Btたんぱく質が効かなくなる害虫抵抗性の出現とは?

こんにちは、コロです。前回は、現在商業化されている遺伝子組換え作物に導入されている性質のひとつである害虫抵抗性のメカニズムについて解説し、害虫には殺虫効果があるBtたんぱく質が、人などの動物の健康にはまったく影響がないことをお話ししましたね。わかりやすかったでしょうか?そろそろ暖かくなって、害虫も目を覚ます季節になってきました。そこで今回は、「遺伝子組換え技術」のリスクではありませんが、Btたんぱく質が効かなくなる抵抗性害虫の出現というリスクと、そのリスク回避について、逆に、遺伝子組換え作物がいかに有効な手段を持っているのかをお話しますね。

ルル:「抵抗性害虫」って、最初から難しい言葉が出てきたけれど、いったい何のことなのでしょうか?

コロ:生物はお互いに競争しながら生きていますよね。これは「生存競争」とよばれています。ある動物は植物を餌にして生きています。植物は食べられまいとして、体内に動物が嫌う物質を生産するなど、身を守るすべを発達させ、種を保存していきます。人間がその生存のために使っている化学物質、例えば抗生物質や殺虫剤に対しても、それらによって殺されてしまう生物は、生き延びようとして、それらが効かない性質を身に付けようとします。抗生物質の耐性菌って聞いたことがありますか?

ルル:確か、抗生物質を使いすぎると細菌に効かなくなってしまうことですよね。

コロ:そうです。そのことです。そのような耐性が出現するのを防ぐために、抗生物質であれば、必ず飲む量や間隔を守る、同じ抗生物質ばかりを使わないといった手段を通じて、抗生物質が効かない細菌、すなわち耐性菌が出現しないようにしないといけません。

ルル:耐性菌が出てこないように、きちんと管理することが大事ですね。でも、耐性菌なんて出てこなければいいのに。

コロ:人間にとってはその通りですが、これは生物が持っている生存競争のひとつの手段なんです。細菌にとっては、抗生物質で殺されないようにする生活の知恵ですね。殺虫剤についても、同じ殺虫剤ばかりを使い続けるとその殺虫剤に抵抗性のある害虫が発生するというリスクがあります。この場合にも、抵抗性害虫の出現を防ぐためには、適切な管理をすることが必要です。

ルル:その抵抗性、耐性って、どのようにして生物が持つようになるのですか?

コロ:突然変異という言葉を聞いたことがありますか?生物の形を作ったり働きをつかさどるのは遺伝子ですね。遺伝子はDNAとよばれる物質に乗っています。DNAは普通の状況でも放射線や化学物質にさらされている、すなわちストレスを受けているんです。私たちのDNAも普段の生活の中で例えば太陽の光を浴びても突然変異を起こす場合があります。また、生物の細胞が増えるときには遺伝子が乗っているDNAもコピーをされて新しい細胞に引き継がれていきますが、そのコピーの際に読み取りのエラーが常に起こっています。このようなコピーのエラーによって細胞の性質が変わってしまうのも、突然変異のひとつです。

ルル:遺伝子っていろいろな理由で変わってしまうんですね。その結果、どうなるんですか?生きていけなくなったりしないのでしょうか?

コロ:生きていく上で不利になることもあります。ガンの大きな原因は突然変異です。ただ、起こった場所によっては、先ほどの話にあったような薬剤への抵抗性を持つようになるんです!例えば、害虫に突然変異が起こって殺虫剤を分解してしまうようになると、その殺虫剤の毒性は発揮されなくなってしまいます。また、生物が子孫を残すために卵子や精子を作るときに伝えられる遺伝子にそのような突然変異が起こっていると、子孫にもその突然変異が引き継がれます。突然変異には子孫に何の影響も及ぼさないものもあれば、たまたま起こった場所が悪く、子孫が生きていくことができなくなってしまう場合もあります。

ルル:なるほど、そうなんですね。そのような抵抗性害虫って、周囲の仲間たちが殺虫剤によって次々と殺されていくなかで、食べ物を独占できるし、生存競争も起こらず、生きていくうえでとっても有利そうですね。

コロ:その通りなんです。話はそれますが、作物を作っている人間にとって、突然変異によって害虫が殺虫剤に抵抗性を獲得してしまうことはとても困ったことですが、生物の本質から見れば、生物の多様性を広げ、進化していく上で突然変異はとても重要な役割を果たしているともいえるのです。

ルル:殺虫剤への抵抗性が発生してしまうと、その殺虫剤が効かなくなってしまいますよね。そういうときには、どういう手段で害虫を駆除するのでしょうか?他の殺虫剤を使うのですか?Btたんぱく質を持つ遺伝子組換え作物についても同様なリスクがあるのでしょうか?

コロ:他の殺虫剤を使うのはひとつの方法ですね。ただ、それだと、殺虫剤をいっぱいまかなくてはならなくなります。Btたんぱく質を持つ遺伝子組換え作物についても、抵抗性の害虫が出てきてしまうリスクがあります。これについても、やはり適切な手段によって発生を抑え、抵抗性害虫が発生した場合にも広がらないようにする必要があります。

ルル:やはり遺伝子組換え作物にもリスクがあるんですね。

コロ:少し違うんです。確かに、例えば害虫に突然変異が起こり、その消化管の表面の一部の構造が変わってしまってBtたんぱく質がくっつかなくなると、Btたんぱく質の毒性は発揮されなくなってしまいます。しかし、これは「遺伝子組換え作物」であるから、あるいは、「遺伝子組換え技術」を用いたから生じているリスクではないんですよ。これはBtたんぱく質を殺虫成分として使ったときのリスクで、生物農薬として有機栽培にも長い間使われているBt製剤を散布した場合も同様のリスクがあり、抵抗性害虫の出現は恐れられています。ただ、Btたんぱく質を導入した遺伝子組換え作物については、生物の遺伝の仕組みをうまく利用した、とても有効なBtたんぱく質抵抗性害虫の発達を防ぐ手段があるんですよ。

ルル:それって、どういうことですか?作物として使われるからこそ可能になった手段っていうことですか?

コロ:その通り、殺虫剤抵抗性の場合には使えない、Bt組換え作物ならではの方法なんです。その方法とは、Bt遺伝子組換え作物に抵抗性を持つ害虫が発達しても、Btたんぱく質に抵抗性のない害虫をその側でたくさん発生させて、抵抗性害虫をそれらと交尾させることによって、抵抗性が子孫に遺伝しないようにする方法です。そのためにはどうしたらよいでしょうか?ひとつの方法として、Btたんぱく質を持つ遺伝子組換え作物のそばにBtたんぱく質を持たない同じ作物を植える方法があります。そのようにして、抵抗性のない害虫をたくさん発生させます。

ルル:なるほど、Btたんぱく質を持たない作物で、抵抗性のない害虫をたくさん発生させるのですね。そのようにして発生した害虫がたくさんいることによって、たとえ、Btたんぱく質に抵抗性を持つ害虫が発生しても、その抵抗性害虫が、側の畑でたくさん発生した抵抗性のない害虫と交尾をしてしまうために、抵抗性を持つ子孫を残すことができなくなるのですね。

コロ:ある一定の割合でBtたんぱく質を持たない作物を植えることは、抵抗性害虫の発生防止のために、実際に産地では広く行われていて、効果も出ています。そして、そのような作物を植えている場所を緩衝区と名づけています。この緩衝区は、追加の殺虫剤を散布したりすることなく、ただ単に遺伝子組換え作物の隣に一定割合のBtを持たない作物を植えるだけで簡単に行える優れた抵抗性害虫発達リスクの回避法なのです。農地の条件や形によって、いろいろな形の緩衝区を作ることができます。

ルル:本当にさまざまな形があるんですね!一定の面積が取れていれば、その形にはこだわらないのですね。でも、抵抗性のある害虫と抵抗性のない害虫が交尾しても、子孫が抵抗性のある害虫にならないのですか?それに、緩衝区に殺虫剤を本当にまかないのでしょうか?

コロ:そうですね。今回はそこまで詳しく説明はしませんでした。それでは次回は、緩衝区から発生する抵抗性のない害虫と交尾すると、なぜ抵抗性を持つ子孫が残せなくなるのか、緩衝区には実際にはどのような作物が植えられているのか、殺虫はしないのかについて、もう少しお話しましょう。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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穀物関係機関勤務 微生物学を研究の後、在日大使館、外資系企業日本支社勤務を経て、現在穀物関係機関勤務。科学的な視点でさまざまな食関連の問題に取り組んでいる。FoodScience(日経BP社)では「コロのGM早分かり」を連載。