パリをかき回す女の子と食べ物

映画「地下鉄のザジ」より

コロナ禍の中、ついに2020年東京オリンピック TOKYO 2020が始まったが、3年後の2024年にはフランス・パリ開催が予定されている。今回はそのパリを舞台にした1960年製作の「地下鉄のザジ」に登場する印象的な食べ物の数々について述べていく。

 本作は、1959年にレイモン・クノーが発表した小説を原作に、クノー自身が台詞を書き、「死刑台のエレベーター」(1958)のルイ・マルが監督を務めたコメディ映画である。FoodWatchJapan編集長の齋藤訓之さんが、過去にコラム「食卓書机」第19回「フランス人の春のサクランボ」で取り上げているのでそちらもご参照いただきたい。

 田舎に住む女の子が、恋人に会いに行くお母さんといっしょにパリに来て、預けられた叔父の家を飛び出してドタバタの追いかけっこを繰り広げるという話

「食卓書机」第19回「フランス人の春のサクランボ」

 田舎に住む女の子のザジ(カトリーヌ・ドモンジョ)は、パリでタイトルにある「地下鉄」に乗るのを楽しみにしていたのだが、あいにくストライキ中で運行していなかった。その代替としてパリの街に飛び出したザジは、「不思議の国のアリス」の主人公のようにユニークな人々と出会い、ナンセンスでファンタスティックな冒険を体験することになるのである。

コンソメスープとホワイトアスパラ

 ザジの叔父ガブリエル(フィリップ・ノワレ)の家での最初の夜、ガブリエルの美しい妻アルベルティーヌ(カルラ・マルリエ)がスープボウルに入れたコンソメスープを運んでくると、ガブリエルが「凄いぞ コンソメだ」と言い、アルベルティーヌが「大袈裟ね」とたしなめるシーンがある。日本では固形スープを溶かして作ることが多いコンソメだが、本来は澄んだ琥珀色を保つために肉や野菜を煮込みながらアクを取り除く必要がある手のかかるスープであることから上記のようなガブリエルの台詞になったと思われる。

 また、酒場の2階を間借りした質素な住まいながら、アルベルティーヌが料理や果物や飲み物を一品一品フルコースのように運んでくるのも、食事に手間を惜しまないフランス人気質を感じさせる。

 その中の一つ、ホワイトアスパラをガブリエルが軟らかい先端だけ食べて残りは捨ててしまうのも、食に妥協しないパリジャンの贅沢な食べ方のように映る。

 ザジの座っている位置がカット割りによってガブリエルの左から右に移ったりする不思議なシーンだが、この後のザジの街中での冒険の予兆や、ガブリエル夫妻のある秘密を匂わせる意図的な演出と言えよう。

フライドポテト&ムール貝とミュスカデ&角砂糖

ムール貝を食べながら“恐ろしい話”をするザジ。ムール貝から真珠が出てくるハプニングも。
ムール貝を食べながら“恐ろしい話”をするザジ。ムール貝から真珠が出てくるハプニングも。

 翌日、街に繰り出したザジが地下鉄に乗れずに泣いていたところを呼び止めたトルースカイヨン(ヴィットリオ・カプリオ)は、シーンごとに名前や役柄がころころと変わる、本作の世界観を代表するような奇妙な男である。ザジはこの男とレストランに行き、フライドポテトとムール貝を注文、トルースカイヨンはミュスカデを注文する。ミュスカデは辛口の白ワインで、その辛さを紛らわすためか、劇中では角砂糖を添えて提供。トルースカイヨンが小さなワイングラスの中に角砂糖を2個入れ、スプーンで砂糖をすくってなめる描写もある。

 彼がそれを飲む前に、ザジは先にきたフライドポテト一皿を平らげてしまい、「おじさんが飲む間にパパなら10杯は飲んでたわ」と言う。そして運ばれてきたムール貝を食べながら、彼女の父親にまつわる“恐ろしい話”をするのである。ムール貝の身を剥く際に出る貝殻の音や、トルースカイヨンの上着に飛び散る汁の飛沫が話の衝撃性を盛り上げる。話の真相は不明だが、トルースカイヨンの魔の手から逃れるための駆け引きであることは間違いなく、この後の機転の利いた逃走劇と併せ、ザジの年齢離れした利発さを印象付けるものとなっている。

オニオン・グラタン・スープとパスタ投げ

 映画の終盤、タクシー運転手のシャルル(アントワーヌ・ロブロ)とウェイトレスのマド(アニー・フラテリニ)が婚約。人々はレストランに集い、オニオン・グラタン・スープとミュスカデで祝宴を開くが、どこからともなく喧嘩が始まり、それが全体に波及していく。ここで登場するのが、スラップ・スティック・コメディの定番であるパイ投げ(本連載第28回参照)ならぬ“パスタ投げ”。わざわざ付け合わせのソーセージをセットしながら投げるところが笑わせる。

 疲れて寝てしまったザジが、帰途の列車で母親に語るパリでの冒険の感想については、映画をご覧いただきたい。


【地下鉄のザジ】

「地下鉄のザジ」(1960)
公式サイト
http://www.zaziefilms.com/zazie/
作品基本データ
原題:Zazie dans Le Metro
製作国:フランス
製作年:1960年
公開年月日:1961年2月16日
上映時間:93分
製作会社:ヌーヴェル・エディティオン・ド・フィルム
配給:映配
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.33)
スタッフ
監督:ルイ・マル
脚色:ルイ・マル、ジャン・ポール・ラプノー
原作・台詞:レイモン・クノー
製作:イレーネ・ルリシュ
撮影:アンリ・レイシ
美術:ベルナール・エヴァン
音楽:フィオレンツォ・カルピ
キャスト
ザジ:カトリーヌ・ドモンジョ
ガブリエル:フィリップ・ノワレ
トゥランド:ユベール・デシャン
シャルル:アントワーヌ・ロブロ
マド:アニー・フラテリニ
アルベルティーヌ:カルラ・マルリエ
トルースカイヨン:ヴィットリオ・カプリオ
フェドール:ニコラ・バタイユ
グレド:ジャック・デュフィロ
ムアック未亡人:イヴォンヌ・クレシュ
ザジの母親:オデット・ピケ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。