繁盛居酒屋がランチ営業をしないのはなぜか

前回は、飲食店で扱うビールには規格があり、相場が生まれるというお話をしました。

お店の商品としてのビールはコモディティ

 ビールメーカーが扱うビールにはさまざまな銘柄があり、それぞれに特徴が異なります。ですから、ビール市場全体を見たときには、個々のビールがコモディティ化しているとは言えないでしょう。しかし、飲食店がある銘柄のビールを扱うという点に注目すると、それはコモディティ化していると見ることができます。同じ銘柄のビールを提供するお店が複数あって、それぞれのお店でメーカーが指導するように手を加えずに規格どおりに提供している状態であれば、ビールは飲食店の商材としてはコモディティに属すると考えるのが妥当です。

 なにしろ、メーカーのほうで規格に従って提供してくれというものですから、お店が関与できることはグラスの違いぐらいです。いえ、もう一つ関与できることは、値付けですが、前回説明したように、そこにはコモディティらしく相場が生まれていて、そう自由自在には価格設定はできません。そして他店とのほんのわずかな金額の差が、「高い/安い」としてお客さんから厳しく見られることになります。

 もちろん、それにトマトジュースなり生卵なりを入れてカクテルにしてしまえばコモディティではありません。もっとも、すでにビールとも言えませんが。

ランチはコモディティである

 以上のことは、器に注ぐだけあるいはボトルのまま提供する他の酒類やソフトドリンクについても、同様に考えられるでしょう。また、ドリンク以外の商品でも、一般に仕入れたそのままの形で提供するものは、お店の商品としてはコモディティになると考えられます。

 ところが、お店それぞれに自店でイチから作る商品でも、コモディティとなってしまう商品はあります。

 それは何でしょう?

 ここで、繁盛居酒屋のインタビューで気づくことをお伝えしておきます。

・居酒屋の繁盛店は、ランチ営業をしない店が多い。理由は、ディナー帯の営業に比べて利益を出しにくいから。

・ランチ営業をする居酒屋の狙いは、日中の仕込みの人件費をまかなうためと考えている場合が多い。そのため、弁当形式など手間のかからないものを提供する。

 上記は繁盛店でも考え方の分かれるところですから、注意して読んでください。ランチ営業を止めれば即繁盛店になれるというものではありません。

 ランチ営業をしない、あるいは止めたという繁盛店は、「人件費ばかりかかって儲からない」「忙しいだけで、スタッフがかわいそう」という風に話します。一方、ランチ営業を続けている居酒屋は、ここで利益を出そうとは考えていないようです。焼き鳥の串打ちなどの仕込みで日中に人を雇う。それで店に人がいるから、簡単なものなら提供できる。それで予め作っておける弁当形式のランチを半ばセルフサービス的に提供し、その売上げを仕込みメンバーの人件費の足しにしようという風に考える経営者が多いようです。

 居酒屋のランチ営業のメリットとして、他に2つほどよく言われることがあります。すなわち、「ランチのお客をディナー帯に誘導する宣伝のため」「ディナー帯用に仕入れた食材の残りをさばくため」というものです。しかし、繁盛店の経営者やコンサルタントには、これに否定的な人が多いものです。なぜかというと、まず、ランチ帯のお客がディナー帯に来店する確率は高くないということ。そして、ディナー帯の食材の仕入れで余りを出すという無計画さはよくないということです。

 この辺りの話も深く掘っていきたいのですが、まず、お店でイチから作る商品でもコモディティ化しまうものがあるという話のほうを進めましょう。その代表とも言えるのが、今ここで取り上げているランチというものです。

 おかしいと思うでしょう。一口にランチと言っても内容はさまざまです。ハンバーグ定食もあれば、焼き魚定食もあれば、雉焼き丼もあればと、数え上げたらきりがありません。その多種多様なものを取り上げてコモディティとは何事だと思う人が多いでしょう。

ランチには地域ごとに相場がある

 では、お昼時に外を観察して歩いてみてください。どのお店も黒板やA看板(拝み看板。2枚の板を蝶番で止めた看板)を出しています。それに最も多く書かれているのは「ランチ700円」といった文字ではありませんか。「ランチ」ではなく具体的な料理名を書いていても、より大きく書いているのは価格のほうでしょう。昼時のオフィス街のお店が看板で発信すべき重要なポイントは、「昼ご飯が食べられる店だ」「その値段はいくらだ」とわかることです。実際に食べられるものが何であるかはその次のお話ということになります。

 オフィス街のランチのお客の大半は、その地域で働いている人です。彼らは、まず頭の中で、人によってはメモ帳も使って、「ランチ○○○円の店」をリストアップします。最低5店、できれば10店ほどとか。そして、その中で「今日はハンバーグかな」「昨日は肉を食べたので、今日は焼き魚にするか」という風に日替わりで店を替えて回遊するのです。お店は、そのリストに載ってしまえば、週に一度あるいは2週に一度は、そのお客に来店してもらえるということになります。

“ランチ回遊リスト”に載るためには、その人の「ランチは○○○円」という条件に合致する必要があります。そして、オフィス街ごとに、誰の頭の中ないしメモ帳の中でも「○○○円」が似たものになってくるのです。今の東京都内であれば、たとえばそれは「700円」であったり「1000円」であったりとなるでしょう。

 コンビニエンスストアの弁当・惣菜類は300円台のものが多いということに気づきませんか。これは、ドリンクなどと合わせてワンコイン500円で済むようにと設計されているのです。つまり、コンビニエンスストアの場合、ランチ価格は「500円」ということです。

 このように、ランチには相場があるのです。たとえそれがハンバーグであろうと焼き魚であろうと雉焼き丼であろうと、「ランチ」であるからには「500円」なり「700円」なり「1000円」なりという、その地域の相場というものが出来ます。

 ランチの相場「700円」のオフィス街で「680円」を打ち出せば「値下げ」「ディスカウント」であり、「価格での勝負に出た」ということになります。あるいは、「700円だが、もう一品付けちゃおう」というやり方を考える人もいるでしょう。「700円、コーヒー付き!」という手もあります。

 こういうのは、提供する側にとってはコストがかかりきついものですが、お客にとっては数十円の差にしか見えず、大きなインパクトは与えにくいものです。しかも、せいぜいが11:30~13:30の2時間が勝負でしょう。お店のキャパシティも考えれば、ここで集客できる客数には限界があります。

 したがって、なかなか努力が報われるようにはいかない。「ならばランチなど止めてしまえ。主戦場のディナー帯に集中だ」というのが、繁盛居酒屋に多い考え方というわけです。「仕込みついでにランチ営業をしていたが、それは止めて仕込みに集中するようにした」「仕込みはパートさんが集まりやすい別の地域でやることにした」という店もまた、多いものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →