攪拌による品質劣化――清水健一氏の水クラスターによる説明から考える

酒販店を経営してきた経験とテイスティングなどの実験から、攪拌した酒類の品質は低下することは間違いないと言える。知りたいのはそのようになるしくみだが、この解明はまだなされていない。その中で、清水健一氏の著書にある熟成の説明に糸口がありそうに見ている。さらに多くの方が関心を持ち、検証・実験・考察を行っていただきた。

水とエタノールの特異な関係

 ワインはもちろんのこと、酒類は攪拌されることによりどのような変質を起こしているのだろうか。

 酒の主成分は水とエタノールであり、つまりエタノール水溶液である。この液体はかなり難しい性質の液体であるらしい。

 これに関して、清水健一氏の著書「ワインの科学――『私のワイン』のさがし方」(講談社)の「熟成の神秘」の項を関心を持って読んだ。読者の方々にも一読をお薦めしたい。摩訶不思議な水という液体と、エタノールの特異な関係について興味深い説明が書かれている。

 水のクラスター(水分子の水素結合)は大きい方がおいしく感じられるのだそうだが、そのクラスターは安定的ではなく、隙間だらけで常に切断と結合を繰り返しているのだそうだ(動的網目構造)。そして、水とエタノールを混ぜると発熱を生じ、1+1=2の容積にならないとのことだ。このエタノール水溶液は、時間経過と共に水とエタノールの複合クラスターの形成が促進され、その状態のエタノール水溶液を飲んだ場合はアルコールの刺激が穏やかになっていくらしい。

 この現象こそが蒸留酒の熟成とのことだが、この複合クラスターが形成される時、水だけのクラスターはズタズタに分断されてしまっているらしい。だが、クラスター構造をバラバラに破壊した水とエタノールを混ぜても熟成酒の味わいは再現できないらしい。

 そのため、蒸留酒の熟成には今のところ静置することと長い時間経過が不可欠であるらしい。恐らく熟成して香味を向上させるタイプの酒、あるいは香味を向上させ得る期間にある酒はすべて、静置と長い時間経過以外にその“変身”の術はないと見るべきだろう。

 同氏もこの章の締め括りにワインの熟成には水とエタノールだけではなく、さまざまなアルコール類や有機酸類・糖類が混ざり合った複雑なクラスター形成が関与していると言っている。

復元したクラスターは破壊以前とは違う

 他方、クラスター結合は極めて衝撃に弱く壊れやすいようだ。同氏も水のクラスターを壊す手段として磁気・高電圧・超音波・遠赤などによる物理的刺激を加える処理を示している。

 さまざまな事象を「水のクラスター」で説明することや、このような物理処理を行った“活性水”については、さまざまな意見や実験結果があって仮説の域を出ないとも聞く。しかし、この仮説にある種の真実があるとすれば、当然、振動による水のクラスター破壊もあるであろうし、蒸留酒やワインの複合クラスターも同じように破壊されるはずだ。そして致命的でない程度の破壊、つまり比較テイスティングしなければ気付かない程度のクラスター破壊は、緩やかな攪拌でも起こっているに違いない。

 複合クラスターの完全破壊には大変なエネルギーが必要らしいが、部分破壊は容易に起きているらしい。一方で、再クラスター化はすぐに始まるらしいが、その場合も破壊以前の姿を復元コピーすることはないらしい。複合クラスターも水の単独クラスター同様に切断と結合を繰り返しているのだろう。

 だとすれば、前回示したように、わずか5回のゆっくりとした水平攪拌だけでワインの香味が変化してしまうことも、蒸留酒の場合にはその後数年経っても同じ香味に戻らないことも理解できそうだ。

 そして恐らくは、あらゆる物理的刺激・衝撃を排除して静置した酒は、複合クラスターの部分的構造切断と非復元的再結合の回数が少なく、より多くのより大きなクラスター集団を作り、それがよりよい熟成をするのだろうとも想像できる。澱の多寡もこのこととの関係で説明できるのかもしれない。

まず事実を確認しメカニズムの解明を

 これらを検証する価値は十分にある。

 液体の性質のクラスターによる説明には“ツッコミどころ”も多く、科学の中で異端視する向きもあるようだ。

 それでも、まずわかっていただきたいのは、私が酒類を商ってきた経験とテイスティングの結果から、攪拌したものと静置したものとの間には無視できない品質差があったということだ。誰かにこの理由、メカニズムを解明していただきたい。若い業界人や酒類愛好家の方々には10年をかけた検証をお願いしたい。ぜひ、これに関するご意見、経験、実験の結果をFoodWatchJapanにお寄せいただきたい。

 10年、20年、30年後の結果が楽しみではあるが、30年後は私は確実にこの世にいないだろう。万に一つ、いたとしても味覚嗅覚は健在であろうはずもない。ただ、このことに関心を持つ人たちが輩出し、違いを明らかにし、しくみを解明する人たちが現れることを祈る。

About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。