世界の先端バイオ技術を無視し、発言しない日本の生産者の責任

日本国内で販売される農薬には登録制度があり、すべての生産者は、その制度に従った適切な使用が求められる。今はそんなことはないだろうが、かつては現場で農薬使用の解釈に悩むこともあったようだ。ダイズ栽培では、雑草管理次第で収量が決まることは前回述べたが、どんな除草剤を使えば、生産者に最大の効果をもたらすかは、最終的に生産者自らの農薬選択による。

 一般的なダイズ栽培において、北海道よりも地理的に緯度が低くなれば広葉の雑草よりもイネ科の雑草が繁茂しやすく、北海道のような緯度が高い地域はイネ科の雑草よりも、広葉の雑草が発生しやすい。緯度が低くても温度や光の照射量が十分なので、葉の狭いイネ科でも十分育つが、緯度が高くなると逆に生育期間が短いので、葉が大きい広葉の雑草が多くなると聞く。雑草と簡単に呼ぶが雑草“ご本人”はしっかりした植物なので、その地域の環境に対応して、生き延びようとするのだろう。

 つまり、北海道のダイズ栽培では、広葉と呼ばれる雑草退治ができれば安定した収量が見込まれるが、この作業を確実に現場で行うのは言うほど簡単ではない。最初にお断りしておくが、農薬を使用しない無農薬、有機栽培には興味がないので、この雑草問題を解決するために除草剤が登場することになる。

 ダイズが3葉期にダイズバサグラン液剤(ベンタゾン)(1、2)を使用することで多少ダイズに薬害は生じるが、多くの広葉雑草を退治することが出来る。同じバサグランでもダイズ用ではないバサグランもあり、これは(3、4)イネ、ムギ類、コーン類などには薬害をほとんど生じさせない農薬だ。

 2つの同じと思われるバサグランの歴史をひも解くと、面白いことが分かる。B社のムギなどに使用されるバサグラン液剤とダイズに使用されるバサグラン液剤の化学物質名は同じ。含有量も同じでCAS番号も同じだが、農林水産省の登録番号は違う。ダイズに使用されるバサグランは「大豆バサグラン液剤ナトリウム塩」とずいぶんご立派な名前を持つ。同じ化学物質名のベンタゾンであっても、ダイズ用と名が付くと価格は20%くらい高い。現場では、なぜ同じ化学物質名なのに、価格が高い方を使用しなければならないのか悩む。と言うより、正直言って憤慨することが多いのだ。

 もちろんダイズに使用できるようにメーカーさんは長期間、安全性確認のために莫大な経費を投じてきたことは理解できるが、このようにあからさまに価格に差をつけて販売することに驚く。もし、一般バサグランをダイズに使用すれば、法律上は違反になるのだろうが、農薬の残留量を調べたら、食の安全性を考えた場合、この2つのバサグランにどんな違いがあり、どんな問題があるのか興味深い。

 実は、もっと価格の差が大きいのかもしれない。製造会社名は覚えていないが、バサグランが登場した時には“液剤”ではなく粉状の“水和剤”で、有効成分も現在の40%ではなく50%。当時の価格は、液剤と水和剤とで、同じだったと記憶する。算数が苦手な人でも簡単に分かるだろう。水和剤50%が同じ価格で液剤40%になり、ダイズ用のものはさらに20%高いことになる。もし3種類のバサグランが同時期に販売されていたら、生産者はこの3種類の中から正しい選択が出来るのであろうか。

 ここからの話は時効であることを祈りながら話すことになるが、実はダイズバサグランが登録されたのは数年前のことで、それ以前はダイズに使用できなかった。もちろん私は法律を守っていたと記憶するし、現在では100%の生産者が関連法令を遵守しているが、20年くらい前の一部の現場では、現在とは少し違っていたようだ。つまりどこかの誰かが、「多少薬害があってもダイズにこのバサグランを物理的に使用することができる」と発言したのだ。それは誰か?

 答えは公的な農業機関である。私もご本人達から、1970年台後半頃、米国ではダイズにバサグランを“どのタイミングで”“どのくらいの量”使っていたといった情報を、しっかりと聞いていた。多くの北海道の生産者は、あのような公的な機関の大先生が発言するのだから間違いないということで、当時は使用する者がいたとしてもおかしくないだろう。それくらい北海道のダイズ栽培において、広葉雑草対策は重要なことなのだ。

 米国で遺伝子組換え(GM)ダイズが普及する前の90年頃に、シカゴ郊外のD社というダイズ種苗会社を訪れた時、面白い話を聞いた。私が「バサグランに薬害がある品種はマーケットに登場しますか」と尋ねた。種苗会社の担当者は「バサグランを含め薬害があり、収量に影響する品種は育種段階で排除されます」と発言したことを覚えている。その当時(90年)頃は、北海道では多くのダイズ品種があったが、バサグランに薬害が少なく、収量性が高いといった条件が合うダイズ品種は限られていた。あくまでも私の個人的な意見ではあるが、日本古来の品種はこのバサグランに弱く、海外の品種を用いた新しい品種は薬害が少なく収量性が高いと感じる。同じく当時の北海道のダイズ育種家にも同じ質問をした記憶がある。

 答えは「北海道ではバサグランに薬害があるかどうかで育種をしていない」と発言されたが、現在ではバサグランの薬害が少ない品種が登場しているのを見ると、このような新品種の開発に向けた努力には頭が下がる。

 主たるダイズ生産国の米国では、30年以上前からダイズにバサグランを使用しており、現在もNon-GMダイズの多くはこの農薬を使用されていると現地の生産者から聞く。一方、なぜ日本では登録に25年以上の時間がかかったのか考えてみたい。

 常識的に考えると、米国で販売されているバサグランと現在国内で販売されているバサグランに化学的な違いはないのだろう。一番の違いはマーケット。つまりスーパーでダイズを買う消費者マーケットではなく、バサグランをダイズに使う生産者側のマーケットが国内にはその当時存在しなかったのだろう。

 私の母の出身である香川県では昔、ダイズは田んぼの畦に栽培していたそうだ。そのような片手間で栽培されたダイズが現在、北海道では、5haから私のように50haを超える生産者が登場する。昔の自家用で余ったダイズを販売する時代から、本格的な商業生産になったとも言える。特に農水省においても、水田から畑作に移行する転作田においてダイズやムギに重点的に予算配分されていることからも、将来はもっと専業的に100haを超えるダイズ栽培農家が登場するのは時間の問題であろう。その時に今回のバサグランのみを使用した除草体系で、雑草管理を行うことには多少、無理が生じることになり、やはりバサグランよりも薬害がなく、広葉をコントロールできる除草剤、そして早くGMダイズの登場が期待される。

 なぜならば、水田からのダイズ転作田で目立つ「ツユクサ」「スギナ」などの雑草は現在の技術や現在登録ある農薬では完ぺきにコントロールできない。そして今年から米国では、グルホシネート耐性のダイズが販売されているらしい。

 この日本名「バスタ」の非選択性除草剤は先ほどの「ツユクサ」「スギナ」をほぼ100%コンロールすることができる。正直うらやましいと思う。きっとダイズバサグランのように25年掛かってこのGMダイズが登場するのかと考えると、はたして生産者のためだけではなく、この失われる時間は国内のダイズ消費者の利益になるのだろうかと考えさせられる。またバサグランの様に昨日まで登録がなかった農薬が今日登録になれば食の安全・安心につながるのか? 確かにその矛盾を解決する方法の1つがポジテイブ・リストなのかもしれないが、なぜか釈然としないものがある。

 間違いなく米国で起きた農業問題やその対策は、この日本でも起きる。今回のバサグランの登録や価格差、バイオ作物の遅れの責任は誰にあるのだろうか。ダイズバサグランを高い値段で販売できるメーカーか、それともその事実を知って登録させた農水省なのか。

 間違いなく言えることは今、米国だけではなく、世界で起きているバイオ技術の普及している事実を無視続け、発言しない国内の生産者の責任は大きい。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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西南農場有限会社 代表取締役 みやい・よしまさ 1958年北海道長沼町生まれ。大学を1カ月で中退後、新規就農に近い形で農業を始め、現在、麦作、大豆作で110ha近くを経営。遺伝子組換え大豆の栽培・販売を明らかにしたことで、反対派の批判の対象になっている。FoodScience(日経BP社)では「北海道よもやま話」を連載。