“ケンさん”の漁師映画3選

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今回は、私たちの食生活に欠かすことのできないシーフードを提供してくれる漁師の映画を3本取り上げる。キーワードは主演を演じた3人の“ケンさん”である。

健さんの「ジャコ萬と鉄」

 1本目は、「居酒屋兆治」(1983)に続き、高倉健(健さん)主演の「ジャコ萬と鉄」(1964)。梶野悳三の小説を原作に、黒澤明と谷口千吉が共同で脚色し、三船敏郎主演で谷口が監督した1949年作品「ジャコ萬と鉄」を、黒澤・谷口コンビのシナリオはそのままに、「仁義なき戦い」シリーズ(1973~1974)の深作欣二が監督したリメイクである。

 太平洋戦争直後の1946年、北海道積丹半島の神威(かむい)岬が舞台。当時の北海道はニシン漁が盛んで、年間100万t近くの漁獲量を記録した最盛期の19世紀末には及ばないものの、1946年は北海道だけで28万t近くの漁獲量があった(※1)。ニシン漁で儲けた網元たちは“鰊御殿”と呼ばれる屋敷を建て、漁期の3月になると浜はヤン衆と呼ばれる出稼漁夫で溢れたという。

 健さん演じる主人公・鉄。その父である九兵衛(山形勲)は、樺太から引げ揚げてきて神威岬でニシン漁の網元をしていたが、集めたヤン衆の中に、樺太から九兵衛が引き揚げる際、船を奪って置き去りにした隻眼の男、ジャコ萬(丹波哲郎)がいるのを知って愕然とする。ジャコ萬は九兵衛に「血の涙を流させる」復讐を企んでいた。そんな折、戦死したと思われていた鉄が復員してきて、父に非のあるハンデを負いながら、正々堂々ジャコ萬と渡り合うという男のドラマである。

 映画では、定置網やその重りとなる石袋の準備から、網下し、網上げといった一連のニシン漁の流れを観ることができる。印象的なのは夕闇の中、小舟で見張りをしていたベテランの船頭が、海鳴りでニシンの群れの接近に気付き、網上げの狼煙を上げろとヤン衆に指示する場面。波の音もする中、人の耳で聞き分けられるほどの海鳴りが、ニシンの群れのスケールの大きさを感じさせる。

「ジャコ萬と鉄」より。かつて北海道近海には、海鳴りがするほどのニシンの群れが押し寄せていた
「ジャコ萬と鉄」より。かつて北海道近海には、海鳴りがするほどのニシンの群れが押し寄せていた

 春先にニシンの群れが海岸に近付くのは産卵のためである。「黄色いダイヤ」と呼ばれる数の子や白子を腹に抱えたニシンは付加価値が高く、群れがやって来て産卵するまでの30分間が漁の勝負となる。ジャコ萬はその時期を狙って九兵衛の搾取に不満を抱いたヤン衆のストライキを煽るなどして、あの手この手で妨害を仕掛け、九兵衛への復讐を遂げようとする。タイムリミットのあるニシン漁がスリルを盛り上げるシチュエーションとなっているのが興味深い。

 数の子や白子の他、身は生食や身欠きにしん等の加工品として日本の食卓を彩り、頭や尾、内臓等からできる鰊粕は肥料として農業にも貢献した北海道のニシン漁であるが、1955年頃から漁獲量が激減し、最近では数百~数千tに留まっている。原因は海水温の変化や乱獲の影響等諸説あるが、実際のところはよくわかっていない。本作は失われたニシン漁の歴史の1ページを知る上でも貴重な作品と言える。

 健さんはその後、「夜叉」(1985)では元大阪やくざの若狭湾の漁師、「ホタル」(2001)では特攻隊の生き残りの鹿児島のカンパチ養殖業者を演じている。前作で指摘した“北海道の男”同様、“海の男”も似合う俳優である。

拳さんの「魚影の群れ」

「魚影の群れ」より。一本釣りで獲られた大間のクロマグロは、毎年築地の初競りで最高値が付く
「魚影の群れ」より。一本釣りで獲られた大間のクロマグロは、毎年築地の初競りで最高値が付く

 2本目の「魚影の群れ」は、大間のマグロ漁を題材とした吉村昭の小説を原作に、脚本:田中陽造、監督:相米慎二の「セーラー服と機関銃」(1981)コンビが、緒形拳(拳さん)主演で映画化した1985年の作品である。

 青森県大間町は下北半島の先端に位置し、津軽海峡を挟んで北海道に面した本州最北端の地である。津軽海峡には、オホーツク海から親潮、太平洋から黒潮、日本海から対馬海流が流れ込み、この3つの海流に乗ってマグロが姿を現す。大間で水揚げされる代表的なマグロであるクロマグロ(ホンマグロ)は、マグロの中では最も大型で、大間では過去に440kgのマグロが水揚げされたこともあったという。大間の沖で獲れる近海物だけに、鮮度が高く高値で取引される。毎年話題になる東京築地市場の初競りでの史上最高価格は、2013年の222kgのマグロに付いた1億5,540万円。まさに「黒いダイヤ」である(※2)。

 漁法は、夜間の延縄漁もあるが、日中は一本釣りが主流。本作の主人公である拳さん演じる小浜房次郎は、一本釣りのマグロ漁師である。映画は、マグロ漁の旬である三度の夏を通して、人間関係よりもマグロとの命がけのやりとりを優先してしまう房次郎の、狂気と紙一重のマグロへの情熱を、相米監督特有の長回しで写し出している。

 たとえば最初の夏、房次郎は娘トキ子(夏目雅子)の恋人で、漁師志望の俊一(佐藤浩市)を釣り船に同乗させて鍛えようとするのだが、いざマグロがかかった際にテグスが俊一の頭に巻き付いてしまい、俊一は重傷を負ってしまう。房次郎はいったんは俊一を救助しようとするが、まだ引きがあるのを見ると、マグロとの死闘を優先してしまう。無事大物を釣り上げた時には俊一は瀕死に陥っており、怒ったトキ子は俊一と大間を出て行ってしまう。房次郎は20年前にも妻のアヤ(十朱幸代)を“マグロのように”扱って逃げられたという過去があった。いわばマグロのために家族を失ったと言える。

 房次郎はクロマグロを釣り上げて得られる数10万の収入に目がくらんだのか。それとも人間よりマグロが好きなのか。そのどちらでもあるまい。恐らくは北海道の釣り船やロシアの延縄船団の仕掛けをくぐり抜けてきたしぶといマグロたちとの長年にわたる宿縁が、簡単にはテグスを切らせないのであろう。そして、和歌山の海で修業を積み、一人前の漁師として大間に戻ってきた俊一にも、その漁師魂は受け継がれていたのである。

 本作では、マグロの群れとの遭遇から、仕掛けの投入、餌に食い付いたマグロの強い引きで勢いよく引き込まれるテグス、船の近くまで引き寄せたマグロの頭に銛を突いてとどめを刺し、ロープで船尾にくくり付けて曳航し、漁港でウインチで吊り上げるまでのマグロの一本釣りの一連の流れを、少ないカット割りで観ることができる。

 鮨や刺身として食卓に上るまでの漁師たちの苦労を知ることで、マグロがさらにおいしくいただけることだろう。

謙さんの「怒り」

 最後の3本目は、2007年に千葉県市川市で起きた英国人女性殺人事件の容疑者の逃亡生活をモデルにした吉田修一の小説を原作に、「フラガール」(2006)と「悪人」(2010)でキネマ旬報ベストテンの日本映画ベストワンを獲得した李相日が監督し、「ラストサムライ」(2003)でアカデミー賞助演男優賞、ブロードウェイ・ミュージカル「王様と私」(2015)でトニー賞ミュージカル部門主演男優賞にノミネートされた国際的俳優・渡辺謙(謙さん)が主演した「怒り」(2016)である。

 本作では、東京の八王子で夫婦を惨殺し、変装や整形を繰り返しながら全国各地を逃亡する容疑者として、疑わしい3人の謎の男(演:森山未來、松山ケンイチ、綾野剛)それぞれの関係者のエピソードが、千葉、東京、沖縄を舞台に並行して描かれる。謙さんは、安房鴨川近辺の漁港の漁協職員・槙洋平役で、最近アルバイトとして漁港で働き始め、娘の愛子(宮崎あおい)が弁当を届けたことがきっかけで彼女と親しくなっていく田代(松山)に疑惑の目を向ける父親を演じている。

 心憎いのは3人の容疑者それぞれの顔をCG合成したような手配写真や、監視カメラの映像と回想シーンの後ろ姿をあえて真犯人以外の2人に演じさせる等、観客のミスリードを誘う仕掛けが施されていること。最後までサスペンスが持続する狙いの演出が効果を挙げている。

 漁港の構内作業を演じるために謙さんはフォークリフトの免許を取得。宮崎の役どころは発達障害のある田舎娘だが、役作りのために体重を7kg増やしたという。松山や東京編の妻夫木聡を含めると大河ドラマの主人公4人のそろい踏みであり、この重厚なキャスティングが作品にリアリティを与えている。

 次回は、世界最大級のファストフードチェーンを作り上げた男たちの実話をもとにした、「ファウンダー ハンバーガー帝国の秘密」を取り上げる。

参考文献

※1:留萌水産物加工協同組合「ニシン漁データ館」
http://rumoi-suisan.sakura.ne.jp/data.html
※2:大間まぐろ 大間町観光協会
http://oma-wide.net/oomatuna/

【ジャコ萬と鉄】

「ジャコ萬と鉄」(1964)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1964年
公開年月日:1964年2月8日
上映時間:99分
製作会社:東映東京
配給:東映
カラー/サイズ:モノクロ/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:深作欣二
脚本:黒澤明、谷口千吉
原作:梶野悳三
企画:関政次郎、植木照男
撮影:坪井誠
美術:近藤照男、中村修一郎
音楽:佐藤勝
録音:広上益弘
照明:原田政重
編集:長沢嘉樹
スチール:藤井善男
キャスト
鉄:高倉健
ジャコ万:丹波哲郎
九兵衛:山形勲
タカ:渡辺粂子
マサ:南田洋子
宗太郎:大坂志郎
ユキ:高千穂ひづる
大阪:江原真二郎
牧場の少女:入江若葉

(参考文献:KINENOTE)


【魚影の群れ】

「魚影の群れ」(1983)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1983年
公開年月日:1983年10月29日
上映時間:135分
製作会社:松竹
配給:松竹富士
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:相米慎二
脚本:田中陽造
原作:吉村昭
製作:織田明、中川完治、宮島秀司
撮影:長沼六男
美術:横尾嘉良
音楽:三枝成章
イメージソング:原田芳雄、アンリ菅野「Bright light, in the sea」
録音:信岡実
照明:熊谷秀夫
編集:山地早智子
助監督:榎戸耕史
スチール:星野健一
技術指導:中森幸夫
キャスト
小浜房次郎:緒形拳
小浜トキ子:夏目雅子
依田俊一:佐藤浩市
新一:矢崎滋
熊谷課長:レオナルド熊
水産業者・岸本:石倉三郎
浅見:下川辰平
エイスケ:三遊亭円楽
屋台のオヤジ:工藤栄一
アヤ:十朱幸代

(参考文献:KINENOTE)


【怒り】

「怒り」(2016)

公式サイト
http://www.ikari-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年9月17日
上映時間:142分
製作会社:「怒り」製作委員会(製作プロダクション:東宝映画/制作協力:ドラゴンフライ)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:李相日
原作:吉田修一:(『怒り』(中央公論新社刊))
エグゼクティブプロデューサー:山内章弘
企画プロデュース:川村元気
プロダクション統括:佐藤毅
製作:市川南
共同製作:中村理一郎、弓矢政法、川村龍夫、髙橋誠、松田陽三、吉村治、吉川英作、水野道訓、荒波修、井戸義郎
プロデューサー:臼井真之介
撮影:笠松則通
美術:都築雄二、坂原文子
音楽:坂本龍一
音楽プロデューサー:杉田寿宏
主題曲:坂本龍一 feat. 2CELLOS
録音:白取貢
サウンドエフェクト:北田雅也
照明:中村裕樹
編集:今井剛
衣裳デザイン:小川久美子
ヘアメイク:豊川京子
キャスティング:田端利江
ラインプロデューサー:鈴木嘉弘
助監督:竹田正明
スクリプター:杉本友美
キャスト
槙洋平:渡辺謙
田中信吾:森山未來
田代哲也:松山ケンイチ
大西直人:綾野剛
小宮山泉:広瀬すず
知念辰哉:佐久本宝
南條邦久:ピエール瀧
北見壮介:三浦貴大
薫:高畑充希
藤田貴子:原日出子
明日香:池脇千鶴
槙愛子:宮﨑あおい
藤田優馬:妻夫木聡

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。