製菓で拓いた道と勝ち取る星

327 映画「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」から

今回取り上げる「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」は、若き天才の呼声が高いフランスのパティシエ、ヤジット・イシュムラエンの自伝「Un rêve d’enfant étoilé : Comment la pâtisserie lui a sauvé la vie et l’a éduqué」をもとにしたフィクションである。

 ヤジットは2014年、22歳の時、「Gelato World Cup」(冷菓世界選手権)にフランスチームの一員として参加し、見事チャンピオンに輝いた。現在は自身のショップ「YCONE PARIS」を展開する他、世界各地の高級ホテルのスイーツ監修を務める人気パティシエとして活躍している。

 本作のみどころは、劇中に登場する垂涎のスイーツの数々。ヤジットと彼のチームは、この映画のために20種類、500個ほどのスイーツを作ったという。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

甘くもほろ苦い少年時代

 今でこそ成功をおさめたヤジットだが、そこまでの道のりは平坦ではなかったことが、本作では語られている。

 1998年、フランスのエペルネ、モロッコ移民の子として生まれたヤジット少年(マルワン・アメスカー)は、母親のサミア(ルブナ・アビダル)の育児放棄によって、パスカル(パトリック・ダスマサオ)とシモーヌ(クリスティーヌ・シティ)の里親夫婦に預けられていた。パスカルは、かつてパティシエを目指したことがあり、息子のマシュー(フェニックス・ブロサール)は現在パティシエを目指して修業中というスイーツ一家。部屋の壁にはM.O.F.(Meilleur Ouvrier de France。フランス国家最優秀職人)の称号を持つパティシエ、リュカ・マセナ(ジャン=イブ・ベルトール)の写真が貼られている。

 マシューにパティシエの卵の割り方を教わったり、パスカルからデコレーションのアドバイスを受けたりしながら、スイーツ作りの楽しさに目覚めたヤジット。“ある手段”で集めた材料でケーキを作り、実母に食べさせてあげようとするのだが……。その顛末は実際に映画をご覧いただきたいが、親子のすれ違いを感じさせる切ないシーンであった。

 マセナのモデルは1989年に史上最年少でM.O.F.を獲得したパスカル・カフェと思われる。実際にヤジットはパスカル・カフェのもとで修業しており、次章の内容はその頃のエピソードをもとにしているものと思われる。

技を示して教えを勝ち取る

ヤジッドのフォレ・ノワール。大きなサクランボをかたどった光沢と艶が見事なスイーツである。
ヤジッドのフォレ・ノワール。大きなサクランボをかたどった光沢と艶が見事なスイーツである。

 2006年、児童養護施設に移されていたヤジット(リアド・ベライシュ)は、パリのホテルの高級レストランの厨房での皿洗いとして、施設から180kmの長距離通勤を始める。シェフがヤジットが憧れるマセナだったからだ。厨房のミーティング中に皿洗いの音を立ててしまったヤジットは、マセナにクビを宣告されるが、クビにする前に僕をテストしてくださいと懇願。マセナのスタイルを真似た“フォレ・ノワール(黒い森)”を作ってみせる……。

 ヤジットの調理シーンは、周りの照明が落ちて音が消える中、ヤジットだけにスポットが当たるという映像表現で、ヤジットが“ゾーン”に入っていることを示すようなシーンになっている。プロの所作にこだわるヤジットの要望により、ヤジット役のリアド・ベライシュをはじめシェフ役の俳優たちは、事前の3カ月の研修を受けたという。

 ヤジットの作る大きなサクランボをかたどったフォレ・ノワールは、光沢とつやに独特の味わいがある。時間が立つと艶などが変化してしまうため、撮影では1テイク撮るごとに新しいスイーツと交換し、合計50個ほどを使ったという。食品のCMで艶を出すために油を塗ったり、実際の食品でも添加物によって光沢を出していることがあるが、本作の場合はヤジットの意向により、あえて手間のかかる素材そのままの艶を追求したという。

「素材を尊重しシンプルに」「厳選した素材を使え」「アーティストであれ、冒険家であれ、調香師であれ。トップノート、ミドルノート、ラストノートを意識しろ」……。ヤジットはマセナからさまざまなことを学んでいく。

 ヤジットは、自らの実力を証明するために、ショコラティエ・コンテストに挑戦しようと出品作品を完成させる。しかしコンテスト当日、またも“あの人”の邪魔が入ってしまうのである……。

耐乏を超えて見上げる星

 2014年、南仏コート・ダジュールのグランドホテルのレストランの厨房で、ヤジットはスーシェフとして働いていた。このレストランの日本人女性シェフ、サトミ(源利華)のモデルは、モナコの5つ星高級ホテル、メトロポール モンテカルロの「ジョエル ロブション モンテカルロ」(当時)でヤジットの同僚だった金井聡美であることを、ヤジット本人がインタビューで明かしている。ロブションがモデルとなったオーナーシェフも、重要なシーンで登場する。

 邦題になっているパリ・ブレストは、このホテルでヤジットの代名詞となったスイーツである。ヤジットのパリ・ブレストは通常のリングシューとは異なり、円盤状のチョコレートの中央に、艶やかなチョコレートでコーティングした半球形のスイーツが載るというもの。フォークで刺すとぱりっと割れて中からクリームがとろけ出すというもので、実業家のブシャール(パスカル・レジテミュス)ら常連客から人気を博していた。

 しかしヤジットの生活は苦しく、住居費節約のため海岸で野宿という有様だった。そんなヤジットをなぐさめるのは夜空に輝く星々と友人の存在。厨房仲間のマニュ(ディコシュ)といっしょに、映画「ロッキー2」の勝利のシーンについて語り合いながら見上げる星々は、ヤジットの目標であるシェフの栄誉である格付けの星と重なって見える。

 ヤジットの才能をねたむライバルの策略によって、ヤジットはレストランをクビになってしまうが、捨てる神あれば拾う神あり。新たなチャンスを得たヤジットは、パティスリー世界選手権に向けて挑戦を開始する……。

 この後の詳細は実際に映画をご覧いただきたいが、クライマックスの氷彫刻製作シーンで、観客席にいるはずのない“あの人”の姿が映ったことでヤジットがゾーンに入り、観客席が星空に変わる中、ヤジットが振り上げるチェンソーによって飛散する氷の粒が、まるで流れ星のように映る美しさは特筆しておきたい。

試練と挑戦は続いている

 成功をおさめたヤジットだが、本作の本国公開を翌年の2月に控えた2022年11月、詐欺容疑でパリ司法警察に逮捕されるというトラブルが起きる。後に容疑は晴れ、映画も無事公開されたが、イメージダウンによって失ったものが多かったことは想像に難くない。しかしヤジットにとっては、これまでの苦労の方が大きかっただろうし、ロッキー・バルボアのように不屈の闘志で頑張って欲しいものである。


【パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ】

公式サイト
https://hark3.com/parisbrest/
作品基本データ
原題:À LA BELLE ÉTOILE
製作国:フランス
製作年:2023年
公開年月日:2024年3月29日
上映時間:110分
製作会社:DE L’AUTRE COTE DU PERIPH
配給:ハーク
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:セバスチャン・テュラール
脚本:セドリック・イド
プロデューサー:ローレンス・ラスカリー
共同プロデューサー:ジャメル・ドゥブーズ、ロマ・ヴェルアエジェ
撮影:ピエール・デジョン
音声:マリアンヌ・ルシー・モロー
セッティング:アン・チャクラヴァティ
ミックス:ジャン=ポール・ウリエー
音楽:ブリス・ダヴォリ
編集:マリエル・バビネ
衣裳:ポーリーヌ・バーランド
キャスティング:デズ・エパーネ
原案・スイーツ監修:ヤジッド・イシュムラエン
キャスト
ヤジッド(6歳):マーウェン・アムスケール
ヤジッド(16~24歳):リアド・ベライシュ
サミア:ルブナ・アビダル
シモーヌ:クリスティーヌ・シティ
パスカル:パトリック・ダスマサオ
マシュー:フェニックス・ブロサール
サミー:サイド・ベンシナファ
アルバン:アニ・マンスール
マセナ:ジャン=イヴ・ベルトルート
サトミ:源利華
ジュリアン:エステバン
マニュ:ディコシュ
ブシャール:パスカル・レジテミュス

(参考文献:KINENOTE、「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」パンフレット

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。