追悼・大島渚監督作品の食べ物

大島渚監督(絵・筆者)
大島渚監督(絵・筆者)
大島渚監督(絵・筆者)
大島渚監督(絵・筆者)

大島渚監督が亡くなった。享年80歳。1996年に脳出血で倒れて以来長い闘病生活を経てのことであった。謹んでご冥福をお祈りする。今回は監督の初期の2作品を、劇中に登場する食べ物と共に紹介する。

松竹ヌーヴェルヴァーグ

 大島監督は1954年に松竹に入社。彼や同時期に入社した篠田正浩、吉田喜重らは助監督修業の中で、当時の松竹映画の主流であった“大船調”と呼ばれる保守的なホームドラマに対する批判を強めていった。そして1960年前後に次々に監督に昇進した彼らは、古い世代や社会体制に反抗する若者を描いた作品を次々に発表。その動きは同時期にフランスで起こった映画の新しい潮流になぞらえて“松竹ヌーヴェルヴァーグ”と呼ばれた。

「青春残酷物語」のリンゴ

「青春残酷物語」(1960)は「愛と希望の街」(1959。原題:「鳩を売る少年」)に続く大島監督の長編二作目で、“松竹ヌーヴェルヴァーグ”の名を世に知らしめた代表作である。

 女子高生の真琴(桑野みゆき)は、夜の渋谷の街でナンパされた男にホテルに連れ込まれそうになったところを、大学生の清(川津祐介)に救われる。この時男からせしめた金で翌日二人はデート、お台場近くの貯木場で愛し合う。

 同棲を始めた二人は遊ぶ金欲しさに、出会った晩の出来事を意識的にやることにする。真琴が男を誘って清が後をつけ、男が彼女に手を出そうとしたところに彼が現れ金を脅し取る。いわゆる美人局(つつもたせ)である。“商売”は順調に進むが、やがて真琴の妊娠が発覚し、二人は闇で堕胎手術を請け負う秋本(渡辺文雄)のもとを訪れる。彼は真琴の姉・由紀(久我美子)のかつての恋人であった。

 手術が済んだ後、ベッドで眠る真琴の傍らに座る清の耳に隣室から秋本と由紀の会話が聞こえてくる。二人は若い頃ストイックな学生運動で世の中に怒りをぶつけたが敗北し別れた。そして今の若者たちは逆に欲望を貫く形で世の中に怒りをぶつけているが、それも同じ結果になるだろうと秋本は言う。

 由紀が去り静かになった病室で、清はポケットから真琴と一緒に食べようと思って持ってきた赤と青の2つのリンゴを取り出し、その青い方をかじり出す。暗闇の中、清の目と手元だけにスポットが当たり、ひたすらリンゴをかじり続ける姿を延々とワンカットで捉えたカメラワークからは、世の中に対して何もできない若者の無力感がひしひしと伝わってくる。

「太陽の墓場」のホルモン

「太陽の墓場」(1960)は「青春残酷物語」に続く大島監督の長編三作目。日雇作業員からヤミで血を採って稼ぐ元陸軍衛生兵の村田(浜村純)と助手の花子(炎加世子)、ソ連侵攻説を唱えて皆を煽動する元軍人の動乱屋(小沢栄太郎)、会長の信(津川雅彦)をはじめとする愚連隊・信栄会の面々たちが大阪・釜ヶ崎の夏のドヤ街を舞台に凄まじい生存競争を繰り広げる。

 信栄会のチンピラ・ヤス(川津祐介)に因縁を付けられたのがきっかけで会に入りながらワルになりきれない少年・武には、後に「宇宙戦艦ヤマト」などのアニメ主題歌で知られる佐々木功が扮している。彼が働いているのがホルモン焼きを出す食堂である。ホルモン焼きは臓物(モツ)を焼く料理の総称だが、ここでは戦後の食糧難の時代以降に大阪で広まった焼き鳥風の串焼きのことを指している。自転車でホルモンを仕入れてきた武にヤスが絡み、彼に向かってバケツに入った臓物をぶちまける場面は、ヤスの凶暴さと共に後に始まる殺し合いを予告するものとなっている。

松竹ヌーヴェルヴァーグ以後

 続く四作目「日本の夜と霧」(1960)は時間と空間を越えた2シーン1カットの長廻し等の実験的手法を用いた空前絶後のディスカッション・ドラマであったが、60年安保運動を扱った内容が会社上層部の怒りを買って公開4日目で上映中止となり、監督はそれに抗議して松竹を退社する事態となった。

 以後大島は妻で女優の小山明子らと独立プロダクションの創造社を設立し、ATG(日本アート・シアター・ギルド)などで死刑問題について問いかける「絞死刑」(1968)、当たり屋の家族を描いた「少年」(1969)、日本の家制度を総括した「儀式」(1971)といった意欲作を次々に発表していった。

 沖縄の兄妹を通して返還問題を描いた「夏の妹」(1972)を最後に創造社を解散後、大島渚プロダクションを設立して海外との合作路線に転換。その第一作で戦前の阿部定事件を描いた「愛のコリーダ」(1976)は、その性的描写がセンセーションを巻き起こし、その書籍版はわいせつ物頒布罪に問われ裁判沙汰になった(後に無罪が確定)。

 大島監督の海外での評価は高く、続く「愛の亡霊」(1978)は第31回カンヌ映画祭で監督賞を受賞。また「戦場のメリークリスマス」(1983)でビートたけしと坂本龍一を発掘したプロデューサーとしての才覚も見逃せない。

 新撰組を男色の視点で描く「御法度」(1999)の準備中に脳出血で倒れたが、闘病のなかで何とか完成。結果としてこの作品が遺作となった。

 プロフィールにも書いているが、筆者は高校時代に観た「日本の夜と霧」をはじめとする監督の作品に強い衝撃を受けた一人である。これまで観たどの映画とも似ていないそれらは、その後の私の映画を見る目を変えた。現在こうして映画についての文章を書いているのもその時の経験があってのことだと思っている。改めて感謝を申し上げたい。

作品基本データ

【青春残酷物語】

「青春残酷物語」(1960)

製作国:日本
製作会社:松竹大船
製作年:1960年
公開年月日:1960年6月3日
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
上映時間:96分

◆スタッフ
監督・脚本:大島渚
製作:池田富雄
撮影:川又昂
美術:宇野耕司
音楽:真鍋理一郎
録音:栗田周十郎
照明:佐藤勇
編集:浦岡敬一

◆キャスト
新庄真琴:桑野みゆき
藤井清:川津祐介
新庄由紀:久我美子
新庄正博:浜村純
坂口政枝:氏家慎子
石川陽子:森島亜紀
伊藤好巳:田中晋二
西岡敏子:富永ユキ
秋本透:渡辺文雄
吉村茂子:俵田裕子
下西照子:小林トシ子
松木明:佐藤慶
樋上功一:林洋介
寺田登:松崎慎二郎
ぐれん隊の男:水島信哉
シボレーの男:春日俊二
パッカードの紳士:山茶花究
マーキュリーの紳士:森川信
フォードの男:田村保
津田春子:堀恵子
刑事一:土田桂司
刑事二:園田健二
刑事三:宮坂将嘉
刑事四:佐野浅夫

【太陽の墓場】

「太陽の墓場」(1960)

製作国:日本
製作会社:松竹大船
製作年:1960年
公開年月日:1960年8月9日
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
上映時間:87分

◆スタッフ
監督:大島渚
脚本:大島渚、石堂淑朗
製作:池田富雄
撮影:川又昂
美術:宇野耕司
音楽:真鍋理一郎
録音:栗田周十郎
照明:佐藤勇
編集:浦岡敬一

◆キャスト
花子:炎加世子
寄せ松:伴淳三郎
寄せ平:渡辺文雄
バタ助:藤原釜足
ちか:北林谷栄
動乱屋:小沢栄太郎
色目鏡:小池朝雄
大男:羅生門
村田吾郎:浜村純
坂口:佐藤慶
マサ:戸浦六宏
片目の竜:松崎慎二郎
武:佐々木功
信:津川雅彦
辰夫:中原功二
ヤス:川津祐介
ポン太:吉野憲司
大浜組の親分:清水元
ヤリ:永井一郎
ケイマ:糸久
古道具屋のおやじ:宮島安芸男
ソバヤのおやじ:田中謙三
ルンペンA:曽呂利裕平
ルンペンB:小松方正
ズべ公:茂木みふじ
ドヤの主人:山路義人
泥棒:田中邦衛
犯された女学生:富永ユキ
犯された女学生の連れ:檜伸樹
バタ屋:左卜全
巡査:安田昌平

(参考文献KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。