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「オデッセイ」の有機ジャガイモ

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今回は現在公開中のSF映画「オデッセイ」に登場する火星産の「完全有機栽培」ジャガイモを取り上げる。

赤い砂漠の「ロビンソン・クルーソー」

 本作は無名の新人作家アンディ・ウィアーが自身のウェブサイトで発表した小説「火星の人」(早川書房)を原作に、「エイリアン」(1979、本連載29回参照)、「ブレードランナー」(1982、本連載8回参照)などのリドリー・スコットが監督した火星を舞台にした近未来SF映画である。

 NASA(アメリカ航空宇宙局)による3度目の有人火星探査ミッション「アレス3」で6人の宇宙飛行士が火星のアキダリア平原に着陸して16ソル(火星の1日の単位、1日は24時間39分)目、予測を越えた猛烈な砂嵐によって一行は任務の中止を余儀なくされ、船長のメリッサ・ルイス(ジェシカ・チャステイン)は撤退を決断する。ところが撤退の途中でクルーの一人マーク・ワトニー(マット・デイモン)に突風で飛んできたアンテナの部品が突き刺さり、彼は吹き飛ばされ砂塵の中に消えてしまう。限られた時間の中で仲間たちは必死の捜索を試みるが彼は発見されずに死亡と判断され、残された5人のクルーはMAV(Mars Ascent Vehicle、火星上昇機)で火星を脱出し、衛星軌道上の母船ヘルメスで地球への帰途につく。

 ところがワトニーは奇跡的に生きていた。彼は自力で居住モジュール「ハブ」に戻り、体に刺さったアンテナの部品を自力で摘出し、九死に一生を得る。

 スコット監督の2012年作品「プロメテウス」にもヒロインの宇宙飛行士が自らを手術して寄生体を取り出す場面があるが、「エイリアン」のリプリーや「ブレードランナー」のデッカードと同様に今回のワトニーもサバイバル能力に長けていることがわかるシーンである。そして地球から2億2530万km離れ、平均気温はマイナス55℃、通信手段なし、水、酸素、食料などは31日の滞在用、次の探査ミッションである「アレス4」が到着するのは4年後という、南極よりも過酷で死と隣合わせの状況に、彼が無人島にひとりぼっちで取り残されながら知恵と工夫で生き延びたロビンソン・クルーソーのように立ち向かっていく姿に、説得力を与えている。

土、水、そして作物

 まず生きていくために最も必要な食料は、31日の滞在用に6人分備蓄されているので、予備も含めて切り詰めれば1年は保ちそうだった。問題はあと3年分をどうするかだが、幸いにもワトニーは植物学者兼メカニカル・エンジニアで、「サワー・クリーム・チキン」など宇宙食がほとんどを占める備蓄食料の中から見つけ出した生ジャガイモを種イモにして栽培し増産させることを考える。

マーク・ワトニーが人類史上初めて火星に作ったジャガイモ畑

マーク・ワトニーが人類史上初めて火星に作ったジャガイモ畑

 そのためには養分を含んだ土と水が必要だ。ここで誰もが考えるのは排泄物の利用である。ハブのトイレは大便をパッキングして真空乾燥する構造になっており、彼は水で戻した大便を実験用に持ち込んだ地球の土と混ぜてバクテリアの活動を促し、植物が吸収できる養分を含んだ“有機肥料”化し、ハブのユニットに火星が赤く見える所以である無機質の土を敷き詰めた温室に撒いて種イモを植えていく。火星には生命が存在しないため、この危機的な状況で病害虫や雑草の心配がない真の意味での有機農業が、地球では考えられない容易さで達成されてしまうあたりは皮肉と言える。

 ワトニーは次に、農業用水を確保するため、あることを試みる。いったんは失敗するものの、工夫を経て成功。無事収穫の時を迎える。

楽観主義が好結果を生む

 当面の食物の見通しが立ったら、次は地球との交信だ。しかし砂嵐の際にアンテナを失ったアレス3の通信機器は使いものにならず、ワトニーは“プランB”を検討する。

 ある“有りもの”を利用したプランB。それによって生還への希望が見えてきた矢先、ハブに事故が発生。ワトニーは絶対絶命のピンチに陥ってしまう。その後、彼を救うのにある食材が大きな役割を果たすのだが、それが何かは、本編を観てのお楽しみである。

 作品を通して言えるのは、この上なく絶望的な状況なのにワトニーが希望を失わずにいられたのは、人類の知恵の象徴である科学技術を信じてジョークを交えながら明るく振舞うポジティブ思考が大きかったということである。それもあってシリアスな作風の多いリドリー・スコットとしては意外なほど楽観的な作品となっている。

 ワトニーを演じたマット・デイモンは、「ボーン」シリーズ(2002~)のジェイソン・ボーン役で人気を博し、ルイス船長役のジェシカ・チャスティンは、「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012)でゴールデングローブ賞の女優賞(ドラマ部門)を受賞した実績を持つ。この2人、2014年製作、クリストファー・ノーラン監督のSF映画「インターステラー」にも出演しているが、今回とは対照的な役柄なのでぜひこちらもチェックしていただきたい。

 本作は今年度第88回アカデミー賞の7部門(作品賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、視覚効果賞、録音賞、音響効果賞)にノミネートされている。近年は第86回で監督賞(アルフォンソ・キュアロン)を受賞した「ゼロ・グラビティ」(2013)、第87回で視覚効果賞を受賞した「インターステラー」など芸術性の高いSF映画が相次いでおり、本作もその1本と思われるので結果が楽しみである。

【編集部より】当初の原稿に見直すべき部分があると考え、著者に改稿を依頼しました。本稿はその改訂版となります。最初の公開時の編集部の査読が不十分でありましたことをお詫びいたします。


【オデッセイ】

公式サイト
http://www.foxmovies-jp.com/odyssey/
作品基本データ
原題:THE MARTIAN
製作国:アメリカ
製作年:2015年
公開年月日:2016年2月5日
上映時間:142分
製作会社:Twentieth Century Fox Film Corporation, TSG Entertainment, Scott Free Productions
配給:20世紀フォックス映画
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:リドリー・スコット
原作:アンディ・ウィアー
製作総指揮・脚本:ドリュー・ゴダード
製作:サイモン・キンバーグ、リドリー・スコット、マイケル・シェイファー、アディティア・スード、マーク・ハッファム
撮影監督:ダリウス・ウォルスキー
プロダクション・デザイン:アーサー・マックス
音楽:ハリー・グレッグソン・ウィリアムズ
編集:ピエトロ・スカリア
衣裳デザイナー:ジャンティ・イェーツ
VFXスーパーバイザー:リチャード・スマターズ
キャスト
マーク・ワトニー:マット・デイモン
メリッサ・ルイス:ジェシカ・チャステイン
リック・マルティネス:マイケル・ペーニャ
ベス・ヨハンセン:ケイト・マーラ
クリス・ベック:セバスチャン・スタン
アレックス・フォーゲル:アクセル・ヘニー
テディ・サンダース:ジェフ・ダニエルズ
アニー・モントローズ:クリステン・ウィグ
ミッチ・ヘンダーソン:ショーン・ビーン
ビンセント・カプーア:キウェテル・イジョフォー
ミンディ・パーク:マッケンジー・デイヴィス
リッチ・パーネル:ドナルド・グローバー
ブルース・ン:ベネディクト・ウォン

(参考文献:KINENOTE)

執筆者

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。