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雑感「日経レストラン」休刊

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先週、フードサービス向けの経営情報誌「日経レストラン」(日経BP社)が2016年3月号をもって休刊するという発表がありました。

 記者OBとしてたいへん残念に思います。

「日経レストラン」休刊のお知らせ(日経BP社)
http://corporate.nikkeibp.co.jp/information/newsrelease/20160107.shtml

「日経レストラン」は1988年10月に創刊されました。私は1996年に日経BP社に入社して同誌の記者となりましたが、実はその前の1989年4月に柴田書店に入社し、同社の月刊誌「喫茶店経営」(現「café-sweets」)編集部に配属され、その夏に「月刊食堂」編集部に異動となり、外食産業の記者生活を始めていました。

「日経レストラン」創刊当時、関係者の合い言葉は「打倒『月刊食堂』」「打倒柴田書店」で、そのことは柴田書店にももちろん伝わっていました。ただ、それで迎え撃つ柴田書店の一同が闘志を燃やしていたかと言えば、少し違っていて、どちらかというと“なめていた”のです。「こちとら1961年創刊、日本の外食産業草創期からの専門誌であるぞよ」という風で、相手のことをよく調べもせず、根拠不明な自信だけで突き進んでいたように思い返します。

 そして、柴田書店側からしてみれば“案の定”という印象になりますが、「日経レストラン」は創刊からほどなくして「チェーン専門誌からの撤退」という舵を切りました。当初は外食産業=チェーン志向の読者を対象としていたわけですが、それをやめたのです。なぜかと言えば、外食産業の場合、チェーンは店舗数や従業員は多くとも、仕事の本・雑誌を読む人は一部に限られていて、雑誌の市場としては実は小さかったのです。

 そこで新たに読者として重視したのが、中小の飲食店経営者でした。こちらは全体の店舗数はチェーンよりも多く、そして経営者は仕事の本・雑誌を読む率が高いのです。そして、その人たちに望まれる記事は、チェーンの経営者にも望まれる記事なのです。賢明な判断でした。

 一方の柴田書店は、ライバルでもあり同士筋でもある商業界と並んで、日本の外食業にチェーンを普及してきたという自負があるものですから、看板雑誌「月刊食堂」はあくまでチェーン志向でした。しかし、職人に対しては「専門料理」を、中小飲食店に対しては「喫茶店経営」「居酒屋」という月刊誌をそろえ、情報ニーズに応えていました。

 ところが、チェーンの攻勢や折からのバブル景気の中で異業種からの参入にさらされるなか、個人経営の喫茶店が減りはじめ、「喫茶店経営」の販売部数にも陰りが出てきました。一方、「居酒屋」は非常に人気のある経営情報誌で堅調でありながら制作コスト(とくに視察・試食費)が莫大にかかり、編集者の健康問題も生じていました。結局、柴田書店は「居酒屋」「喫茶店経営」を相次いで休刊してしまったのです。

 そこで“がら空き”となった中小飲食店の情報誌マーケットを、「日経レストラン」がやすやすと手に入れ、同誌は軌道に乗ったと言えるでしょう。

 さて、「月刊食堂」に在籍していた私は、若手の役割として労働組合の執行部の一員でもありましたが、その役割を務めるなかで、当時、会社は経営的に難しい局面にあること、しかもその原因の少なくない部分は労働組合の過剰な要求とそれを突っぱねられない経営陣の弱腰にあることが見えて来ました。細かな経緯は省きますが、結局、私は労組執行部の立場を超えて、当時の社長に直接リストラ(早期退職の募集)を提案し、“言い出しっぺ”として適用第一号として退社しました。

 その後全く分野の異なる出版社に勤めましたが、いろいろな偶然が重なり、縁あって日経BP社に採用され「日経レストラン」に配属されました。かつてのライバル誌の仕事をすることに、当初戸惑いがなかったとは言いませんが、「月刊食堂」の同僚で労組執行部のメンバーでもあった人からしっかりやれよという風に言ってもらえたことに勇気づけられました。そして、「日経レストラン」編集部では温かく迎えていただき、諸先輩方は一筋縄でいかない私に大いに手を焼きながら、たくさんの大切なことを丁寧に教えてくれました。

「日経レストラン」編集部で驚き感心したことはいくつもありますが、大きなものは2つあります。1つは、徹底して読者の声に耳を傾け確実に応えていく姿勢でした。これには他誌でも行っている読者アンケートも使いますが、コンテストや交流会などのイベントで直接読者と話す機会も多く作っていました。

 その結果、記事の内容にも大きな特色を生んでいました。それは、繁盛店や成功モデルの紹介だけでなく、伸び悩んでいる店、つぶれかかっている店にも取材し、経営者が何を悩み、考えているか、それをどう解決すべきか、どう解決したか、という記事も積極的に展開していたのです。私自身、この取材経験がなければ、この仕事に対する外野なりのシンパシーというのは深まっていなかっただろうと思います。

 もう一つは、コストのかけ方と絞り方の管理の妙です。編集・制作ではムダ取りをしてスリム化しながら、取材や読者との接点づくりにはしっかりお金をつかう。その呼吸は当時の編集長が大切にしていて、各記者もそれを身に付けていました。

 これをあのときやっていればと、私は大いに反省し、同時にかつての職場での働き方を悔い、申し訳ない気持ちになりました。

 当時の柴田書店の経営のことを取引銀行も心配していました。そのなかで、ある銀行は柴田書店に他社資本を入れて経営陣を入れ替え、業務改革を行って再生するプランを立てたのでした。その相談が、実は日経BP社にもいっていたことが、これは「日経レストラン」編集部以外の筋の情報で後でわかりました。それに対する調査で出た答申のなかに、やはり労働組合が強すぎるというものがあった由。結局日経BP社はこの話に乗ることはありませんでした。

 これについては、もしもを考えても仕方がないので判断の是非は言いませんが、銀行というものはそのように動くものなのだということが、強く印象に残りました。経営者も社員も知らない間に、株も持っていないのに、その会社の持ち主とあり方を変えることを秘かに企てることがあり得るということです。その後、各地で起こった食を巡る“不祥事”に絡んで旧経営陣が退陣するようなニュースを聞くたびに、そのことを思い出して「もしや」などと暗い気持ちになったものです。

 フードサービスに関するビジネス情報誌では、昨年、商業界が「飲食店経営」を売却するというニュースがありました。これらをもって、この分野の雑誌経営が難しい時代になったと考えることは間違っていないでしょう。しかし、何かの失敗や困難を経営環境のせいだと考えているだけでは何も変わりません。レビューし検証すべきはミクロのいきさつです。残る同分野他メディアは、その教訓を生かしていかねばなりません。食ビジネスの情報ニーズはあるのですから。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

執筆者

齋藤訓之
齋藤訓之
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。「FoodScience」(日経BP社)では「食の損得感情」を連載。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ → ※齋藤訓之のブログ →