ケタ違いに大きなキク市場

 9月9日は重陽。俗に「菊の節句」と呼ばれますが、日本の庶民の行事としてはあまりなじみのない感は否めません。

 重陽自体は中国の漢の時代に公式行事として定着したようです。もともとは陰陽五行説の考え方で奇数は“陽”を表し、それが重なるのは勢いがありすぎてむしろ不吉であるということから3月3日、5月5日、7月7日、9月9日に厄除け的な行事が設定されたということです。

 その中でも、最も大きな数字となる9が並ぶ日の行事はとくに熱心に執り行われた由。そこで用いられたのが、その季節に咲き、その花の露が不老長寿の妙薬であるとされた菊です。

 日本にこの花と行事が伝わったのも、宮中のものとしてでした。「万葉集」では菊が詠まれた例がなく、「源氏物語」には登場することから、都で認知度を得たのは平安期と考えられます。宮中では、菊の花を愛でるだけでなく、菊を浮かべた酒を飲むなどの行事を行ったということです。

 この花にどれほど強い“パワー”が感じられ、どれほど貴重とされたかは、皇室の御紋に使われるに至ったことからも想像できます。

 不老長寿の力を持つと信じられたと聞くと、いかにも人の手の及ばない深い山に自生する神秘の植物というイメージがありますが、今日の栽培種は千数百年前の中国で交配によって作られたそうです。いわば、当時のバイテクの先端技術で作出された、それだけに貴重なものだった、ということでしょう。

 そうした経緯から考えると、菊は鑑賞用よりも食用菊のほうが本来の形のようにも思われます。これの国内の出荷量は1425t(平成20年産地域特産野菜生産状況)ということです。現在は通年出荷が可能になっていますが、すると菊の意味もだいぶ変わってきているようです。

 以前、東南アジアのある国へ出向き、鑑賞用のキク栽培に乗り出した日本の農業経営者にお話をうかがったことがあります。その狙いとは(該当する方々はどうかお気を悪くしないでいただきたいのですが)、「団塊の世代が高齢化する中、これから伸びる葬儀・法事でのキク需要に対応する」というものです。

 私はこれを聞いてなるほどと思う一方、今は葬儀の様子はずいぶん多様になっているし、何より自分らしさやしゃれたものを好む団塊の方々向けとしては、花としてキクにこだわることはないのでは、と思ったのでした。

 しかし、切り花の統計を見て、私の考えなど、まあ浅はかな思い付きであったと気付かされました。キクの卸売数量はケタ違いなのです。参考までに、花屋さんでよくみかける花と比べてみましょう。

●切り花の卸売量(平成20年花き流通統計調査報告より)
切り花 卸売数量 卸売価格
キク 19億45百万本 935億16百万円
バラ 3億79百万本 277億25百万円
ユリ 1億87百万本 268億81百万円
洋ラン類 1億63百万本 148億94百万円

「菊の節句」は庶民になじみは薄くとも、この花自体は甚だしく大衆化しているようです。主に見かけるのは仏壇や斎場や墓前ということではありますが。

 遠い昔の中国の育種家は、あるいは皇帝は、まさか後の世の東海の島国にこんな市場が生まれるとは思わなかったことでしょう。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →