲章を受章する栄誉に浴する。2006年には東京に「キュイジーヌ・ミッシェル・トロワグロ」がオープンした(2019年いっぱいで閉店)。

 ミッシェルとマリー・ピエールの長男・セザールと次男・レオも世界各国の星付きレストランで修業。セザールは2014年にトロワグロに加わりシェフに、レオはロアンヌから数キロ離れたロワール河畔のレストラン「ラ・コリーヌ・デュ・コロンビエ」のシェフ(2022年撮影時点)、長女のマリオンはホテルの運営を務めている。

 そして2017年、「トロワグロ」はガストロミーツーリズムの新たな可能性を求めて、自然豊かなロアンヌ郊外のウーシュ村に移転。建築家パトリック・ブシャンの設計によるレストランは、ホール、キッチン共に自然と解け合うような、開放的でモダンな空間を実現している。

 トロワグロのパーマカルチャー(パーマカルチャー。共生による永続する農システム)への取り組みに対しては、ミシュランから三つ星と共に、サステナビリティの推進に積極的なレストランに与えられるグリーンスターの評価を受けている。

説明なしで伝える“秘伝”

ウーシュの美しい田園風景を臨むキッチンで、トロワグロの料理人たちは調理にいそしむ。
ウーシュの美しい田園風景を臨むキッチンで、トロワグロの料理人たちは調理にいそしむ。

 ワイズマンのドキュメンタリーは、ナレーション、字幕、インタビューといった説明的な要素を排除し、情緒を誘導する音楽も一切使わない。ひたすら被写体に集中し、そのありのままを描き出すスタイルだ。その映像を見てどう感じるかは、すべて観客に委ねられる。多くの映画作家に影響を与えたこの“ワイズマン・メソッド”は、本作でも貫かれている。

 その意味ではいわば“不親切な”作品なので、ここに記したような予備知識をインプットした上で鑑賞するとより楽しめると思う。一方、説明のない分、キッチンの作業工程などは、にごりなく描き出されている。シェフ自らが足を運んで関係を築いたサプライヤーから届く最高級の多種多彩の素材を、料理人たちが三つ星クオリティのひと皿に仕上げていくまでの手元のアップなどは、見る人が見れば理解できると思われる。まさに秘伝解禁である。

 本作は、2024年8月23日(金)より、BUNKAMURA ル・シネマ 渋谷宮下(東京)、テアトル梅田(大阪)、伏見ミリオン座(名古屋)などを皮切りに全国順次公開される。料理に携わる、高みを目指すプロに観ていただきたい映画である。


本連載第315回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0315
ポトフ 美食家と料理人
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本連載第324回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0324
本連載第325回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0325
パリ・オペラ座のすべて
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コメディ・フランセーズ 演じられた愛
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トロワグロ
https://www.troisgros.fr/
ミシュラン
https://guide.michelin.com/jp/ja/auvergne-rhone-alpes/ouches/restaurant/troisgros-le-bois-sans-feuilles
ゴ・エ・ミヨ
https://fr.gaultmillau.com/fr/restaurants/maison-troisgros
ラ・コリーヌ・デュ・コロンビエ
https://lacollineducolombier.fr/

【至福のレストラン/三つ星トロワグロ】

公式サイト
https://www.shifuku-troisgros.com/
作品基本データ
原題:MENUS-PLAISIRS LES TROISGROS
製作国:アメリカ
製作年:2023年
公開年月日:2024年8月23日
上映時間:240分
製作会社:3 Star LLC=Zipporah Films, PBS, GBH
配給:セテラ・インターナショナル
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・製作・編集:フレデリック・ワイズマン
共同製作:カレン・コニーチェク、オリヴァー・ギール
撮影:ジェイムズ・ビショップ
録音:ジャン・ポール・ミュゲル
キャスト
ミッシェル・トロワグロ:
セザール・トロワグロ:
レオ・トロワグロ:
マリー=ピエール・トロワグロ:
トロワグロで働くスタッフ:

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。