がむしゃらなチャレンジャー農家の方へ(6)“陶芸家方式”から脱却せよ

どうしても米を作りたい、それを売りたいということであれば、海外に販路を見出すべきでしょう。ただし、その場合も日本で売るよりも高く売れることは、あまり考えるべきではないでしょう。これまでは中国のお金持ちが、驚くような高値で日本の米を買ってくれるということがあったかもしれませんが、そこに期待をかけるには中国の政治・経済の行方も考えなければいけません。

水田での飼料作物・加工用作物

飼料用多収米品種
飼料用多収米品種の試験栽培(記事とは直接関係ありません)

 一方で、国内で使う飼料作物や工業原料になり得る作物生産へのニーズは高まるでしょう。1人当たりの食肉需要も高まるかもしれません。一方、海外からの穀物輸入は縮小せざるを得ないかもしれません。それに対して、国内でトウモロコシを栽培したり、あるいは飼料用、原料用の米の生産を進めることが必要になってくる可能性があります。

 もちろん、現在のコストレベルではこれに対応できません。そこをどうクリアするのか。まず先に価格予測、価格目標を定めた上で、ドラスティックな生産の改革が必要になるでしょう。それには、ちょっとした工夫や改善のレベルではなく、イノベーションと呼べるような大きな変革が必要でしょう。

 なお、水田でのトウモロコシ生産は技術的には可能だという話は、このシリーズの2回目で触れましたが、国内では飼料用の水稲の育種も進んでいます。一般の飯米品種の数倍という非常な多収品種ということです。

野菜・果実は物流の改善も視野に

FairwayMarket
ニューヨークの食品スーパー。写真は名声店だが、米国の都市のスーパーは概して青果が豊富で安価なものだ(FairwayMarket/記事とは直接関係ありません)

 野菜、果実についてはどうでしょうか。ここで、やはり先日の大渕修一氏の話を思い出してください。日本は果物を取りにくい国だということが述べられています。

 その理由は、果物が安定的に豊富に供給されていないこと、そして価格が高いことです。それは野菜についても言えるでしょう。私は以前、自分の体を使った人体実験として3年間ベジタリアンをやったことがありますが、それを止めた理由の大きなものの一つは、妻からの苦情です。食費がべらぼうにかかるからやめてくれというのです。その体験や、アメリカや中国を視察した経験から、日本でも野菜がもっと安かったらもっと量を摂れるのになと思うことがしばしばあります。

 日本の野菜や果物の価格が高いことの原因はいくつかあるでしょう。人件費が高いということはよく言われます。しかし、たとえば中国産が港に着荷した段階と、国内の地方で出荷した段階とでは、さほど価格差があるものではないとも聞きます。とすれば、原因の一つは国内で陸送する運賃にもあると言えるでしょう。北海道産の野菜が安値で買い叩かれるのも、運賃への仕向けを勘案してのことと聞きます。

 その対策として、たとえば高速道路無料化というのはけっこう期待の持てるアイデアだったのですが、どうも政治家たち自身がその意義を理解していなかったようです。

 船便で大量輸送というのも手でしょう。これはポテトチップス用ジャガイモなどで実際に行われている輸送法です。ところが、積み卸しや航走速度、またロットの関係で陸送の場合よりも出荷から消費までの時間が長くなるため、葉菜では選びにくい輸送法のようです。しかし、おそらくそれも、野菜の日持ちがもっと向上すれば、できないことではないでしょう。何しろ、今現実に海外から葉菜が輸送されているのです。これには、予冷に始まるコールドチェーンの整備のほか、野菜の衛生状態も考え直すべきでしょう。

現在の野菜・果実生産は“陶芸家”方式

選果・包装されて出荷を待つ野菜
選果・包装されて出荷を待つ野菜(記事とは直接関係ありません)

 また、日本の野菜の供給が不安定で値段も高いことは、先日岡本信一さんが指摘した日本の農産物の単収の低さも関係していることは明らかでしょう(「日本の農業技術は国際的に低レベル」参照)。

 確かに、日本のスーパーに並んでいる野菜や果実は形が揃い、表面はきれいで、よいものがたくさん並んでいます。しかし、その良品を得るために何割のコストがかかっているのでしょうか。単収が増えれば、それはもっと安く販売できるでしょう。しかも、生育が揃ってよく穫れるということは、概して作物の品質がよいということです。

 ということは、単収が改善すれば、今よりもたくさんの量が売れることが期待できるということです。それは「安いから売れる」という単純な市場原理の話ではなく、もっと野菜が選びやすく味もよくなることで、今までよりも野菜食が楽しめるようになり、その結果市場が拡大するという意味です。

 また、現状の日本のやり方では、野菜や果実は圃場や選果場で出るロスも多いのではないですか。A品の背景にどれだけのB品や廃棄があるでしょうか。

 B品や廃棄が多いというのは、たとえば芸術家の仕事です。陶芸家は、焼き上がった器を窯から取り出しながら、気に入らないものをどんどん割り捨てていきます。それで、残った数少ない品を、非常な高値で売るわけです。しかし、同じ瀬戸物でも、別のビジネスの形はあるのです。家庭や食堂で普段使う食器は、工場で作られています。それらは均一に成形され、焼成した後も形が歪まないようにさまざまな研究と管理が行われています。ですから、ロスが少ないのです。

《つづく:2013年7月25日掲載予定》

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →