「Tokyoインターナショナル・バーショー」レポート(3)リッツ・パリのバーテンダーColin Field氏が語る日本と海外の違い

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本会場の写真から。こちらはシルバーシール・シリーズのラインナップ。ダフタウン28年が600円、以下ラフロイグ21年(1000)グレンバーギー26年(1200)グレンキース40年(1200)と続く。現在日本で入手できる正規代理店扱いの希少なレアモルトが六本木に集結したと言っても過言ではない

レポート第2回に続き、フランスの有名バーテンダー、Colin Field氏へのインタビューからお伝えする。氏は、日本のお客がバーテンダーに対する深い敬意を抱いていることを感じているという。では、欧米人のお客はどのようだろうか。

引っ張りだこのColin Field氏

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本会場の写真から。こちらのブースでもダルウィニー29年が200円、タリスカーの30年が400円と、今回会場に来ていないバーテンダーが聞けば卒倒しそうな価格設定だった

 世界でも有数の歴史と品格を誇るホテル、リッツ・パリ内のバー「ヘミングウェイ」でチーフバーテンダーを勤めるColin Field氏からコメントを取るまでは結構難儀だった。今回の「Tokyoインターナショナル・バーショー」(TIBS)でのマスタークラス(後述)の講師と本会場での実演を2回こなす多忙なスケジュールの上に、バーテンダー業界では有名な方で、ようやく見つけたかと思ったら他の海外招聘バーテンダーや、カクテルの世界大会出場経験がある日本人バーテンダーの挨拶が引きも切らず、それを見ていた一般来場者も記念撮影の行列に加わってくる。今回のTIBSではウイスキー・マガジン・ジャパン編集長のデイヴ・ブルームを凌ぐほどの人気者だった彼をようやくつかまえて、ほんの数分だけお話をうかがうことができた。

 筆者が彼にいちばん聞きたかったのは、アジアのトップ・バーテンダーたちからうかがった「世界と日本の違い」、つまり世界中から客が集まってくるリッツ・パリでは日本から来た客は、他の国とどう違うのかということだった。

日本人の緊張感・欧米人のフレンドリーさ

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本会場の写真から。驚くようなビンテージをフリー試飲に出したサマローリ

 彼によると、日本から来たお客と接して常々感じるのはバーテンダーに対する深い敬意だという。たとえば「洋酒文化の歴史的考察」第27回の冒頭に書いた場面のように、日本のバーではお客とバーテンダーが知識と経験を武器に真剣勝負を闘っているかのような緊張した空気になることがままあり、銀座や一流ホテルを頂点とする日本各地のオーセンティック(正統派)バーの名店といわれる店のドアを開ける客は、「名バーテンダーの技と経験が込められた一杯を味わわせていただく」スタンスになることが多い。

 筆者は、世間で言われるいわゆる一流バーにうかがう機会は取材目的以外では滅多にない。しかし、銀座のバーでウーロン割を頼んでいる人は見たことがないし、六本木や西麻布界隈の、1杯飲んだだけでも2500円は下らないバーでコークハイ(ウイスキー・コーク。)を飲んでいる人も見たことがない。筆者もそんな店でそういうものを頼む勇気は持ち合わせていない。それなりのところに行くからには、客もそれなりの知識やセンスが必要だと思わせる、ある意味“緊張した状態”を日本のバーは要求している。あからさまに要求はしていなくても、そういう空気は厳然としてある。

 インタビューに戻ろう。折目正しく、注文がそつなく、上品なのが日本だとしたら、他の国はどうなのか。彼によればドイツやイギリスから来た客は初対面であっても非常にフレンドリーな雰囲気を求めてくる。アメリカになると、さらにくだけて、バーテンダーに友人のように話しかけてくるという。

 彼のフレンドリーさを心がけるスタンスに驚かされたのは、実はこの日が初めてではなかった。その前日に開催された彼のマスタークラスを取材していた筆者は、写真を撮影する位置を考えて一人だけ離れて入口に近い席に座っていたのだが、100名ほど入る教室に入ってきた彼は「もっと近くに」と壇上から声を掛けてきた。初対面だったことを幸い、目立つことが大の苦手である筆者が英語がわからないフリをしていると、彼はツカツカと筆者の前に歩み寄ってきて、手真似で「もっと近い席へ」と促してくる。「撮影の都合があるので……」と狼狽しながら後ずさりする筆者に、彼は笑顔で握手さえ求めてきた。結局、筆者が席を動くことはなかったのだが、今から考えると、客との距離を縮めようとする欧米のバーテンダーのスタンスの違いを実感する貴重な経験をさせてもらったと思う。

フレンドリーの背景にあるのはチップ制か

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本会場の写真から。グレンファークラスも17年までフリーだった

 この辺の感覚は、今回のTIBSでマスタークラスの講師を務めるために帰国した「Pegu Club」(アメリカ)の後藤健太氏(Best American Bartender of the year 2011を受賞)から前日にうかがった話と共通していた。後藤氏によれば、その原因はチップではないかという興味深い答えがあった。つまり、客は店に入ってから会計を済ませるまで、バーテンダーのサービスの質をチップの額で判定する位置関係にあり、バーテンダーが客より優位に立つことはないという。この原稿を書いていて何となく見えてきたのだが、つまりチップによる最終判定の権限が自分(客)の側にゆだねられていると言う、ある意味“保険”が掛かっていることで安心した客が、気軽な会話ができる遊び相手としてのやり取りを求めることが、フレンドリーの原因なのかもしれない。

 実は海外のバーテンダーの方に片端から「日本との違い」を尋ねていた筆者が当初予測していた回答は、もっと単純なものだった。Colin Field氏にうかがう前は、たとえばフランス人は自国が発祥であるサイドカー・カクテルやB & Bを好み、ドイツ人はキュンメルをシュナップスにビールを飲み、イギリス人はバーでもワインの薀蓄を語り出し、チェコ人はアブサンに火を付けたがり、ロシア人は一瓶空にするまでウォッカを飲み続け……と、まぁその国に「ありがち」なことを世界のバーテンダーの前で披露しているのではないか、という筆者の「思い込み」に近い単的な答えを期待していた。

 ところが、何人ものバーテンダーから話をうかがってみると、小さなエピソードにとどまらない客とバーテンダーの位置関係と、さらにその奥にあるチップの有無が客とバーテンダーに与える心理的な影響といったものは、かなりの部分で共通認識として持っておられた。筆者はそのことに驚き、認識を新たにすることとなった。

専門校3年でバーテンダーの資格授与

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本会場の写真から。こちらではグレンリベット21年までとロイヤルサルートがフリー。おおいに賑わっていた

 もう一つ、Colin Field氏が強調していたのは、フランスには3年間の授業を受けなければ卒業できないバーテンダーの学校があり、ここの卒業生はカウンターに立ったときも特別の敬意を払われるということだった。この辺は、社会に出たときの評価の尺度としてバカロレア(大学入学資格)ありきのお国柄だから頷ける部分がある。「フランスでは、その資格なしではバーテンダーになれないのですか?」と尋ねると、彼は両手で大きく地平線を示して見せて「たとえば、植物は地面に深く根を張れば張るほど大輪の綺麗な花を咲かせるでしょう。バーテンダーも同じで、何冊かのカクテルブックを見ただけで作られたものと、多くの先達から受け継いだ技術を正しく継承して作られたものは味が違ってくるのです」という文句なしの答えが出てしまった。

 天然氷の利用は19世紀前半に世界中に普及したが、ヨーロッパでは天然氷の輸送過程で生じる衛生上の問題もあり、彼らにとって氷は冷却材であって、飲料に入れてしまうのは新大陸の(野蛮な)風習と見なされた時代が長く続いた。この風潮はとくに世界に誇るワイン文化を持つフランスで根強かったこともあって、日本人がカクテルやお菓子の原料くらいにしか思っていないリキュールをストレートで飲む習慣が、彼の国では21世紀の現代でも根強く残っている。カクテルにとってフランスは、言わばヨーロッパきっての「アウェー」なのだが、その辺について尋ねようとしたとき、彼は会場内で細かい調整をしながら走り回っていたドリンクス・メディア・ジャパン社長でウィスク・イー社長の角田紀子さんに引っ張られるようにステージに向かっていった。

来年以降の発展が楽しみ/ドリンクス・メディア・ジャパン角田社長

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本会場の写真から。こちらはシルバーシール・シリーズのラインナップ。ダフタウン28年が600円、以下ラフロイグ21年(1000)グレンバーギー26年(1200)グレンキース40年(1200)と続く。現在日本で入手できる正規代理店扱いの希少なレアモルトが六本木に集結したと言っても過言ではない

 転んでもただでは起きたくない筆者としては、2000年にウイスキーライヴが青山ダイヤモンドホールで産声を上げて以来、11年間にわたってこのイベントの主催者を務めてきた会社のトップを見逃す手はない。そこで、多忙な彼女から、今年大きく模様替えしてバーショーになって1回目の感想をうかがうことにした。

 それまでバーテンダーとコアなウイスキー・ファンが集まっていた雰囲気が、カクテルを導入したことで一気により多くの人々に広がったような感じがする、というのが彼女が抱いた第一印象だったと言う。女性客が増えたので場内も華やかになり、来年は今年以上の人数が集まりそうな気がするし、ウイスキーに特化していたことで参入をためらっていたメーカーやインポーター(輸入代理店)も、来年からは出展しやすくなるのではないかと期待しているということだった。

 ウイスキーだけではない催しとなり、規模も様子も大きく変わったものの、自らの手の中から立派に成長した子供のことを語るような口調で言い終えると、彼女はまた慌ただしく会場内の人混みの中に消えていった。

About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。