硝酸態窒素が増える問題の本質

さて、硝酸態窒素が人体の中でどのように亜硝酸に変化するのかがわかってきたのは、ここ20年ほどのことのようである。硝酸態窒素は問題であるとして取り上げられるようになった1940年代には、はっきりとわかっていなかったらしい。

硝酸態窒素の危険性についての学界の評価

 この最近の研究成果や硝酸態窒素の危険性について詳細に書かれている書籍があるので、興味のある方は読んでいただきたい。

「硝酸塩は本当に危険か――崩れた有害仮説と真実」(J.リロンデル、J.-L.リロンデル共著、越野正義訳、農文協)

 こうした書籍等の情報によれば、硝酸態窒素の害については、実ははっきりしていない部分があるようだ。上掲書によれば、より問題となるのは硝酸態窒素そのものの量以外のことである。つまり、衛生面の問題から硝酸還元菌が増殖していると、上記のような症状を引き起こすという。亜硝酸を作り出す元は硝酸態窒素であるが、硝酸還元菌が働かなければ亜硝酸に還元される危険性は非常に少ない。また、発がん性についても、はっきりしていないと複数の研究成果を紹介している。

 硝酸態窒素の危険性については、学界ではこのような反論が出ている。そして多くの科学者は、野菜の健康への貢献を考えれば、過剰に硝酸態窒素を恐れるよりも野菜を十分に摂って健康維持に役立てるべきだ、という点でおおよそ一致しているようだ。

 硝酸態窒素の問題を恐れるよりも、健康維持を優先して農産物を摂るべきだろう。

 私見を述べると、野菜などの農産物を普通に食べている中で、その硝酸態窒素がヒトの健康に影響を与える可能性は、ほとんどないだろう。むしろ、上掲書でブルーベビー症候群については井戸水の衛生面が問題だったとしている点に注目したい。農産物の硝酸態窒素の濃度を心配するよりも、食品の衛生面に注意することが重要だ。そもそも作物の必須栄養素である硝酸態窒素を恐れていたら、農産物を食べることは不可能だ。

硝酸態窒素が多いものは品質上問題がある

 改めて記すが、硝酸態窒素はほとんどの農産物に必須の栄養であり、必要以上に恐れる必要はない。また、過剰に硝酸態窒素を含んだ野菜は、食べて害があるかどうか以前に、まずい。そして栄養価が低い可能性が高い。その上、日持ちしない。だから、硝酸態窒素は低いに越したことはない。生産者はブルーベビー症候群の元となるかどうかを心配する以前に、栽培技術の問題として硝酸態窒素の過剰を避けるように考えるべきだ。

 過剰に硝酸態窒素を含んだ野菜はまずいというのは、印象で述べているのではない。筆者が現場で調査した範囲でのこととなるが、おいしさの一つの指標となる糖度は、作物が含む硝酸態窒素の量と反比例する傾向にある。硝酸態窒素が高いと糖度が上がりにくい。つまり、硝酸態窒素が高いと糖度が低くまずくなる可能性が高くなるのだ。また、実際に他と比較してみても、日持ちがしない。

 さて、ここで硝酸態窒素について説明してきたのは、その問題そのものの話をお伝えしたいのではなくて、「硝酸態窒素が化学肥料の使用によって増えている」という間違った認識を正す前置きとしてであった。

 というのも、多くのWebサイトで「化学肥料のせいで農産物の硝酸態窒素が高くなる」と言い切っているのだ。

 たとえば、多くの方が参考にしているWikipediaにも「植物は硝酸態窒素のみしか、根から吸収して利用できないため、窒素固定菌がいない環境では生育できない。これを補うため、窒素肥料の中には硝酸態窒素が大量に含まれている」(2013年1月30日現在)などと間違ったことが書かれている。

 窒素肥料の代表的なものである「硫安」は、硝酸態窒素ではなく、アンモニア態窒素を含んでいる。「尿素」肥料は尿素の形で窒素を含んでいる。硝酸態窒素の形で窒素を含む肥料は少ない。その理由は簡単だ。コストが高いからである。

“窒素の過剰=化学肥料のせい”ではない

 次に、「化学肥料を使用するから農薬の使用が増える」「化学肥料を使用すると虫がつきやすい」という主張の誤りについて説明する。

 実は、これが正しいと感じさせる現象は確かにある。化学肥料をたくさん使った畑で虫が多く発生し、農薬を使って防除せざるを得なくなるという現象である。

「それ見たことか」と考えるのは早計である。なぜこうなるかを正確に把握することが必要だ。

 窒素肥料を過剰に施すと、作物が吸収した硝酸態窒素を体の中で分解する作用が追いつかず、作物中の硝酸態窒素が増える。こうなった作物には虫が付きやすくなる、というとらえ方が正しい。そして、この場合の窒素肥料とは、化学肥料であろうと天然物由来のもの、堆肥であろうと、結果は同じことである。つまり、原因は「化学肥料を与えたから」ではなく、「窒素を与え過ぎたから」ということだ。

 日本では、作物中の硝酸態窒素が多いとアブラムシがつきやすいという研究結果がある。また、海外ではアブラムシ以外の虫も、硝酸態窒素が多いと付きやすいという研究結果があると聞く。筆者自身のこれまでの現場での経験でも、作物中の硝酸態窒素が増えると虫がつきやすく、病気になりやすいということはよく見られる現象だ。雨が多いなど気象条件が悪いとき、硝酸態窒素が多いと作物自体が倒れてしまうこともある。

 現場の経験からさらに言えば、作物中の硝酸態窒素が増えるケースは、化学肥料を使っている現場でよりも、堆肥を過剰に使っている現場でのほうが多く見られる。

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About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】