つらいときも食は人を笑顔に

[282] 「マイスモールランド」から

コロナ禍の前、令和元年におけるわが国の難民申請者数は10,375人。このうち難民と認定された者は44人で、認定率はわずか約0.4%にとどまっている(※)。これは諸外国と比べると著しく低い数字である。今回紹介する「マイスモールランド」は、この問題を背景に、日本で暮らすクルド人の家族を描いた劇映画である。

※出入国在留管理庁 報道発表資料「令和元年における難民認定者数等について」
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/nyuukokukanri03_00004.html

クルド風ピザと辛いヨーグルト

 クルド人は、中東のクルディスタン地域に住む民族だが、歴史のなかでクルディスタンはトルコ、シリア、イラン、イラクに分割され、クルド人も同じ地域に住みながら別々の国に分けられている。

 12年前、トルコ系クルド人のチョーラク・マズルム(アラシ・カーフィザデー)は、トルコ政府によるクルド人弾圧から逃れるために、妻のファトマと5歳の娘サーリャを連れて日本に逃げてきた。チョーラク一家は、埼玉と東京の県境にある川口市に落ち着き、サーリャ(嵐莉菜)の妹アーリン(リリ・カーフィザデー)と弟ロビン(リオン・カーフィザデー)が生まれるが、ファトマは2年前に乳がんで亡くなり、現在は4人家族である。これが、川和田恵真監督自身によるノベライズによる、本作の前日譚である。

 マズルムは、クルド人の伝統を大切にしていて、食前の祈りを家族にもさせている。食事は、床の上に敷物を敷き、その上に料理を並べる、中東諸国で見られるスタイル。メニューももちろんクルド料理。一つは、薄く伸ばしたパン生地の上に肉や野菜を載せたピザ状の中東料理で、クルド人も昔から食べてきたラハマージュン(ラフマジュン)。また、唐辛子パウダーをかけて食べるヨーグルトなど。本作では、十条にあるクルド料理レストラン「メソポタミア」のオーナー、ワッカス・チョーラクがクルド監修を務めていて、本格的なクルド家庭料理を目にすることができる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

ラーメンのおいしい食べ方

入管で最悪の仕打ちを受けたチョーラク一家は、その後で立ち寄ったラーメン屋で、ある会話をきっかけに笑顔になる。
入管で最悪の仕打ちを受けたチョーラク一家は、その後で立ち寄ったラーメン屋で、ある会話をきっかけに笑顔になる。

 チョーラク一家は、日本に来た年から難民申請を始めた。難民申請中は、「特定活動」と書かれたビザ(在留資格)が与えられる。特定活動中は税金を払い、就職・就学ができ、国民健康保険にも加入できる。ただし半年に一度、決められた日に出入国在留管理局(入管)に出向き、ビザを更新しなければならない。難民申請が不認定になると、ビザはなくなり、日本に住むことができなくなる。そしてチョーラク一家にも、ついにそのときが訪れる。

 ビザがないのに帰国しない場合は入管に収容されることになるが、条件付きで外に出ることができる仮放免という制度があり、チョーラク一家にはそれが適用されることになった。条件は、働くことは禁止、居住している県から出ることは禁止、保険は自費、違反するといつでも入管に収容される可能性があるという理不尽なものだ。

 この決定の後、チョーラク一家は、これまでも入管詣でのたびにいつも立ち寄っていたラーメン店に入る。いつもは倹約家のマズルムは、今日はトッピング3つまでいいよと子供たちを喜ばせる。そして食事中、ラーメンのおいしい食べ方にまつわる会話が、家族に思わぬ笑いをもたらすことになる。人は絶望の淵にあっても笑うことができる。見ている観客にとっては、まさかラーメンで泣かされるとは思わなかったという意表をつくシーンになっている。そしてこのラーメンが、家族の最良の記憶として残り、クライマックスのシーンに効いてくるのである。

甘いシュークリーム

 サーリャは、小学校の先生を目指していて、大学への進学資金を貯めるため、父には内緒で、荒川を隔てた赤羽にあるコンビニでアルバイトをしていた。当然仮放免のルール違反である。客の中には、サーリャの外見から、悪気はなくても無神経な言葉を投げかける者がいて、それが一層サーリャの心を傷付ける。

 店長(藤井隆)の甥でバイト仲間の崎山聡太(奥平大兼)は、そんなサーリャの様子を見かねて声をかける。帰りの荒川河川敷でコンビニの新商品のシュークリームを手渡し、二人で食べる。サーリャは初めて自分の身の上を他人に打ち明け、聡太も自分のことを話して二人は接近していく。これもつらいときに食べ物が人を笑顔にする例である。

 しかし、サーリャにはこの後さらに過酷な運命が立ちはだかっていく。その続きは本編をご覧いただきたい。

実の家族が醸し出すリアリティー

 本作は、自身も海外にルーツを持ち、是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」に所属する川和田恵真監督の商業長編映画デビュー作で、是枝も製作に名を連ねている。共同制作のNHKでテレビドラマ版が2022年3月24日に放映されており、本作はその劇場版となる。今年の第72回ベルリン国際映画祭に出品され、日本作品で初めてアムネスティ国際映画賞・特別表彰を授与された。

 サーリャ役の嵐莉菜(本名リナ・カーフィザデー)、マズルム役のアラシ・カーフィザデー、アーリン役のリリ・カーフィザデー、ロビン役のリオン・カーフィザデーは、実の家族であり、そのことがフィクションでありながらドキュメンタリーに迫るリアリティーを本作にもたらしている。

 最後に、日本における難民認定の問題については「東京クルド」(2021)、入管収容の問題については「牛久」(2022)といったドキュメンタリー映画があるので、興味がある方はご覧いただきたい。


【マイスモールランド】

公式サイト
https://mysmallland.jp/
作品基本データ
製作国:日本、フランス
製作年:2022年
公開年月日:2022年5月6日
上映時間:114分
製作会社:「マイスモールランド」製作委員会(企画:分福/制作プロダクション:AOI Pro./共同制作:NHK=FILM-IN-EVOLUTION)
配給:バンダイナムコアーツ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・原作・脚本:川和田恵真
エグザクティブプロデューサー:濱田健二
企画プロデューサー:北原栄治
製作:河野聡、小林栄太朗、潮田一、是枝裕和、依田巽、松本智
プロデューサー:森重宏美、伴瀬萌
共同プロデューサー:藤並英樹、渋谷悠、アントワーヌ・モラン
クルド監修:ワッカス・チョーラク
撮影:四宮秀俊
美術:徐賢先
装飾:福岡淳太郎
音楽・主題歌:ロット・バルト・バロン
音響:弥栄裕樹
ダビングミキサー:グザヴィエ・トュラン
照明:秋山恵二郎
編集:普嶋信一
衣裳:馬場恭子、中村祐実
ヘアメイク:那須野詞
カラリスト:アレクサンドラ・ポケ
キャスティング:森万由美
アソシエイトプロデューサー:西川朝子、加倉井誠人、大古場栄一
ラインプロデューサー:田口聖
制作担当:藤原恵美子
助監督:森本晶一
キャスト
チョーラク・サーリャ:嵐莉菜
チョーラク・マズルム:アラシ・カーフィザデー
チョーラク・アーリン:リリ・カーフィザデー
チョーラク・ロビン:リオン・カーフィザデー
崎山聡太:奥平大兼
崎山のり子:池脇千鶴
太田武:藤井隆
山中誠:平泉成
小向悠子:韓英恵
ロナヒ:サヘル・ローズ
原英夫:板橋駿谷
西森まなみ:新谷ゆづみ
野原詩織:さくら
入管職員:田村健太郎
パパ活の中年男:吉田ウーロン太
パパ活の中年男:池田良
大家さん:小倉一郎

(参考文献:KINENOTE)

アバター画像
About rightwide 336 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。