地方分権一括法下の国と自治体の責務

地方分権一括法(2000年施行)で地方分権が進んでいるにもかかわらず、食品衛生や家畜伝染病対策等に関する事務や責任が国のものと誤解されている例が多い。相手を間違えた意見や報道は力を発揮せず、混乱のもとにもなっている。

1 前書き

 口蹄疫や鳥インフルエンザなど家畜伝染病が昨今報道されていますが、地方自治体の事務に分権されたにもかかわらず、国の事務だと思われ、不要の摩擦を生じたり、無為な議論がなされている事務があることが気になりますので、この問題を述べたいと思います。 以下、実例に沿って説明しますが、いずれも私が直接関与したものではありません。なお、本稿は、「政策空間」誌第53号(平成21年2月号)所載記事について了解を得て転載・補訂したものです。

2 平成11年の地方分権一括法での分権

 地方分権推進委員会の勧告を受けた平成11年の地方分権一括法で、従来機関委任事務として国の強い関与があった事務の多くが自治事務となりました。自治事務は、自治体がその事務として処理するもので、国は自治体への指揮・命令等は原則としてできません。このため、国と自治体は独立・対等の関係と一般に言われますが、次のような問題が起きているのです。

(1)建築確認

 平成17年に耐震偽装が問題になりましたが、自治体が直接行う建築確認はその自治体の自治事務で、特段の国の指揮命令等の強い関与規定はありません(少なくとも事件当時)。そのため、建築確認の過失で行政の賠償責任が司法により認められると、建築確認を行った自治体が賠償することになります。

 実際に、耐震偽装で損害を負った方からの、国と建築確認を行った自治体の両方に対しての国家賠償請求訴訟において、国の賠償責任を認めず自治体だけの責任を認める司法判断が示されています。

 自治体職員が学生に多い社会人大学院のゼミでこのことをお話ししましたが、これを納得できず、国も賠償責任があるという意見が結構ありました。では、ある自治体が不適当な建築確認をして生じた損害を、国すなわち別の自治体住民の税金で支払うことが支持されるでしょうか。

 適切な建築確認事務を実施していない自治体を救済することは、モラルハザードを引き起こす可能性もあります。

(2)BSEの全頭検査

 屠畜場では、家畜が伝染性疾病に罹患していないか等を検査しています。この屠畜検査について、BSEが日本で発生したため、すべての牛にBSEについての特別の検査を行うこととなりましたが、これを全頭検査と呼んでいます。

 屠畜検査は自治事務であり、国は自治体に指揮命令はできないのですが、食品安全行政に関心のある政治家であっても、これを御存じの方は少ないようです。若手政治家(屠畜検査を行う自治体議員や国会議員を含む)との地方自治の勉強会でこの話をすると、驚かれてしまいました。

「この事務は新聞に国の責任だと書いてあるではないか」とおっしゃる方もおられますが、ある全国紙のBSE担当記者は、このことを御存じなかったとのことです。そこで、このことを記事にしようとされたのですが、編集局内で、国ではなく自治体の責任だとする記事を書くと読者に支持されない、露骨に言うと、新聞が売れなくなると反対されたとのことで、「自治体にも責任があるのではないか」という曖昧な記事になりました。

 前述のとおり、平成11年の地方分権一括法は、地方分権推進委員会の勧告を受けて立法がなされましたが、その後続的な機関である地方分権改革推進会議では、我が国のBSE発生直後に、BSEについては国のより明確な責任体制が必要との指摘がなされ(平成13年12月地方分権改革推進会議中間論点整理)、その後、BSEの屠畜検査に関わる特別法が制定されました。

 地方分権にかかわる委員会で国のより明確な責任体制が必要と指摘されることは、同様の組織から、それまでと正反対のことを求められるわけで、官庁としては、対応が相当難しいところです。

(3)口蹄疫、鳥インフルエンザ等家畜伝染病のまん延防止

 これは、平成11年地方分権一括法により自治体が国の機関として事務を執行する機関委任事務であったものが、法定受託事務となりました。これは自治体が執行しますが、国の自治体への関与が自治事務よりも強い事務です。なお、家畜伝染病の発生予防は自治事務となりました。

 さて、昨年来、口蹄疫や鳥インフルエンザが発生し、そのまん延防止措置が課題となりましたが、国の事務と誤解している方が多いようです。

 ある全国紙の科学部出身の論説委員と懇意になり、社説執筆の過程を知る機会がありましたが、宮崎県の口蹄疫問題についての社説においては、当初、県の事務であるので国が支援すべきという論調だったのが、社説作成の議論で、法的には県の事務であるが国が行うべきであるとの記述に変わってしまったとのことです。

 さらに、その後の鳥インフルエンザについての同全国紙社説においては、国の役割であることしか書かれず、関係する事務が複数省庁にまたがっている問題点は指摘されましたが、県の役割・責務についての記述は、鳥のように飛んで消えてしまいました。

 このように、現行法制度上の事務配分の正確な説明という観点だけからすると、かなり誤解を招く社説が続いてしまいました。これについて、国は悪玉で自治体は善玉であるとの前提で議論がなされるのでやむを得ないという意見がありましたが、通常、悪玉の事務配分は増大させないのではないでしょうか。

3 国の役割の範囲

 ちなみに、この論説委員氏によると、ある地方紙の幹部は、普段地方分権を主張されていますが、講演では、この問題は国が行うべきと主張していたとのことです。

 一般論で地方分権・地方自治には賛成だが、各論として、これらの事務については国が責任を負うべきだという方がかなりおられるようですが、機会があるごとに、私からその理由を聞いてもお答え頂けないのです。

 なお、健康・安全に関わる事務は国が行うという考え方は現行上とられていません。たとえば消防は市町村の事務です。行政の事務は、おおむね、できるだけ基礎自治体に近い自治体・国に配分し、事務を行うには行政区域が狭過ぎるという区域的、性質的制約により実施できない場合は、その次の広域自治体・国に配分するという考え方により事務配分がなされています(具体的基準は難しいのですが)。

 耐震偽装や食品安全と地方自治・分権を両方突き詰めて考えて頂ければ幸いです。

 なお、以上は一般論として関係法令から言えることであって、当該官庁が示している実務的対応と必ずしも同一ではない可能性があることを申し添えます。また、本稿は個人の責任において記したものであり、この記事に関して官庁に問い合わせ等しないでください。

About 高木正雄 6 Articles
中央官庁室長級 たかぎ・まさお 現役中央官庁官僚。6本以上の法案作成に関与。大学講師(食品・法学)兼務。編著書は法律解説書、雑誌記事他計20冊(件)以上。