いち子と残されたタマネギ畑

[95]「リトル・フォレスト」折々の味覚(2)

母が焼いてくれたケーキは、赤米とホウレンソウで着色したクリスマスカラー。
母が焼いてくれたケーキは、赤米とホウレンソウで着色したクリスマスカラー。

今回は、現在公開中の「リトル・フォレスト 冬・春」メニューを、昨年8月に公開された「リトル・フォレスト 夏・秋」(本連載82回参照)に続いて取り上げていく。

 本作の舞台である「小森」は、岩手県奥州市衣川区(旧・衣川村)の大森地区をモデルとしている。原作の漫画は、作者の五十嵐大介がそこで体験した自給自足の生活を主人公のいち子に投影させ、一年の四季を通して描いたもので、映画の撮影も当地で行われた。

 また、本作は今年の第65回ベルリン国際映画祭で、食をテーマにした秀逸な作品を選出するキュリナリー・シネマ部門に正式招待されている。

冬のメニュー7品

1. クリスマス・ケーキ

母が焼いてくれたケーキは、赤米とホウレンソウで着色したクリスマスカラー。
母が焼いてくれたケーキは、赤米とホウレンソウで着色したクリスマスカラー。

 クリスマスの日、いち子(橋本愛)は、かつて母・福子(桐島かれん)が焼いてくれた赤米とホウレンソウでクリスマスカラーに着色したケーキをヒントに、色を変えたものを作ることにする。

 黒米で水分少なめで濃いめに甘酒を作る。甘酒は真っ黒になるが、小麦粉、ベーキングパウダー、砂糖、油と混ぜて生地にすると、ちょうどよい紫色になる。紫色を鮮やかにするため、この生地に卵は使わない。

 次に、カボチャの黄色い生地を作り、型に黒米の生地を半分より少し低い高さまで入れて、その上にカボチャの生地を全体が8分目の高さになるまで入れて、オーブンで焼く。

 焼き上がったらすぐにラップして、膨らんだ面を下にして冷ます。これで全部の面が平らになる。そうして生地が縦2色になるように90度回転させ、生クリームでデコレーションする。

2. 納豆もち

 納豆に砂糖醤油を混ぜ、つきたてのもちをちぎり入れる。

 いち子が通っていた村の分校では、もちつき大会の3日前に軟らかく煮た大豆を藁苞(わらづと)に包み、保温効果のある雪穴を掘って埋め、納豆を作っていた。その分校も過疎化・少子化のあおりで今では廃校となり、現在では電気もちつき機でもちをついている。

3. 凍み大根と干し柿

 皮をむいて縦に切った大根を、生のまま外の寒さで凍みさせ干し上げると、身欠きニシンと炊き込むとおいしい凍み大根になる。

 また、秋に実がまだ固いうちに採った庭の柿は、皮をむき、枝を縄に挟んで軒下に吊るし、たまに手で揉むと、冬には軟らかい干し柿になる。そのままお茶うけにするもよし、なますに入れるもよし。

 これらは寒さを“調味料”にした、寒くないとできないものと言える。

4. ラディッシュの即席漬けと焼きおにぎり

 いち子が街で暮らしていた頃は、節約のために部屋でラディッシュを栽培していた。スーパーのバイトで同僚の男の子の昼食が菓子パン1個だけなのを見て、彼女は彼に小森から持ってきた米を炊いて作った焼きおにぎりとラディッシュの即席漬けの弁当を作ってやるのだが……。

5. アズキ

 秋に収穫して干したアズキを、冬の初めにクズ豆やゴミを選り分けて瓶に入れて保存する。このとき、よく太った形のよい太った形のいい豆は別にして、それをまた春の終わりに畑に播く。小森では、アズキを播く日は決まっている。早過ぎても遅過ぎてもダメで、タイミングが大事だ。

 あんこ作りも砂糖を入れるタイミングは、アズキを指でつぶせるくらいよく煮てから。そんなことを考えながら、いち子は、自分が街に出たタイミングは早過ぎたと感じていた。

6. ひっつみとチャパティ

 いち子は、雪の中を歩きながら、昨日キッコと喧嘩したときに「他人とちゃんと向き合ってきたの?」と言われたことを思い出していた。彼女はそれができなくて小森に帰ってきたのだ。

 家に戻ると、キッコが仲直りのカレーの鍋を抱えて待っていた。一計を案じたいち子は、ひっつみに小麦ふすまを混ぜ、麺棒で薄く伸ばして網で焼き始める。ひっつみは岩手県を中心とした地域で食べられているすいとんの一種で、水で練った小麦粉をひっつまんで鍋の中に入れることからその名があるが、出来上がったものはインド料理のパンであるチャパティだった。

 寒い小森で食べる暑い国の料理もまたおいしい。

7. 塩漬けワラビ

 春に採ったワラビは塩漬けにして、使うときは一晩水にさらして塩抜きしてからサッとゆでる。生姜醤油で食べてもいいし、煮物に入れたり、味噌汁の具にしたり。

 小森の人たちはみんな働き者だ。しかし遊休地の話し合いに集まった農家は、いち子とユウ太を除けば高齢者ばかり。いち子は、小森を今後どうしていくか真剣に考えているユウ太に「一番肝心なことから目を逸らして逃げてるんじゃないの?」と言われてしまう……。

 雪に閉ざされて農作業ができない冬は、いち子にとって自分を省みるよい機会になったと言える。特撮で表現された青い光と黒雲に真っ二つに割れた冬の終わりの空は、彼女の心境を象徴するかのようで、この後の展開を暗示している。

春のメニュー7品

1. タランボ、コシアブラ、コゴミの天ぷら

 小森の春は、梅やスモモや桜の花と、田植えがいっぺんにやって来るとともに、山菜採りの季節でもある。まずは、おひたしにすると香りが生きるシドケ(モミジガサ)の芽。さらに上に登ると、タランボ(タラノメ)、コシアブラ、コゴミ(クサソテツ)。

 衣薄めの天ぷらで楽しむ春の味覚である。

2. ばっけ味噌

 いち子が高校生だった春のある日、母はぼっけ(ふきのとう)を味噌と砂糖で炒めたばっけ味噌を残して突然失踪した。彼女は今もばっけ味噌を食べると、私は母にとって家族だったんだろうかと自問する。

 母流の湯を注いだだけの手抜きのばっけ味噌汁を、キッコは「結構いける」と言う。

3. つくしの佃煮

 つくし(スギナ)は畑にとっては雑草で、耕してその根を取るのは春の大仕事である。その多さにいち子は、せめて食わねば割に合わないと一念発起するが、はかま取りに膨大な手間をかけた挙句、醤油とみりんと酒でゆでて佃煮になったときのあまりのかさの減り方にがっかりする。

4. 塩マスとノビルと白菜の蕾菜のパスタ

 薪割りの手伝いに来てくれたキッコの腹ごしらえのための一品。パスタをゆでている間に、家の周りに生えているノビルを油で炒め、網で焼いてぶつ切りにした銀マスを加え、パスタのゆで汁を足してソースに。パスタがゆで上がったところで、結球しなかった白菜の蕾を加え、湯を切ってソースと絡めると出来上がり。

5. キャベツケーキ

 白菜に比べ、キャベツは結球率の高い優等生である。いち子は、春キャベツの新しい食べ方はないかと考え、ケーキを思いつく。

 キャベツをフードプロセッサで細かくし、小麦粉、砂糖、卵、サラダ油、生姜の搾り汁を加え、オーブンで焼くと、なぜか知っている匂いが漂ってきた。一口食べたユウ太の感想は「お好み焼きだね。ソースある?」。

※原作の漫画では、お好み焼きではなくケーキになるレシピが紹介されている。

【材料】(18×8×6cmのパウンドケーキ1個分)
小麦粉……150g
ゆでキャベツ(細かく刻む)……150g
砂糖……70g
バター……50g
ベーキングパウダー……小さじ 1.5杯
卵……2個
レーズン……大さじ1杯
シナモン……小さじ1杯
【作り方】
1. キャベツをゆでる。粉類はふるっておく。
2. バターと砂糖を練る。
3. 卵を加え、なめらかによく混ぜる。
4. キャベツ、シナモン、レーズンを混ぜる。
5. 粉を少しずつ加え、ざっくり混ぜる。
6. 型に入れ、180度のオーブンで50~60分焼く。

 雨に当たって破裂するキャベツのカットは、雨が続くとなぜ葉物野菜が高くなるのか、一般の消費者が見てもわかる映像になっている。

6. パン・ア・ラ・ポム・ド・テール

 いち子は、去年の秋の終わりに母から届いた手紙を読み返していた。

 潰したジャガイモを生地に混ぜて焼いた、ふんわりしっとりしてほのかに甘いパンは、母の自慢の一品だった。いち子が作ると、どうしてもモチっとしてしまう。その秘伝のレシピを母は彼女が20歳になったら教えてくれると言っていたのだが、手紙には書いていなかった。ただこうあった。

「同じところでぐるぐる回っているけれど、円じゃなくて“らせん”のはず」。

 いち子は、春の最初の作物であるジャガイモを今年は植えないことにする。それは彼女のある決意を表していた……。

7. タマネギ

 キッコとユウ太が、小森を出て行ったいち子のタマネギ畑を手入れしている。二つ割りで油を垂らしてオーブンで焼いて山椒塩で食べたり、丸ごと煮たスープやカレーなど、タマネギを豪快に使うのが好きだったいち子がまた戻ってくることを、彼らは確信していた……。

 そして5年後、彼らはそれぞれの道を歩み出す……。

「有機」でない理由

 おそらく5年前であれば、この手の映画はもっと「有機農業」とか「無農薬」といった側面が強調して描かれていたと思うが、本作に関して言えば、農薬散布のシーンこそないものの、そういったことにはあえて触れずに、食材も普通の農法で作られた、普通の農産物として描いていると感じた。

 それは、FoodWatchJapan編集長の齋藤訓之氏が、当サイトのコラム「『有機野菜はウソをつく』発売」の中で述べられているように、栽培や土壌の本当の有様を知った結果、「有機であることにはこだわらない」という人々が、映画作りの周辺でも確実に増えているために違いないと想像された。

ウスターソースと「ぬてら」/「リトル・フォレスト」折々の味覚(1)
https://www.foodwatch.jp/strategy/screenfoods/50258

【リトル・フォレスト 冬・春】

公式サイト:
http://littleforest-movie.jp/ws/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年2月14日
上映時間:120分
製作会社:リトル・フォレスト製作委員会
配給:松竹メディア事業部
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督・脚本:森淳一
原作:五十嵐大介:(「リトル・フォレスト」(講談社「アフタヌーン」所蔵))
プロデューサー:守屋圭一郎、石田聡子
撮影:小野寺幸浩
美術:禪洲幸久
音楽:宮内優里
主題曲/主題歌:FLOWER FLOWER:(『「夏」「秋」「冬」「春」」(gr8!records))
録音:田中博信
編集:瀧田隆一
衣裳/スタイリスト:宮本茉莉
ヘアメイク:小林真之
フードディレクション:eatrip
キャスト
いち子:橋本愛
ユウ太:三浦貴大
キッコ:松岡茉優
シゲユキ:温水洋一
福子:桐島かれん

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。