土壌微生物の逆襲

中国でのチャ栽培(山東省で)
中国でのチャ栽培(山東省で)
中国でのチャ栽培(山東省で)
中国でのチャ栽培(山東省で)

今回も、一休みの続きで、お茶と微生物についてのお話をしましょう。体系立てたお話としては雑談ですが、もちろん土に関するお話です。

なじみのない微生物が起こす問題

 5月にユッケによる食中毒が発生し大きな問題となりました。腸管出血性大腸菌のO111によるものでした。また、現在欧州ではドイツを中心にやはり腸管出血性大腸菌のO104の感染が拡大し、大問題になっています。

 さて、腸管出血性大腸菌と言えば、私たちがこれまでよく聞いていたのは、O157というものでした。また、無害な大腸菌もたくさんあります。同じ大腸菌でもいろいろな種類があるということですね。

 O157などによる食中毒は比較的新しい問題ですが、この菌自体は以前からあったと聞きます。一方、新しい性質を持った菌の登場が現場を困らせているという話も聞きます。

 たとえばMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)というバクテリアは、黄色ブドウ球菌のうち抗生物質メチシリンなどの薬剤に対する耐性を持ったものですが、これの出現には薬剤の多用が関係しているという意見があります。

 そこで連想するのは、チャ栽培を脅かすある菌のお話です。

アンモニア態窒素を吸うチャ

 まず、チャというものについて説明しておきましょう。

 日本で栽培されているチャは中国から伝わってきたもので、現在の栽培面積は全国でおよそ5万haほどあります。米が栽培されている水田は約200万haですから、それに比べれば少ない。それは、主食ほどには需要がないということもありますが、チャの適地は限られるという事情も無視できません。

 茶園に向く土地は、たいへん特殊な土壌の土地です。つまり、非常に強い酸性土壌ということです。

 酸性と聞くと、つい酸っぱい酢を思い浮かべるかもしれませんが、土の酸性というのは、そういうこととは少し様子が違います。しかし、ここではあえて触れずに先に進みます。

 とにかく、酸性土壌であることが都合よく働いて、茶園はうまく成り立ってきました。

 その仕組みは、茶のうまみ成分が出来るところから説明する必要がありそうです。

 チャというものは、植物の中では変わり者です。

 畑の作物はみな、窒素を硝酸態窒素という形で吸収するもので、それを好みます。ところがチャは、アンモニア態窒素を吸収するのです。同時に好むということでしょう。

 しかしこのアンモニアは、多くの生物にとって毒物の一つです。多くの植物にとって、土壌中のアンモニアは障害の元の一つです。私たち人間を含む動物にとっても体内では毒物であり、そのため動物は特別の方法でアンモニアを体外に排泄しています。

 チャにとっては毒ではないのかというと、そうではありません。チャにとっても毒です。そこでチャは、アンモニア態窒素を吸うと、体内でアンモニアをテアニンという無毒な物質に変化させて、この問題を解決しています。

 テアニンがアミノ酸の一種であること、これがお茶のうま味の元になるものであることは、ご存知の方も多いでしょう。

酸性土壌はアンモニア態窒素を保ってきた

 さて、チャにはアンモニアが必要だということがわかりました。それと酸性土壌とは、どういう関係があるのでしょうか。

 土の中で窒素がアンモニア態窒素という形であり続けるには、ある条件が必要です。それは、硝酸化成菌というバクテリアが活動しないことです。このバクテリアは、アンモニア態窒素を硝酸態窒素に変えてしまうのです。

 そして、硝酸化成菌はpHが低い、つまり酸性の条件では活動しないことが特徴です。だいたいpH5.5以下では働きません。茶園はpHが3~4ぐらいが普通です。このような酸性土壌では、硝酸化成菌は活動せず、アンモニア態窒素は硝酸態窒素にならないということです。

 これはチャにとってはたいへんに都合のよいことです。チャは好みのアンモニアを安定して吸収し続け、そのアンモニアをテアニンに変え、私たちはおいしいお茶が手に入れ続けてきたわけです。

 ところが、茶園にもとんでもない特徴を持ったバクテリアが登場しました。酸性土壌でも活動する硝酸化成菌です。これが入った茶園は悲惨なことになります。

 従来、チャの栽培はどうやってきたかというと、窒素肥料をたくさん与え、フォアグラのような発想でどんどん肥やしてきました。これには、アンモニア態窒素があることと保水効果も狙って未熟堆肥も用いました。

 ところが、せっかく与えたアンモニア態窒素が硝酸態窒素に変化してしまうと、困ったことになります。

 アンモニア(NH3)は水に溶けると水素イオン(H+)と結合してアンモニウムイオン(NH4+)になります。これは陽イオンなので、負に荷電している土のコロイドに吸着します。ところが、硝酸イオン(NO3)は陰イオンなので、土のコロイドに吸着されません。すると、チャが吸収しない硝酸態窒素は、茶園の土に留まることなく、流亡することになります。

 このため、従来はいくら窒素肥料を多投しても茶園の土から流れ出ることはなかったのに、酸性土壌中でも活動する硝酸化成菌が出現してからは、大量の硝酸態窒素が流れ出るようになってしまったのです。

 この硝酸が茶園のある地域の地下水から検出されるようになります。これが有害だということで、茶園の窒素施用量の制限を余儀なくされるということになりました。このことは、農業が環境問題の原因の一つであることを最初に知らされた出来事だと思います。

大産地での連作の負荷を考える

 私は、この酸性土壌でも活動する硝酸化成菌の登場は、とくに近年の施肥の強引さが関係していると見ています。また、使用する薬剤をどんどん強くしていかないと土壌病害が抑えられなくなるという困った現象も起きていますが、こうした土壌病原菌の変化も、硝酸化成菌の場合と同じような変化と見ています。

 さらに広げて考えれば、チャ以外の作物についても、大産地での連作、強引な施肥や薬剤の多用は、土とそこに暮らす微生物にとって、たいへんな負荷であるこということも、考えておく必要があると思います。

関祐二
About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。