ビクトル・エリセ作品の中の果物

逃亡兵にリンゴを手渡すアナ(絵・筆者)
逃亡兵にリンゴを手渡すアナ(絵・筆者)
逃亡兵にリンゴを手渡すアナ(絵・筆者)
逃亡兵にリンゴを手渡すアナ(絵・筆者)

収穫の秋、色とりどりの果物が店頭に並ぶ季節である。今回はスペインのビクトル・エリセ監督の作品に登場する果物を見てゆく。

「ミツバチのささやき」のリンゴ

 ビクトル・エリセは1968年にオムニバス映画「挑戦」の一編でデビューして以来、長編を三本しか発表していないという寡作ぶりで有名な映画作家である。

 その貴重な長編第一作である「ミツバチのささやき」(1973)はスペイン内戦終結直後の1940年、中部カスティーリャ高地の小さな村を舞台にしている(この時代背景は第26回参照)。

 6歳のアナ(アナ・トレント)は、父母と姉のイサベル(イサベル・テリェリア)の4人家族。父のフェルナンド(フェルナンド・フェルナン・ゴメス)は養蜂を生業としながら1日の大部分を書斎で過ごし、母のテレサ(テレサ・ジンペラ)は遠く離れた誰かに宛てた手紙を書き続けている。知識層である彼らの沈黙が時代の重苦しい雰囲気を感じさせる。

 ある日、巡回映画館が村にやって来て、アナはイサベラと1本の映画を観る。その映画「フランケンシュタイン」(1931)でフランケンシュタイン博士※(コリン・クライブ)が創造した怪物(ボリス・カーロフ)が湖のほとりで花を摘む少女と出会い、花をもらった怪物が少女を殺してしまうシーンに彼女はショックを受け、姉になぜ怪物は少女を殺したのかと尋ねる。姉は妹に、映画は全部作り物で少女は死んではおらず、怪物の正体は精霊で村の外れの一軒家に隠れているのだと教える。

 折しも人民戦線軍の残党らしき逃亡兵が列車から飛び降りて、その一軒家に潜伏しているところをアナが見つけてしまう。

 彼女が恐怖を覚えつつも、飢えた兵士にリンゴを手渡すシーンは、「フランケンシュタイン」で怪物に花を手渡した少女と重なり、アナの純真を絵に描いたようなつぶらな瞳も相まって、感動的なものとなっている。

※一般に「フランシュタイン」が怪物の名であるかのように誤解されていることが多いが、フランシュタインは怪物を創造した博士の名前である。

「マルメロの陽光」のマルメロ

アントニオはマルメロの位置を正確に測るために果実に印を付けていく(絵・筆者)
アントニオはマルメロの位置を正確に測るために果実に印を付けていく(絵・筆者)

 エリセの長編第三作である「マルメロの陽光」(1992)は、現代スペインを代表する画家、アントニオ・ロペス・ガルシアの創作過程を追ったセミ・ドキュメンタリーである。

 マルメロは南ヨーロッパ原産の落葉樹で、中国原産のカリンと似ているが、花の色や果実の表面が毛に覆われていることなどが異なっている。果実が固いため生食はできず、皮を砂糖漬けにしてマーマレードにするか、果実酒の原料として利用されている。

 本作は、写実的な作風で知られるアントニオが、マドリッドの自宅アトリエの裏庭に植えられたマルメロの樹に「マルメロの陽光」と呼ばれる夏を思わせる9月の日差しが降り注ぎ、黄金色に染まった果実を描く夢に毎年挑み続ける姿を、秋から冬へ季節が移り変わる中で日々克明に綴っている。

 まず彼は油絵から描き始めるのだが、その準備が半端ではない。イーゼルの位置と自分の立ち位置を固定し、測量技師のように視線の先に糸を張り、マルメロの葉や果実に印を付けて視点との距離を測りながら、カンバスが製図板であるかのように正確に写し取っていくのである。“対象を写真に撮ってそれをトレースすれば簡単だ”と思われることにあえてこだわり、最高のものを求める彼の姿は、エリセ監督の製作姿勢とも相通じるものがあるのかも知れない。

 あいにく雨続きで製作ははかどらず、そうこうしているうちにマルメロの樹は果実も葉も少しづつ形を変えていく。アントニオは日々重くなって垂れ下がってくる果実の位置が下がるごとに印を付け直し、正確に写実しようと試みるが、嵐の到来により彼は油絵の製作を中断してデッサンに切り替えることを決断する。

 11月に入って秋が深まり、葉が繁って果実が見えないほどになったマルメロの枝を、友人で画家のエンリケ・グランに支えてもらいながらアントニオはデッサンに没頭する。12月になり、傷み始めたマルメロの果実が一つまた一つと落ち始める。果して彼はデッサンを完成させることができるのか…。

 アントニオの製作と並行して、アトリエではポーランドから移民してきた労働者による改修工事が行われていて彼の仕事と好対照をなしているのだが、彼らが熟して地面に落ちたマルメロを拾って食べようとするシーンがある。黄金色のマルメロの果実とアントニオが描き出すスケッチの両方をそばで見ていた彼らにとって、それはおいしそうに映ったに違いない。

 彼らは「絶対に食ってやる」と宣言しながら、皮をむいた実の一片を口にするのだが、案の定硬くて食べられず四苦八苦する様子は、生真面目なエリセ作品には珍しくコミカルな描写となっている。

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。