不愉快でもあり、示唆にも富む「食品の裏側」

市販のミートボール
市販のミートボール
市販のミートボール
市販のミートボール

「食品の裏側」(安部司著、東洋経済新報社)という本が昨年の終わりに出て、今年初めまでにいくつかのマスコミで取り上げられ、話題になった。帯には、「食品添加物の元トップセールスマンが明かす食品製造の舞台裏」とある。

 私にとっては、この本には憂鬱で不愉快な個所があり、思い出しただけでも頭に血が昇ってくるので、読まなかったことにして捨て置いていた。ところが、子供が通う学校の先生が父兄に薦めたり、複数の友人の会社のトップが全社員に読むようにとの指令を出していたりと、この本が私にとって身近な問題として迫ってきた。

 憂鬱で不愉快な個所というのはこうだ。

 この著者は「食品添加物の神様」とまで呼ばれた人だそうで(著者がそう書いている)、ある食品メーカーのミートボール開発に貢献したという。牛の端肉に廃鶏のミンチと組織状大豆たんぱくを加え、ビーフエキス、化学調味料、ラード、加工でんぷん、結着剤、乳化剤、着色料、保存料、pH調整剤、酸化防止剤を加えて作った結果、「原価が20円か30円」で「売値が1パックたったの100円弱」というすごい製品ができた。よく売れ、メーカーはビルを建てたという。

 スーパーで子供をターゲットとした販促をし、子供は「おいしい」と言って、親は8割方買ったとか。当時の著者は、「そうだろう、おいしいだろう。この味はオレにしか出せない」と、得意満面で買った親子の後姿を見送ったとも書いてある。ここまではかっこいい話だ。

 ところが、自ら開発したそのミートボールが、自分の子供の誕生パーティのテーブルに載ったとき、顔色を変えて「食べたらいかん!」と止めた。そして翌日会社を辞めた。「自分の良心には背けませんでした」と言う。

「食品の裏側」(安部司著、東洋経済新報社)

 他人の子供と自分の子供を、等しく大切に考えることができていなかった想像力のなさ。その不整合に気付いた途端、自分は善玉になって、会社でやっている仕事は悪玉と決めてしまった、その屈託のなさには舌を巻く。自分と家族はそれでいいとして、勤めていた会社やミートボールを作った会社には謝ったのだろうか。そこが書かれていない。

 他人が住むマンションならどんな図面でも引いて、「やれと言った人が悪い」と言うのと同じ話だ。このような話を誇らしげに書いている本を、私が信頼している人たちが人に薦めていることに戸惑いを感じている。

 ただ、心から共感できる部分がある。この本の主題と思われる主張で、「添加物の情報公開を進めよ」ということだ。やったことは正直にお客や取引先に伝える。もしも伝えられないようなことなら、そもそもやらない。その当たり前のことができていない食品は、「ニセモノ」ということになる。

 著者は、添加物を用いるなど、伝統的でない製造工程全般を「ニセモノ」と考えている気配があるのだが、私はそうは思わない。例えば、著者は醸造用アルコールで増量した酒(日本酒に醸造用アルコールを使うのは醗酵のコントロールのためという場合もあり、増量のためとは限らない)を「本物」に対する「本物風」としているが、これは妥当な評価か考えてみたい。

 もしも醸造用アルコールを使った日本酒が「本物」でないとすれば、モルトにグレーンを合わせたブレンデッドウイスキーは「本物」ではないのだろうか。麦芽を使ったモルトに、コーンを使ったグレーンを合わせることは、明らかにアル添(アルコール添加)だ。しかし、今日スコッチをニセモノ呼ばわりする人はまずいないだろう。

 醸造用アルコールを使う日本酒とブレンデッドウイスキーの違いは何かと言えば、作り手と消費者との間で、文化としての誇りを共有できているかどうかだ。グレーンの使用は重税に対する対抗策として採られた苦肉の策だったが、このブレンドとマリッジの工程は文化として磨き上げられ、より良いものを生むこととなった。このイノベーションの物語は、英国人にとっては誇りだ。

 添加物や、新しい原料を混ぜる工程を採用した作り方が悪いと短絡してはいけない。醸造用アルコールを用いる日本酒が、今後評価を上げていくことができるかどうかは、そのように文化として磨き上げ、消費者からの賞賛を得られるかどうかにかかっている。これはほかのあらゆる食品にも共通することだ。食品産業は、ディスクロージャーの大切さは覚えてきた。あと欠けているものがあるとすれば、技術を文化として磨き上げる覚悟と、プライドの表明だ。

 作り方をオープンにするにも、渋々では反感を買う。自分で「うそをついていました」と言っていることと等しい。正しいと信じることをして、それを公開し、信じるところを誇りを持って伝えるべきだ。

 食品添加物を使った食品も、農薬や化学肥料を使った農産物も、遺伝子組換え(GM)作物も、「みんなのためにこういう努力をした結果、こんなにいいものができました」と胸を張って言えるかどうかが問われる。

 自分や家族が食べない製品を作って売ることは言語道断だが、作り方にプライドを持って売ることができないものならば、やはりやめておいた方がいい。この本の著者のように、いさぎよく退場することだ。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →