神田/築地 やっちゃ場の人々

さる10月11日、築地市場の移転先である豊洲市場がようやく開場した。築地というと一般には“水産物の市場”のイメージが強いが、青果物の取り扱いも無視できない。

 また、青果物の取り扱いの多さで知られる大田市場は、約30年前の1989年5月6日に神田市場から移転して開場した。移転前の神田市場は秋葉原駅付近で、現在はオフィスビルが立ち並ぶエリアとなっている。

 これら神田と築地の青果市場が舞台の2本の映画で、昭和30年代の“やっちゃ場”(江戸言葉で青果市場)のにぎわいを見ていきたい。

市場人で青果オタクのカメラマン

秋葉原駅の目の前にあった神田市場。現在は高層ビルが立ち並んでいる。
秋葉原駅の目の前にあった神田市場。現在は高層ビルが立ち並んでいる。

「太陽の季節」(1955)で芥川賞作家としてデビューし“太陽族”ブームを生み出した石原慎太郎が原作・脚本を手がけ、慎太郎の弟・裕次郎、後に裕次郎の妻となる北原三枝、先日亡くなった津川雅彦が初主演した「狂った果実」(1956)は、中平康監督によるスピーディーな演出と編集で太陽族の若者のドライな感性を表現して好評を博した。

 ここで紹介する「あした晴れるか」は、その中平監督と裕次郎が再びコンビを組んだ1960年公開の「日活アクション」の1本である。

 オープニングは神田市場の“カッパ”(キュウリ)の競りで、裕次郎演じる三杉耕平が、威勢のいい掛け声をかける移動カットから始まる。

ヤッコ ヤッコ ヤッコ

ブリバン ブリバン ブリバン

サンマル サンマル サンマル

メゲタ メゲタ メゲタ

 これらは市場業界で使われる値段の符牒で、ヤッコは25、ブリバンは28、サンマルは30、メゲタは35のことである。

 耕平は場長の宮下(三島雅夫)の甥で、神田市場の隣の宮下家に下宿してやっちゃ場の仕事を手伝いながら、本業はプロのカメラマンとして働いている。この日も競りを早々に切り上げると、野菜を積んだ馴染みの八百屋のオート三輪をタクシー代わりに日本橋のさくらフィルムに打ち合わせに乗り込んで行く。

 宣伝部長の宇野(西村晃)の依頼は“東京探検”というテーマで東京の現在を写し出すこと。ところが担当に付いた矢巻みはる(芦川いづみ)は、アンリ・カルティエ・ブレッソンロバート・フランクユージン・スミスといった有名写真家にかぶれた頭でっかちのインテリで、隠語・符牒を使うような八百屋には偏見を持つ伊達メガネの女。物語は性格が正反対な耕平とみはるが取材を巡って衝突を繰り返すスクリューボール・コメディ(変わり者の男女が衝突しながら恋に落ちる)の様相を呈していくが、この劇中、折に触れて耕平の青果についての知識がつまびらかにされていくのが面白いところである。

 打ち合わせの後で耕平が宇野とみはると訪れたバーで、みはるとバーの女・セツ子(中原早苗)が一触即発の事態になった際には、耕平がスティック野菜のセロリをかじり「これ5日は経ってるな、やっぱり赤ん坊が最高だな」と“赤ん坊”の食べ方を解説して世間知らずのみはるを怖がらせ、巧みに話題を逸らす。実はこれも“カッパ”と同様の市場用語で、“赤ん坊”はニンジン、“与一”はナス、“南京”はカボチャ、“役者”はダイコンといった具合。

 また、この後耕平とみはるで二人で飲みに行ったバーでは、みはるがトマトジュースを使ったカクテル「血まみれメリー」(ブラッディ・マリー)を頼めば、今の時期は大菩薩峠あたりの高冷地の抑制豊玉2号が旬だと言い、ニコラシカ(ブランデーを注いだリキュールグラスにレモンスライスと砂糖を乗せて供する)のレモンを食べようとすると、輸入もののサンキストでもいろいろあって、コロナやクインビーは細長くてすべすべして皮が薄いなど、聞いたことのない品種の名前が次々に出てきて時代の流れを感じさせる。

 そして“お約束”の市場内での喧嘩シーンでは、現代の段ボールやプラスチック製の通い箱とは異なる竹で編んだような梱包のキャべツが登場。殴り合いが野菜の投げ合いに発展する中で、当時の卸値で300円(※)もするメロンを守ろうとする耕平の姿はどこか滑稽で、楽しい作品に仕上がっている。

※総務省統計局「主要品目の東京都区部小売価格」で、1960年の参考となる商品の物価を調べると、きゅうり(地回り品400g)25円50銭、きつねうどん1杯29円50銭、映画観覧料119円などとなっている。

狙った獲物は逃さない築地の姐御

 次に紹介する「やっちゃ場の女」(1962)の舞台は築地市場。当時の大映の看板女優・若尾文子を主演に、和製オペレッタ「狸御殿」シリーズ(1939~)を作り上げた木村恵吾が監督を務めた作品である。「あした晴れるか」の耕平は卸売の立場だったが、本作の主人公の小田ゆき子(若尾)は築地の老舗青果仲卸「小田新」の長女という設定だ。競りのシーンでは男まさりに登録番号のプレートが付いた帽子を被り、ジャンパーにゴム長という出で立ちで、競り人の掛け声に買い値を指のサインで示す“手やり”を披露している。

 ゆき子の父・源造(信欣三)がお手伝いの時子(水戸光子)と家を出て以来、ゆき子はわがままなBG(ビジネス・ガールの略、当時はOLのことをこう呼んだ)の妹・早苗(叶順子)とまだ中学生の弟・一郎(手塚央)を抱え、母・くめ(清川玉枝)を助けながら、番頭格の精一(藤巻潤)をはじめとする奉公人たちを束ねて小田新の暖簾を守ってきた。リンゴ、ネーブル、夏柑……ゆき子の狙った獲物は必ず競り落とす強気な攻めは精一も舌を巻くほどだった。

 ところがそんななかでくめが急逝。一家の大黒柱としての責任と負担が増す中、ゆき子は精一を頼りにする。だが、早苗も精一を憎からず思っていて、一人の男をめぐる姉妹の恋のさや当てが軸となって物語は進んでいく。

 溝口健二、小津安二郎といった巨匠をはじめ、市川崑、川島雄三、増村保造といった名匠たちに鍛えられた若尾文子。本作は、その若尾が自立する女性を演じた「女は抵抗する」(1960)、「東京おにぎり娘」(1961)といった作品群に連なる女性映画である。また、必ず商品の味見をしないと気がすまない奉公人の三吉(吉葉司郎)等、コメディーリリーフも揃っている。

 映画の冒頭と、一人で生きていこうと決意したゆき子が場外市場の屋台で冷のコップ酒を一気飲みするシーンでは築地市場の全景が俯瞰で映し出され、資料的にも価値のある映像になっている。


【あした晴れるか】

「あした晴れるか」(1960)
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1960年
公開年月日:1960年10月26日
上映時間:90分
製作会社:日活
配給:日活
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:中平康
原作:菊村到
脚色:池田一朗、中平康
企画:坂上静翁
撮影:岩佐一泉
照明:藤林甲
録音:神谷正和
美術:松山崇
音楽:黛敏郎
キャスト
三杉耕平:石原裕次郎
宮下満:三島雅夫
宮下お福:清川玉枝
矢巻みはる:芦川いづみ
矢巻しのぶ:渡辺美佐子
矢巻昌一:杉山俊夫
矢巻泰助:信欣三
矢巻多賀子:高野由美
梶原セツ子:中原早苗
梶原清作:東野英治郎
根津保:安部徹
黒住五郎:草薙幸二郎
板倉茂夫:藤村有弘
下田仁:庄司永建
植松伊之助:殿山泰司
植松クルミ:宮城千賀子
宇野:西村晃

(参考文献:KINENOTE)


【やっちゃ場の女】

「やっちゃ場の女」(1962)
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1962年
公開年月日:1962年6月17日
上映時間:91分
製作会社:大映東京
配給:大映
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:木村恵吾
脚本:田口耕
企画:原田光夫
撮影:宗川信夫
照明:柴田恒吉
録音:須田武雄
美術:柴田篤二
音楽:小川寛興
スチル:板垣公章
キャスト
小田ゆき子:若尾文子
小田早苗:叶順子
小田一郎:手塚央
小田源造:信欣三
小田くめ:清川玉枝
井上精一:藤巻潤
村田:宇津井健
伊達:根上淳
萩源たけ:村田知栄子
萩源芳吉:潮万太郎
時子:水戸光子
市田:穂高のり子
川野:紺野ユカ
黒田:大山健二
光次:森矢雄二
三吉:吉葉司郎
春夫:飛田喜佐夫
女中おきよ:小笠原まり子
女中A:竹里光子
女中B:長谷川峯子
下宿のおかみさん:村田扶実子
ひさごの亭主:高村栄一
仲買人A:武江義雄
仲買人B:酒井三郎
仲買人C:杉森麟
仲買人D:原田玄
客A:谷謙一
客B:小山内淳
ボーイ:穂積明
食堂の女の子:楠よし子
バーテン:中田勉
寿司屋のおばさん:藍三千子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。