ピルズベリーのハザード管理

宇宙食を考える場合、現在では国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在することを前提に計画を考えなければなりません。

現在の宇宙食の多彩なメニュー

ISSの宇宙食(NASA)
ISSの宇宙食(NASA)

 ISSの長期滞在では、当初、10日間をローテーションサイクルとして、内5日間を米国の宇宙食メニューから、別の5日間をロシアの宇宙食メニューから選ばれていました。しかし、現在では16日間を1つのローテーションサイクルとするように変更されています。さらに宇宙食提供国も、これまでの米ロ2カ国から欧州宇宙機関や日本も加えられるようになり、そのバラエティも増えています。欧州のものから食事の例を挙げると、鶏料理(チキン、アヒル)、魚料理(まぐろ、メカジキ)、野菜料理(ニンジン、セロリ)、デザート(あんず、りんご)などがあります。

 1日の食事数は、朝食、昼食、夕食とスナックの3.5食となっています。当然のことながら、そのエネルギーの摂取量も厳密に規格に規定されていますが、概略としては地球上で消費する1日のカロリーと同等のものになっています。

 その設計ですが、何しろ食事ですから、いろいろな要求を満たすように考えなければなりません。まずは宇宙飛行士の健康維持のための栄養素の確保です。また、おいしく豊富な選択から食事が摂れるようにして、精神的ストレスを軽減させなければなりません。当然、気分をリフレッシュさせて仕事の成果の達成やパフォーマンスの向上にも寄与しなければならないという要素があります。

 このように考えていくと、宇宙食を造るということは、やはり簡単な事業ではないとわかってくるでしょう。

 また、ISSでの食事には一般食と特別食という分類もあります。一般食とは上記のような米国やロシアで開発された、どのようなミッションにも用いられるものです。それに対して、米ロとは食習慣の異なる国の人たちのための特別に準備されたものが特別食です。現在ISSには15カ国が参加しており、これにつれて宇宙飛行士も多様化し、たとえば日本人のように、欧米とは異なる食習慣や嗜好を持つ人々も加わるようになってきました。そこで特別食が用意されるわけですが、これによって宇宙食全体のバラエティが増えることになり、宇宙飛行士たちの食事の楽しみが増すわけです。その証拠に、日本の宇宙食は日本人だけではなく、他国の飛行士たちにも人気があるということです。

 では、どんな日本食が宇宙に運ばれているのかを、ISSで活躍した宇宙飛行士ごとの例で、ちょっとのぞいてみましょう。

毛利宇宙飛行士
白飯、赤飯、レトルトカレー、梅干し、浮かし餅、羊かん、ほうじ茶、オニオンスープ
向井宇宙飛行士
たこ焼き、肉じゃが、さけの南部焼、菜の花ピリ辛あえ、五目炊き込みごはん
土井宇宙飛行士
日の丸弁当、てんぷらそば、焼き鳥、京風あんかけ五目うどん、いなりずし、白飯、白かゆ、たまごスープ、レトルトポークカレー、シーフードラーメン、いわしトマト煮、お好み焼き、カレーラーメン、しょうゆラーメン、スペースねぎま
若田宇宙飛行士
白飯、カレー、草加せんべい、わかめみそ汁
野口宇宙飛行士
ラーメン、カレー
星出宇宙飛行士
お好み焼き、スペースねぎま

 日本の家庭や飲食店やコンビニで手に入りそうなものが特別食として選ばれていて、ちょっとびっくりです。比較的短期間の宇宙飛行の場合には、それこそ市販の缶詰やレトルト食品も許可されるようになってきていて、ますます食事への楽しみも増加する傾向にあります。

 また食品照射(食品に放射線を照射する)で殺菌を行うことで、ビーフステーキなどの肉類をそのメニューに加えることもできるようになってきています。

 今後は、宇宙空間での滞在がさらに長期化することを考えると、地球上で製造されたものを宇宙に届けるだけでは追いつかなくなっていくと考えられます。そのため、宇宙での自給自足という考え方も採られるようになり、船内での限られたスペースの中で作物を水耕栽培する研究も進んでいます。現時点では、まだまだ限定された中での食糧供給でありますが、今後宇宙開発が進展していくに従って新たな技術や手法が採られるようになることは容易に推測がつきます。

 しかし、現在の宇宙食のバラエティ、市販品も宇宙食として許可されることがある事実、さらに将来の宇宙食の発展、これらのいずれも、いちばん最初の宇宙食開発で生み出された製造の考え方と管理の手法が、重要な基盤となっているのです。

ハザードを見付け・止め・確認する

 さて、宇宙食についてだいぶ知識が深まったところで、私たちの当初の課題に戻ってみましょう。

「あなたの工場では宇宙食を製造できるでしょうか?」

――というのが、問いかけでした。JAXAから「貴社の工場で、宇宙飛行士が宇宙空間で口にする食料品を製造していただきたい」という手紙を受け取ったと仮定するのです。さあ、これまで見てきたバックグラウンド情報をもとに、宇宙食製造のプロジェクトチームを作って動かしていかなければなりません。さあ、どうしましょうか?

 米国での最初のプロジェクトでは、ピルズベリーがこれをスタートさせたのでした。そこには重要な知恵とノウハウがあるはずです。ですから、もう一度1970年代に戻って、この会社がどのようにしてきたのかを検証しなおしてみましょう。

 同社のボーマン博士がまずしたことは食品原材料の細菌がどこからやってくるのかを確認することでした。そしてその場所をリストにすることでした。そして、それらをチェックするために仕入れた原料の細菌検査をし、製造途中でもそれらがどうなっているのかを調べるために細菌検査をしたのです。

 同様に、重金属や有害な化学物質が入っていないかなどを確認しました。その他に、当然のことながら、金属片とかガラスなどの異物が混入していないかもチェックしていきました。

 これら、ボーマン博士がリストアップして管理したそれぞれを、英語で「ハザード」と呼んでいます。自動車の運転席にある三角の赤いボタンを思い出してください。あれは「ハザード・ランプ」と呼ばれる車の前後の警報灯を点滅させるボタンです。エンストや事故をしたときなど、後方の車に状況を伝えて未然に追突などを防止します。つまり危険があるときにはこのハザード・ランプが使われます。「ハザード=危険、危害」という意味です。これはきわめて重要な言葉なので、よく覚えてください。

 細菌については、基準とする菌数の上限の数値を決めました。また、殺菌するために調理などの作業ごとの温度を設定し、しかもそれを実際に確認することにしたのです。同様に、細菌が付着していても増加させないように原料や製品の温度をコントロールし、冷蔵または冷凍で保管しました。場所によっては、クリーンルームを建造して細菌のいない環境を造ることで、細菌の付着等を防止したのです。

 また、それらが本当にきちんと管理されているか確認できるように書類を作り、各所での結果を記録に残すということをしていきました。

 これらのことは、今日の食品製造ではきわめて当たり前のことなのですが、1970年までは米国では実際に行われていなかったのです。

 これら、ボーマン博士が取り組んだ事柄をまとめてみると次のようになります。

  • 上で述べた「ハザード=危険、危害」がどこにあるのかを確認する。
  • それの侵入を停止できるところはどこかを確認する。
  • それらが本当になくなっているのかの確認方法を確立する。

 という3点です。

 これらを徹底的に実践することによって、ピルズベリーは大きな成果を得るのです。そのことによって、米国で最初の宇宙食製造会社として宇宙飛行士に安心して食べてもらえる食品を地球外に送り出したのです。

ジーン・中園
About ジーン・中園 6 Articles
Happiness Success コンサルタント じーん・なかぞの 1949年大阪市生まれ。食品マネジメントの専門家として食品製造と飲食店運営に関する指導・助言を行う一方、成功のための著述・講演活動を行っている。1973年日本マクドナルド入社。国内と米国での店舗運営を経て、ハンバーガー大学プロフェッサー、購買本部QA(品質保証)マネジャーを歴任。1990年退職し、オーストラリア・ゴールドコーストの新規開店日本レストランの支配人として移住し繁盛店をつくり上げる。その後シドニーに移り、米国系大手野菜製造加工工場QA部マネジャーおよび食品コンサルタントとして活躍。2009年より6年間日本に“単身赴任”し、取締役工場長として世界基準の食品工場をつくり上げた。著書に、「小さな飲食店をつくって成功する法」(日本実業出版社刊)、「日本品質の食品工場はこうつくれ!」「なぜあの人は5時帰りで年収が10倍になったのか?」「Samurai Quality Assurance On Foods, 2,000 Hits In Japan」「Gene' s Upside Down method of ENRICHING YOUR LIFE!」「藤田田の頭の中」(各・香雪社刊)などがある。※ジーン・中園公式ページ →