「和しょく えびはら」(東京・神楽坂)の価値は価格にあらず

鎌倉野菜の蒸し物
鎌倉野菜の蒸し物

台風接近中で注意が必要ですね。そして今日は夏至。いよいよ夏が来ます。今年は過去最高の暑さになる、という予報もあるので、熱射病・日射病には注意しましょう。私のような自転車通勤者は、こまめな水分補給と、太陽が昇りきらない早い時間の通勤が必要かな、と思ってます。

あんなによいお店に空いてる日がある?

入口
もちろんいつもは大繁盛なのだが

 夏が近づいてくると、無意識のうちに、さっぱりしたもの、すがすがしいもの、きりりとしたものを身体が求めるようで。食では和食を意識するようになる。

 今回、以前にランチを紹介した神楽坂の「和しょく えびはら」さんをあえてもう一度取り上げたい。

 こちらの料理は、京料理の流れを汲む和懐石。

 キャリアを感じさせない童顔ながら、もちろん腕は確かなご主人海老原誠さん(38)と、いつもニコニコ笑顔の接客がとても優しい女将さんの二人三脚で営んでいるお店だ。厳選された食材、確かな腕、それでいて目玉が飛び出るほど高額ではない価格――たっぷり食べて飲んで一人1万円前後――ということがあいまって、確実にファンを増やしている。

 そんな優良店なのに、金曜の夜に満杯にならないちょっとさびしい日もある、と聞いた。

 人が集まる神楽坂に開店して1年余り。評判も人気も上々なお店がなぜ? と首をひねった。

 同じ神楽坂では、良くも悪くも話題になる「俺のフレンチ」はじめ同系統のビストロや居酒屋に連日行列が出来ているというのに……。

手軽に損せずを求めるCP至上主義は如何

 自分の周囲の人間と飲食店に関する話をしているとき、頻出語句の第一は「CP」(コストパフォーマンス)だ。

 最近、猫も杓子も使うこの「コストパフォーマンス」という言葉。かつては機械や工業製品についておなじみの言葉だったはず。それをいつの間にか、メディアが飲食に対しても使い始めた。しかも、その意味するところは原意からははずれて、一般には「(絶対的な意味で)安い」という言葉として使われていると感じる。

 しかし、料理一つひとつの価格や、飲食店を利用したときの支払金額についての評価は、「『このお料理』が『このお値段』」というあくまで“相対的”なものだったはず。そして、その「(相対的な意味で)安い」ことを表す言葉としては、「お値打ち」という言葉を使っていたのだけれど。

 ところがいつの間にか、最近のメディアは工業製品を扱うように、数値やスペックで店の評価を伝えるようになっている。

 その代表格が、「食べログ」などに代表されるレビューサイトなのだと思う。利用者は若者が多いと言われるこのサイトを見ると、店ごとに★マークで評価がつけられ、ランキングが行われている。

 そして、自分の周囲でよく感じるのは、こうした情報に基づく「CP」の重視だ。すなわち、「やっぱり『食べログ』で3.5以上じゃないと」「ここ、3.5以上ありますよ」という言い方になるのである。彼らの店選びを支えている価値基準は、“5段評価で3.5以上あれば損はないだろう”という感覚だ。

 一方、いわゆる“富裕層”と呼ばれる人たちは、ステイタスとして「4.0以上」の店を探している。と言うよりも、「(絶対的に)高価な食事」を求める。つまり、そのときそのときの料理人の工夫や心づくしがどのようであったかよりも、とにかく高価である素材や派手な演出を好む。カタログを揃え、ブランドを集めるように、飲食が“消費”されていく。

 いずれの場合も、根底にもあるのは「お手軽に」そして「損はないように」有用な情報を求めるココロだ。

 人々が、自分の舌で感じ、内側から湧き上がってきた言葉をもって語ることを放棄し、わかりやすい数値やスペックで、お店を評価し判断するようになっている。

 翻って、「えびはら」さんのようなお店は、値段を意識しながらも、しっかりと選んだ素材にご主人の腕と工夫を加えているから、チェーンレストランのような価格にはならない。それでも、今回の料理の詳細はあとで詳しく述べるけれど、1万円ちょっとというお値段で、あの素材とご主人のセンスと腕で彩られた料理がお腹いっぱい食べられる、というのは、まさに「お値打ち」だと思う。

 特別なひとときとして、丁寧に作られたおいしいものを、落ち着いた店内で、ゆっくり、お腹いっぱい食べる――それはまさに、人生の至福のとき。その悦びを考えれば、1万円ちょっとという価格を高いか安いかと考えること自体が、自分にとっては全く無効なのである。

 にもかかわらず、このお店でも週末にお客が多くないときがある、というのは、それだけ“CP絶対主義者”が多い証左なのだろう、と思った。

これを知らぬとはもったいなや

 さてさて、実際に訪れた「えびはら」さんは、前回よりもさらに進化していた。

 ノンアルコールのドリンクが豊富なのもうれしいところ。

「山形の茄子の翡翠煮」植酸栽培という栽培法によるという茄子の味の深さは驚き。ジュレのようなだしは、残さず匙で啜リ込みたくなる味わい。

「鎌倉野菜の蒸し物」これは「えびはら」さんの名物。ホワイトビーツは味が濃くて余韻があることに驚く。黄色いインゲンの味の深さ、キタアカリの甘さにびっくり。

「白瓜の昆布締め 鯛せんべい 稚鮎の山椒煮」白瓜の昆布締めが秀逸! 昆布のおかげでぬるぬるしている感触がまた楽しく。鯛せんべいは、昆布締めしてある鯛を揚げていて、さくさくしながら内側はしっかり味があってステキ。稚鮎の山椒煮は、ああ、ようやく鮎の季節だ……という実感。稚鮎の話で面白い話を聞き、印象にも残った。

  • 山形の茄子の翡翠煮
    山形の茄子の翡翠煮
  • 鎌倉野菜の蒸し物
    鎌倉野菜の蒸し物
  • 白瓜の昆布締め鯛せんべい稚鮎の山椒煮
    白瓜の昆布締め鯛せんべい稚鮎の山椒煮

「お造り/ツブ貝、ヒラメ、ウニ」実にケッコーなツブ貝にうれしくなる。ツブは自分にとってのソウルフードにちかいものだから。ヒラメがまた甘くて、お塩をもらった。このヒラメだったら塩が合うと信じていたら……まさしく! ウニも新鮮でしっかりしてるウニ、堪能しました。

「椀物」イサキの焼き物とヤングコーンの焼きものが具になって出てきたお椀。それぞれが椀じゃなくてもおいしいのに、熱いだしの中にいるとまた引き立つお味があるのだ。ほっこり、うっとり。

「マナガツオの西京焼とスナップエンドウ」マナガツオの焼き加減が素晴らしいのは言わずもがなだけれど、超びっくりが、これも植酸栽培のスナップエンドウ。甘い! 優しく深い味わい。こんなスナップエンドウ、食べたことない。

  • お造り。ツブ貝、ヒラメ、ウニ
    お造り。ツブ貝、ヒラメ、ウニ
  • 椀。イサキの焼き物と
    椀。イサキの焼き物と
  • マナガツオの西京焼
    マナガツオの西京焼

「じゅんさい」独特の食感で大好きなもの。だしが素晴らしいからなお引き立つ。器もキレイ。

「賀茂ナスとキスの揚げ出し」ナスはナスでもまた別の味わい。「えびはら」さんは、野菜が実においしいのでとても楽しい。添えられたミョウガとみつばの茎が爽やかな風を口の中に起こす。食べ終わったら福が待っている、という器の趣向も楽しい。

  • じゅんさい
    じゅんさい
  • 賀茂ナスとキスの揚げ出し
    賀茂ナスとキスの揚げ出し
  • 揚げ出しの後に福が待っていた
    揚げ出しの後に福が待っていた

「貝柱ごはん」土鍋で焚いてくれた幸せの貝柱ごはん。長芋の土佐酢漬け、生姜のべっ甲煮。どちらも独特の味わいでご飯が進む。ショウガのべっ甲煮なんて初めて食べたが、実に手がかかっていそうでご飯が進む。

「きのこたっぷりの赤出し」食べ応えのあるきのこ。それだけで、幸せになる

  • 貝柱ごはん
    貝柱ごはん
  • 赤だし
    赤だし
  • 長芋の土佐酢漬け。生姜のべっ甲煮
    長芋の土佐酢漬け。生姜のべっ甲煮

「水菓子」ルビーのグレープフルーツとアメリカンチェリー。仕上げのほうじ茶までほっこりうまし、だった。

ルビーのグレープフルーツとアメリカンチェリー
ルビーのグレープフルーツとアメリカンチェリー

店とお客の長い付き合いがほしい

ご主人と女将さん
ご主人と女将さん

 何度も言うが、これだけおいしいものをたっぷり食べさせてもらって、一人1万円ちょっとという値段は、やっぱ、すごい。これこそ「お値打ち」の、素敵なお店なのだと思う。

 帰りに見送ってくれるご主人とおかみさんの笑顔が素敵だった。

「食は三代」と言うけれど、客の側もお店に敬意を払い、長く付き合っていくことが、おいしい確かなお店を増やしていくことではないか、そう思う夜だった。


●和しょく「えびはら」

東京都新宿区岩戸町19 田中ビル1F
Tel.03-6327-6289
営業時間:月~金/昼11:30~13:30(L.O.)、同/夜18:00~23:00(L.O.21:30)
土・日・祝/夜18:00~23:00(L.O.21:30)
定休日:不定休

About 上荻吾朗 40 Articles
編集者 かみおぎ・ごろう 1964年生まれ。北海道出身。週刊誌記者、漫画編集者を経て、WEB製作会社で勤務。震災後、通勤困難を経験して、メタボ対策のためにも、自転車通勤をするようになる。おいしいものを食べることが何より好きな健康チューネン。いかにも飲めそうなヒゲ面のくせに下戸。